深夜の散歩と、願い事

嶋月聖夏

第1話 深夜の散歩と、願い事

『深夜に中央の公園の近くの桜並木を散歩すると、願いが叶うんだって』


 明美が住むこの町には、何代の前からそんな言い伝えがあった。


 月が浮かび、星が公園の上の空に広がっている。

 スマホの時計は、十一時になるところだった。四月から高校三年生になるとはいえ、女の子一人で歩くには気を付けなければならない時間だ。

 明美にとって家の近くの公園の桜並木だったのが好都合だった。こっそり家を抜け出しても「すぐ近くのコンビニに行っていた」と言い訳ができる。

「ええっと…」

 まだ寒さが残っている空気の中を、明美は速足で公園から桜並木の入り口へと向かう。ズボン姿なので、歩きやすかった。

「ここだわ…」

 早咲きの桜が、願いを抱えた者を迎えるように、郊外の祠までの道の両側に並んでいた。


(なんで散歩するんだろ…?)

 桜並木の中を、明美はゆっくり歩く。まるで夜桜見物をしているような感じだ。 

 桜を見ていると、光太との思い出が浮かんで来た。小学校の頃から、仲が良い幼馴染の男の子だ。

 中学、高校も同じだから、クラスや部活が別になってもよく連絡を取り合っていた。だが、昨日から連絡が急に途絶えてしまった。

 理由は分かっている。昨日、帰りに偶然、部活の美人マネージャーとキスをする場面を見てしまったからだ。

 数日前から「付き合っている」という噂が流れており、その場面を見て明美は噂は本当だった、とショックを受けたのだ。

(何で言ってくれなかったんだろう…)

 もし、光太が心から好きな人が他にいたら、笑って受け入れよう。

 これはずっと前から決めていたことだ。本当に大好きで、大切な人だから、光太の幸せを心から願う。

 気が付くと、涙が零れていた。両目から、ぽろぽろと、次々と。

 ハンカチで拭っても、どんどん出てくる。その場でいったん立ち止まり、声を出さないように、泣いた。


 涙が止まると、何だかすっきりした。辛い気持ちも悲しみも、泣いたことで心の整理がついたからだろう。

 立ち上がった明美は、涙を拭って顔を上げた。夜空に浮かぶ月が優しい光で輝いている。

(私が願うのは、光太が幸せでありますように)

 その願いを叶えるため、再び歩き出した。

 

 祠が見えたことで、深夜の散歩の終わりが近づいて来た。

 あとは、ここへ一礼をすれば、願いが叶う。だが明美は、先に誰かが祠の前で頭を下げていたのに気付いた。

「光太!?」

 思わず出した声に、祠の前に居た少年が振り向く。精悍な顔つきと、サッカーで鍛えられた体格の良さが特徴的な短髪の少年だ。

「明美!?なんでここに!?」

「…寝付けなかったから、ちょっと散歩を…」

 と答えた明美は「しまった!」という顔になった。ここで散歩するって事は、願いを叶えるためという事に気づかれてしまう。

「…そっか」

 思っていたより、光太は追及しなかった。

「光太こそ、どうして?」

 もしかして…、と思い、明美はつい聞いてしまった。 

「…告白、したかったから」

 あのマネージャーに、と明美は心がちくちくするのを耐えながら思ったが、

「ようやく周りの誤解が解けたけど、もしかしたら…、と思ったら」

「え?誤解!?」

 思わぬ言葉に、明美は驚きと疑問の声を出す。

「あのマネージャー、もう好きな子がいるって言って断ったのに、無理やりキスしようとしたからな!」

「しようと、した…!?」

 あの時、光太の後ろ姿しか見えなかった。光太の方が背が高いので、実際にキスしているのかよく見えなかったのだ。

「…まあ、怪しい動きをしていたから、みんなに協力してもらって、俺の方も見張ってもらったんだ。おかげで、キスされていない、って証拠を手に入れた」

 光太のスマホの動画を見ると、唇を重ねようとするマネージャーの顔を、光太が咄嗟に両手で抑えて阻止していた場面が映し出された。

「…じゃあ、キスしてなかったんだ!」

「もちろん!その後、マネージャーは即クビになった。前から俺ばっかり露骨にひいきしていたから、思っていたより周りから嫌われていたんだ」

 はっきりと光太にフラれたショックで、それ以来近づかなくなった。元々クラスが別だったのも、光太にとって幸いだったのだ。 

「連絡がなかったのは、それが関係していたの…!?」

「もしかしたら、明美に余計な事を吹き込んでいるかもしれないって思ったから、しっかり調べてから連絡しようと思ったんだ」

 実際、光太と同じクラスだったから毎日顔を合わせてなかった。ただ、何度か光太目当てに近づいた時に、マウントを取られた事はあったが、特に気にしてなかった。

「そうだったんだ…!」

 何だか、急に体の力が抜けた。

「あ、明美!?」

 安心したのか、ホッとしてへたり込みそうになった明美を、光太が慌てて支える。

「まあ、余計な事を言われてなかったって確認出来から、告白できるって思って、先輩から聞いた言い伝えをやってみたけど…」

「光太の願い事って…?」

 つい、明美は聞いてしまった。それに対し、光太は顔を赤くして答える。

「…明日、明美に告白して、いい返事がもらえますように」

 それを聞いた瞬間、明美の顔も真っ赤になる。

「…もう言っちゃってるよ!!」

 その告白が、どんな意味を持つのか、気づいてしまった。 

「…あっ!!」

 確かに、本人にもう気づかれてしまったのなら、今、告白してしまったのと同じだ。

「~~~~~っ!?」

 今、さらっと言ってしまった事に、光太は頭を抱える。明日、ちゃんとはっきり、子供の頃から秘めていた思いを伝えようとしたのに。

「…カッコわりい」

 一世一代の告白を、思わぬ形で言ってしまった。

「ううん、カッコ悪くないよ。今、言ってくれて嬉しかった」

 晴れやかな笑顔を浮かべた明美に、光太は「えっ!?」となった。

「…それじゃあ、返事は?」

「…もちろん、OKだよ!」

 光太の顔が、一気に明るくなる。

「…よっしゃあ!!」

 近所迷惑になるくらいの、歓喜の叫びが上がった。

 

「そういえば…、明美の願い事は?」

 帰り道、手を繋ぎながら、光太は聞いてきた。

「…光太が幸せになりますように、かな」

「…マジ!?やっぱ明美は最高の彼女だぜ!」

 明美の願いを知って、光太は誇らしげな顔となる。

 失恋した、と思っていたら、誤解だと分かって告白されて、恋人同士となった。 

 願いを叶えるため、深夜にこの桜並木の下を散歩してみたら、光太だけでなく自分も幸せになったのだ。

(願いを叶えるために散歩するのは、気持ちを落ち着かせるためなのかあ…)

 あのマネージャーは肝心の相手の気持ちを考えなかったために、光太にフラれてしまったのだ。もし、願いを強く思いながら歩いていたら、落ち着いて光太に接する

ことが出来なかったかもしれない。

(そして今は、光太と一緒に散歩ができて幸せ!)

 この言い伝えを教えてくれた友人に、明日お礼を言おうと決めた明美であった。



終わり


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深夜の散歩と、願い事 嶋月聖夏 @simazuki

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