第16話 翡翠と琥珀
再び夜の町へと歩き出した二人。
ふいに感じた右手の温もりに驚いて、清瀬は一聖を見上げる。
「危ないから手を繋いで歩きましょう」
「べ、別に、大丈夫だ! 離せ」
「ツレナイですね。でも、そろそろ限界が近づいているはずですよ」
「何の限界だ?」
ふっと優しい笑みを浮かべて一聖が清瀬の耳元に囁く。
「霊力の限界」
甘い吐息に耳朶を撫ぜられ、びくりとして目を瞑った清瀬。
「そろそろ帰りましょう」
「だ、大丈夫だ。一晩くらい寝なくてもなんとかなるくらい鍛えているんだから」
「そうですね。清瀬なら大丈夫かもしれませんが……でも、霊力が高まるとそれだけ体に負担もかかってしまうんです。だから、徐々に馴染ませていく方がいいので」
「……そうか」
その瞬間、ふっと気が緩む。ぐわんと頭の中が揺れて平衡感覚を失った。
「ほらね。無理は禁物ですよ」
優しく支えられて、その温もりに安堵した自分に驚く。
こんな時今までだったら、直ぐに弱い自分を卑下していた。でも、今は、助けてもらえることが嬉しい。
これが、信頼ってやつなのかな―――
「旦那様、支えてくれてありがとう」
真っ直ぐな清瀬の瞳に、一聖がぽっと頬を染めた。いつもの軽口はどこへやら。ぎゅっと互いの手を繋ぎ直すと、ゆっくりと歩き出した。
その後も小さな怪異に遭遇したが、一聖の笛で難なく解決。無事屋敷まで帰って来てみれば、門から中を覗き込む小さな影が二つ。お揃いの着物を着てちょろちょろと中を覗いたり、話し合ったりしている。
こんな時刻に子ども? どうみても六歳くらいの男の子に見えるんだが。
「どうしましたか? 誰かにご用ですか?」
慣れた調子で声をかけた一聖だったが、二人はたいそう驚いて尻餅をついた拍子にぽんっと尻尾と耳が出てしまった。
狐だ!
清瀬は直ぐに狐太郎を思い描く。
「もしかして、狐太郎殿に会いたいのかな?」
続けて問う一聖にうんうんと頷いた二人が、蚊の鳴くような声で言った。
「あの、お館様に会いたくて」
「今日はこちらにいらっしゃると伺っていたので」
安心させるように、腰を落として二人と目線を合わせた一聖が「わかりました。どうぞ」と言って手を差し出す。その手に掴まり立ち上がった二人は礼儀正しく「「ありがとうございます!」」と頭を下げた。
式神偵察を続けている要三郎の執務室へどやどやと雪崩れ込む。意識を集中させていた彼の眉がピクリと神経質に跳ねた。
「要三郎、部屋借りるぞ」
「全く……部屋は他にもたくさんありますよ」
「まあまあ、いいじゃないか。邪魔はしないから」
「そんな約束、守ったためしが無いくせに」
カチリと眼鏡をあげた要三郎が、あきらめたようにため息をついた。
「で、何事ですか?」
「狐太郎への客人だ」
「わかりました」
そう言ってふいっと式神を一つ生み出す。窓から飛び立った白い紙人形は母屋へ向かって飛んで行った。
「狐太郎はまもなく来るからね。茶でも飲んで待っていよう」
慣れた手つきで客用の緑茶と菓子の用意を始めた一聖を慌てて補佐する清瀬。出来上りを盆に載せて運べば、椅子にちんまりと座ってテーブルから顔だけしか出ていない二人の姿に思わず頬を緩ませた。
光に透けると金色に輝く茶味がかった髪の毛。もう隠す気力も失ったように、ぴこぴこと動き続ける尖った耳。極めつけは、両の色が違う瞳。
思わず「綺麗!」と声をあげた。二人の顔がぱあっと輝く。
「綺麗って言われたの初めてです!」「嬉しいです!」
歌うように声が重なる。
「僕は翡翠です」「僕は琥珀です」
左眼が青みがかった翠、右目が琥珀色の『翡翠』と、左眼が琥珀色で右目が青みがかった翠の『琥珀』。互いに分け合ったような瞳の色に、双子なのだと気づいた。
「僕たち」「豊島稲荷の狐なんです」
「「いつもお参りしてくれてありがとうございました」」
そんな二人の言葉に「あっ」と声をあげた清瀬。
そう言えば、道場の近くにそんな名前の小さなお稲荷さんがあったな。言われてみればあそこの鳥居の横には二体の狐の像がいたっけ。
路地裏に祠と鳥居だけがあるような小さな小さな神社だったが、周りの住人に愛されて捧げ物が途絶えたことは無かった。清瀬も毎朝稽古のついでに立ち寄ってお参りしていたくらい、生活に馴染んでいた場所。
「待たせたな」
その時、赤い瞳の美しい少年が両手を着物の袖口に突っ込んだままの恰好で現れた。年の頃、十三ほどであろうか。金髪をふわりと揺らして、翡翠と琥珀に笑いかける。
「どうした、何かあったのか?」
「「お館様!」」
いつもの狐太郎じゃない!
清瀬の目が驚きと疑問でいっぱいになる。
「「お館様! お忙しいのにごめんなさい」」
椅子から降りて駆け寄った二人の頭を優しく撫でて抱きしめている様子は、清瀬に撫でられてデレデレになっている狐太郎とは全く違う。頼れる兄と言う雰囲気。
ちらりと清瀬に視線をよこすと、『余分なことは言うなよ!』と釘を刺してきたので、笑いを堪えながら『分っている』と頷いておいた。
そう言えば、狐太郎は妖弧族の
みんなから頼られ愛されているみたいだなと嬉しくなった。
翡翠と琥珀が落ち着いたところで、みんなで輪になって話を聞いた。
「遠慮しないでなんでも話してごらん」
狐太郎が優しく促せば、嬉しそうに耳をぴこぴこ躍らせて話し始める二人。
「お館様のおかげで大評判になって」
「毎日たくさんの人に来てもらえるようになりました」
「皆さんの願いを叶えるのにてんてこまいで」
「でもそれがスッゴク嬉しいんです」
瞳をきらきらさせて嬉しそうだ。
「それは良かった」
我が事のように喜ぶ狐太郎を見て、先を言い淀む。
「「でも……」」
「大丈夫ですよ。何でも話してみてください」
一聖の一言に、意を決したように続けた。
「ここのところ、同じ名前ばかりで」
「どうして良いかわからなくなってしまったんです」
狐太郎の話によれば、豊島稲荷はもともと縁結びのご利益を授ける神社らしい。
翡翠と琥珀はこの神社を守るために一生懸命働いている御遣い神。真面目な彼らはもっともっとたくさんの人の願いを叶えてあげたいと張り切っていた。少しでも多くの人に訪れてもらえるように、ちょっと知恵を絞って宣伝したところ念願かなって訪れる人が増えたのだが……
人が増えれば願い事も増える。
結ぶべき縁も増える。
困ったことに、最近同じ名前の男性との縁結びを願う女性が増えてしまったと言うわけだ。
「僕たちは、みんなの願いを叶えてあげたいんです」
「でも、一人の男の人に、たくさんの女の人との縁を結んでしまったら……」
「喧嘩になってしまいますよね?」
「心配で心配で」
「どうしたらいいのか」
「わからなくなってしまったんです」
交互に気持ちを吐露する二人。話を聞いて、みんな『なるほど』と思わず頷いてしまった。
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