1.鉄屑少女と空飛ぶ案山子(5/8)

 戦闘が終わり、辺りはしんと静まり返る。籠の男は倒したばかりの男達の服をまさぐって、探し当てた財布の中身を抜き取っていった。路銀を恵んでもらった後の、気を失っている用無し達は適当なところへ無造作に放り投げた。


 籠の男が立ち上がり、最初に倒した瘦せぎすの男の財布を引き抜こうと振り返る。その先には、痩せぎすの男の財布を差し出すキンカが立っていた。


 キンカは呆けた表情で籠の男の顔を見つめて、それからぺこりと頭を下げた。


「あの、ありがとう、ございました」

『礼はいい。それよりも、だ』


 キンカから差し出された財布を受け取ると、籠の男はかがみ込んで、キンカの目線と自分の目線をしっかりと合わせながら言った。


『今起きたことは他言無用だ。いいか、今日お前は人攫いに襲われたが、運よく自力で対処することができた。そういうことにしておけ』


 籠の男はキンカの額に人差し指を当て、ぐりぐりと押し付ける。なぜ彼のことを言ってはいけないのか。釘を刺してくる理由が分からずキンカは首を傾げた。


『もうそろそろ騒ぎに気付いた街の人間がこの辺りに来るだろう。せいぜい、お前のことを助けてくれる、心の優しい誰かを探してみることだな』


 立ち上がりながらぽつりと呟く彼の言葉の通り、先ほどの騒ぎに気付いたのか、様子を見に来た人達の声が近づいてくるのがキンカの耳にも届いてきた。かなり派手な戦闘が人目のつかない路地裏で行われたものだから、きっと警察も呼ばれているだろう。


 ふとキンカは考えた。もしも籠の男の言う通り、警察に人攫い達は自分が一人で対処したと嘘の報告をすれば、もしもキンカの転換術の有用性を認めさせることができれば、警察の世話になって手に職を得ることができるかもしれない。


 もう、あんなひもじい思いをしなくてもいいのかもしれない。


 キンカが思案にくれる間に、籠の男は彼女から少し距離を置いて、転換術を使おうと両手に意識を集中させた。


「ま、待って!」


 それに気付いたキンカが咄嗟に籠の男に手を伸ばす。しかし、その手が彼に届く前に転換術は発動してしまう。


 そうしての体は、青空の真ん中へと吸い込まれた。


 路地裏を吹き抜けるどんな風よりも強い風が、キンカの細く白い手足に冷たく襲い掛かる。


 体に巻き付けているだけの黒いぼろ布は、押さえていないと勝手にどこかへと旅立ってしまいそうだ。


 薄暗い路地裏で鳴りを潜めていた、彼女の短いくせのある髪は、太陽の光を浴びて本来の明るい茶色を取り戻す。


 いつも見てきた街並みを生まれて初めて見下ろした、彼女のくりくりとした金の瞳は驚きで大きく見開かれ、口は声をあげることも、呼吸をすることさえ忘れてしまった。


 遥か高みで舞い踊る鳥達に、ふわふわと風の吹くままに漂う白い雲に、伸ばした手が届きそうだった。遠く彼方に伸びる地平線を遮るものは何もなく、世界の縁を一直線に描き出している。


 そのまたさらに向こうにも、目には映らない先の先にも、世界はどこまでだって広がっているのだと、幼い少女に知らしめるには十分過ぎた。


 地を這って生きてきた彼女に、その景色は鮮烈過ぎた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る