第28話 怒りの矛先

◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アニキの視線が恐い。ただでさえ強面なので、迫力がある。

 神様さんの報告ではアニキが怒っているということだったが、まさか怒りの矛先が自分だとは思うまい。めっちゃ気まずい。


「ええっと……こんばんは?」

「そんなにコイツとの同棲生活は快適なのか?」

「はい?」


 そんなことを聞かれるとは思わなくて、私は神様さんをちらりと見やる。彼はよくわからないという顔をした。


「すっかり馴染んでいるじゃないか」

「それは……神様さんが私の思考を読んで合わせてくれるからだよ。快適なのは認める」


 心配ごとは多少あれども、一緒に生活をしてみて困ったことはない。とても気が楽である。

 しいて問題点をあげるなら、言動がスケベであることくらいだろうか。とはいえこれは私にも原因があるし、そもそも実の兄に報告するものでもないので黙っておく。

 私の言葉に、アニキは神様さんを一瞥して大きく息を吐いた。


「仮にも神様だろうに、すっかり旦那ヅラしてる」

「彼氏ヅラじゃないんだ……」

「家主っぽいぞ」


 兄の指す先のダイニングテーブルを見れば、マグカップにお茶が注がれて置かれているし、お手拭きも添えられている。私が浴室にいて洗面台が使えないため、気を利かせて用意してくれたのだろう。

 というか、私はそこまでやらないよ。

 神様さんはアニキをお客さんとしてもてなしてくれたようである。アニキは私の身内なので、神様さんのほうがお客さまになると思うのだけど。


「はぁ……弓弦が困っていないなら構わないということにしておくが……感情的には落ち着かん」

「申し訳ないです」


 アニキが案じてくれるのは嬉しいものの、詳らかに説明できないあたりが大変申し訳ない。

 乱暴に自身の頭を掻いたあと、兄は私を睨んだ。


「それと、スマホの電源は入れておけ。緊急時に鳩を飛ばさないといけなくなる」

「鳩……?」


 聞き間違いかと思った。私は首を傾げる。


「御使い用の鳩だ。時々、烏もいるが……基本的には鳩だな」

「伝書鳩的な?」


 ピンとこない。私が目をぱちぱちさせると、兄はきょとんとした。


「……使ったことがなかったか?」

「うん。……って、店の看板に鳥がいるのって、そういう?」


 兄の勤めている店の看板は鳥を模した意匠が使われている。店を立ち上げるときに一緒にデザインを決めていたはずなので、なんらかの意図があって選んだのだろう。

 アニキは肯定を示すように頷いた。


「しかしマジかぁ……弓弦が知らんと思わなかった」

「ウチって変だと思ってたけど、アニキ、鳩使えたんだ……」

「鳩を日常的に使える人間は一般人と呼ばない気がするけどなあ」

「貴方は黙っていてもらおうか」


 ツッコミを返されて、神様さんは小さく両手をあげてノータッチの意思を示した。


「――とにかく、だ。オレがそっちに行くって連絡したのにちっとも既読にならん。電話をしたのに繋がらないし。すっげえ心配した」

「慌てて来てくれたんだね。ごめん」

「寝ているところに突入しなかったのが幸いだったがな」


 シャワーを浴びていたことから察されてしまったようだ。私は苦笑するしかない。


「互いに了承しているなら干渉しないが……あまり流されるなよ。人間も厄介だが、怪異も怪異で何を狙っているのかわかったもんじゃないんだからな」

「そこはまあ、ギブアンドテイクなので。ビジネスライクだよ」


 私の発言に、神様さんはあからさまにしょぼんとした。

 そういう態度をされても、お互い行為に恋愛感情はないだろう。性欲があることは認めておくが、愛し合っているかと言われると疑問だ。力の受け渡しに都合がいいのと、私の性欲の発散が目的であるとすれば、行為はビジネスである。

 アニキは苦笑した。


「あんまり言い切ってやるな。気をもたせるような発言は悪手だが、なんか気の毒に感じる」

「ほかに説明のしようがないのよ」


 都合のいい居候であるというだけ。今のところ無害なので一緒にいるが、それだけである。


「話が逸れたな。スマホの電源、なんで切ったんだ? アイツが切ったわけじゃないんだろ?」


 神様さんが電源を切ったわけではない。私は頷いて、ため息をついた。

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