お花はいかが?
草乃
お花はいかが?
可愛らしい、ポワポワする話がいいな、とお題を見て思ったのに? というところ。
――――――――――
たまには夜中に出歩きたい夜もある。
理由ははっきりとあるときもあるし、何にもないときもある。単純にコンビニに用ができただけ、ということも。
その日も理由はなく、気分転換にと変えるほどの気分でもなかったけれど出かけることにした。
スマホの中にはおサイフ機能が入っていたけれど財布も持つことにして、中学時代のジャージとサンダルで家を出た。
深夜の近所の景色というのは、音がないからかそれとも他の要因か、いつも昼間に見ているときとは違って見える。その中を今、アテもなく歩き回っている自分が、どこか世界から置き去りにされたような、それでいて自分だけが自由を許されたような、そんな気持ちになる。
もともと近所は車の通りが少なく譲り合ってすれ違うほどの狭さだから、一応前後を確認してから真ん中を歩いてみたり、蛇行して歩いてみたりする。
ふと、呼吸の合間に甘やかな香りが鼻をくすぐった。この辺りにこんなにも香り高い物はあっただろうか。
昼間には感じたことのないその香りに思わず辺りを見回すと、電信柱のひとつ向こうで目深にフードを被った人がいた。色は分からないが、スカートのように見える。こんな時間に?
明らかに怪しい。避けて通りたいが、ここまで来て急に振り返って戻るのもおかしい。
立ち尽くして一分少々、体感は長くて実際はそんなに時間が立っていなかったかもしれない。
無視して横切る、という選択を覚悟して足を前に出した。
得体のしれない人物は、物語でいうマッチ売りの少女のように籠を腕にかけていた。一歩二歩、少しずつ近づくにつれて鼻を掠める香りが強くなる。
ごくり、つばを飲んで気になりながらも横切るときは目を向けない、横目で見ないと自分に誓って通り過ぎる。
「お花はいかが?」
それなのに、その人物は突然声をかけてきた。違う違うとぎゅっと瞼を閉じたまま前に進む。
「いかが?」
それなのに、足音もなくその声は耳元でコロコロと鳴るから。
立ち止まり意を決して目を開く。俯いたままの視界の端にスナップボタンのついた、つるりとしたエナメル質の靴が入る。
勢いをつけて顔を上げる。もう、ここに黒目しかないとか口が裂けてるとか都市伝説上等なやつがいても叫んでなどやるものか。
顔を上げた先、整った、どちらかといえば可愛らしい顔立ちの……女の子? いや、男の子? が立っていた。
「おとこ?」
「お花はいかが?」
「おんな?」
「お花はいかが?」
「スマホ決済もいける?」
お財布もあるけれど、実はレシートしかない。
同じ問を繰り返すのだから、買えば開放してくれるのだろう、ティッシュくばりとはわけが違うかもしれないがノルマがあるのかもしれない。
そもそも値段を言わないのだ、有り金全部出せと言われるかもしれないが、もう早くもここから離れたい。
冷や汗かただの汗かわからないものが吹き出して伝っているのがわかる。
次第に呼吸が浅くなって、酸素が足りないなんてぼんやり考えながら「カードならいけるよ」という声がした気がしてそこで意識が飛んだ。
はっとなり目が覚めたら自分の家だった。ベッドの上で、昨日のことは夢だったか? と思い出そうとするのに、家を出たことと何かに出会ったことしか思い出せない。
あれは何だったんだ、思いながら自分が何故か裸であることに気づいて辺りを見回す。
今寝ていた周囲とベッドの下に、脱ぎ散らかした衣類と種類の違う花びらが、ばらばらと落ちていた。
お花はいかが? 草乃 @aokusano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます