10.二人のけじめ(3/10)

 散らばる障壁のかけらに目もくれず、処刑台に降り立った二人は、まっすぐに勇者を睨みつけた。


 一人は顔をつる草で編んだ籠を被り、全身をマントで覆い尽くし、革の手袋に長靴を身に着けている。まるで陽の光を嫌うように素肌を徹底的に見せない彼が何を思い、何を目的としているのかは全く読み取れない。


 もう一人はまだ年端もいかぬ少女だった。上質であろう服は使い古されぼろぼろになり、特に左胸のところは黒い布で乱雑に補修されている。それに反し、栗色の髪を短く切り揃え、くりくりとした目をした幼い顔立ちからは、とても処刑に乱入するような荒々しさを感じなかった。


 このような大それたことをする二人を、観衆は誰も知らない。


 だが、このような大それたことをする心当たりなど、一つしかない。


「魔王だああああああああ!!!」


 誰かの叫びが周囲に恐怖を伝播させ、観衆は蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げ出した。先ほどまで広場を埋め尽くしていた人混みはすぐになくなり、勇者一行を除き処刑台に残った者はほとんどいない。


「勇者様! 大丈夫ですか!」


 障壁を貼る術者としてではなく警備として、メイガンの処刑に参加していた剣士のアイがすぐさま勇者とクチナシ達との間に立ち、剣を抜いて魔王に向ける。少し遅れてケイとレンも合流し、各々の武器を取り臨戦態勢に入る。


 処刑の時とは違う、これから戦いが始まるという緊張感の中、最初に口を開いたのはクチナシだった。


『どけ』


 たった一言、クチナシの《意思疎通》がその場にいた全員に届けられる。


 だが、それだけでも十分な威圧にはなった。そもそも、魔王と会話ができるなど知るはずもなかったのだ。それがまさか魔王の方から話しかけられるなど、夢にも思わなかっただろう。


 キンカとメイガン以外全員が彼の声に怯む間に、クチナシはさらに言葉を重ねた。


『用事があるのは勇者様と先生だけだ。お前らに用はない。失せろ』


 相対する敵が魔王であることに加え、被った籠に隠れて表情が読み取れないことが重なって、クチナシの言葉はその場に動揺を広めていく。


 そんな中、魔王の方へと一歩前に出る者が二人。勇者とメイガンだ。


 勇者は手にした剣をメイガンの首筋に当てている。魔王の目的が彼女である以上、人質としておけばひとまず動きは抑えられるだろうと踏んでのことだ。


 実際勇者の行動は間違ってはいない。だが、メイガンがクチナシに対し、あまりにも嬉しそうな表情を見せてくるものだから、お互いの間に生まれるはずだった緊張感が今一つ抜けてしまっていた。


 メイガンのその表情は、クチナシが自分を助けに来たことではなく、自分の思い描いていた展開通りに事が進んでいることを喜んでいる表情だ。


 つまり、今彼女は自分の身の危険を感じていない。勇者も彼女を人質に取ってはいるが、それはあくまで魔王の動きを止めるためであって、彼女を本気で殺そうとは考えていないのだろう。


「魔王。お前が用事があると言っていた先生というのは、この人のことなんだろう?」


 殺意のない脅しにやや拍子抜けしたクチナシの様子にも、メイガンの表情にも気づかないまま、勇者は少し上ずった声で目の前の魔王を問い詰める。


「お前にとって、この人はなんなんだ?」

『大切な人だ』


 勇者の質問に、クチナシは迷いなく返答した。


 表情は読み取れないが、おそらく本心からの言葉だろう。


 ふと勇者は、魔王の傍らにいる少女に視線を移し、さらに問いかける。


「ついでにもう一ついいか? そっちの女の子は、お前にとってなんなんだ?」

『……大切な人だ』

「えー、メイガンさんの時は即答だったのに、なんでウチの時はちょっと口ごもるんスかー」

『訂正する。勝手に俺についてきた迷惑極まりないクソガキだ』

「そういうひどいことはなんですっと口にできるんスかね!?」


 クチナシは隣で茶化すキンカの頭をわしづかみにし、そのまま彼女の頭を大きく揺さぶった。キンカもされるがままに振り回されるも、あげる悲鳴はどこか楽しそうだった。昨日今日出会ったような間柄ではないのは明らかだ。


 そんな二人の様子を見ていた勇者は、小さくため息を吐いた。

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