【超短編】地球消滅までの介護 

茄子色ミヤビ

【超短編】地球消滅までの介護

『22年後に巨大隕石が地球に衝突します。直径はオーストラリア大陸ほどの大きさです』


 各国の公的機関から発表があったその日。

 治安部隊が出動するほどの大パニックは発生しなかった。

 既に『どこかの誰かが』情報をマスコミにリークしており、その情報を分析した名のある学者たちが、それが真実であると再三発表していたからだ。


 この日、全人類の寿命は残り22年を切った。


 衝突すれば地球に穴が開くどころか、一部が砕け地表が全てめくれあがるのだ。

 地球のどこにも逃げ場はない。


情報を世界に流した者の正体は不明だが、彼は正義感に駆られたわけでもなく、またパニックを起こした訳でも何かの信奉者でもなかった。


極めて冷静に、迫りくる人類絶滅の危機に対して出来るだけ早くその対策を全人類から集めようとしたのだ。

事実その流された情報は非常に精査されたもので、情報の真偽を確かめる時間は信じられないほど短かった。


 そして人類は結束した。

 隕石を破壊するのか、地球を脱出するのか。

 当然どちらのプランも同時に進められることになった。

 破壊案には隕石の軌道修正も含まれ、地球からの脱出案の中には遺伝情報だけの脱出など…様々な角度から『生き残る』方法を、全人類の賢人たちは考え議論を続けた。

 

 無尽蔵に必要な予算に関しては、世界中の大企業が惜しむことなくこれに出資。

 そして世界中から計画に必要な人材を集めた。

 そこには生まれ変わっても収監され続けるような罪を犯した人間も参加していた。

 彼らが発端にならずとも、問題は絶えず起き続けた。

 しかし立案された計画は一寸の狂いなく進んでいった。


 初めて人類全員が同じ目的を持つ「同じ地球人」になったのである。


「シェルターの話はどうなっているのかね?」

 円卓を囲む大勢のスーツ姿の老人の一人がコーヒーを啜りながら言った。

「順調です」

 そう答えたのは、その円卓の中央に浮かぶ立体映像の40代の男性だった。もみ手をしながらニコニコと笑いながら答える。

「地下に建設中だったショッピングモール。これをシェルターに改造すると仰ったA議員には感服いたしました。これならば工期を大幅に短縮できます」

「ふん、少し考えれば分かることだ。若いのだから少しは頭を回せ」

「ごもっともで」

 某国の会議場。

 この国の権力者が集まったこの集会は、かの情報漏洩前から既に始まっていた。

 それはいつか来るであろう隕石衝突の発表の前に、自分たちの身を守るに必要な人材と資材を確保するためだ


 しかしそれも順調でなかった。


「黙って聞いてりゃ…隕石が来る前に、わしらジジイなんておっ死んじまかもしれないだろが、ばっかじぇねーの?」

 そう吐き捨てたのは車椅子に乗った天才物理学者の老人だった。

 この集会の記念すべき第一回。

 それは司会者が彼を舞台上に招き、地下巨大シェルター建造の最高責任者として彼を紹介をした直後の出来事だった。

 そして彼に類する発言をした者たちは、どんな優秀な人間であろうとこの集会からの永久退場を命じられた。


 立体映像の男は手元のスイッチを操作しながら発言を続ける。

「そしてF議員が戦争で失われてしまった右手も、あと少しで移植出来る程度に『育って』おります。またD代議士がご希望されていた奥様のクローンも、ようやく20代の状態での再生にも成功いたしました。そしてK社長の希望通りシェルター内に60年代アメリカの映画館の建設も順調に進んでおり…」

 男がスイッチを操作すると、出資者達が指示した計画の進捗映像が流れる。

 老人たちは他の者に気付かれない程度に目を輝かせながら見ていた。

「…以上です。ご承知おきの通りこの計画には極秘に進んでおります。口外は一切せぬようお願い申し上げます」

「分かっとる。それより、くれぐれも隕石が来る前に完成してくれよ」

「当然でございます。追加必要予算に関しても我々一同感謝しております」

「構わん構わん。くどいようだが、隕石が到着する前に完成させてくれないと困るぞ?クローンの若い妻も、黒焦げになってしまっては今とそう変わらんからな」

 最高年齢の老人がそう言うと会議場は笑いに包まれた。


「お疲れさん」

 そう言いながら分厚い眼鏡をかけた中年男性が声を掛けた。

 労った相手は先ほど出資者たちへの報告していた男だ。

 そして眼鏡の男性は一枚のディスクをテーブルに置きながら言った。

「これ次に流す映像な」

「ありがとうございます」

「こんなご時世、映画監督なんて意味がないからな。逆にありがたい」

「いえ、介護も重要なお仕事です」

 二人は笑う。それを開きっぱなしのドアから覗いていた車椅子の天才物理学者が「なら、俺のこともちょっとは労ってくれ」と声を掛けた。

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