第6話 このイベントを、終わらせに来た!!!

 時は遡ること十数分前。

 ライトがオークと接敵する以前の出来事である。


 キンッ!


 響くのは金属がぶつかり合う音。


「きゃっ!」


 仲間である魔導士の少女に迫った凶刃を、ノアの短剣が受け止めた。


「おや? 今のに反応しますか」


「カーター!? あなた何をしているの!?」


 音に反応し後ろを振り返ったオリビアは、信じられないといった様子で叫ぶ。

 カーターはその場から跳躍すると、離れた場所に着地して邪悪な笑みを浮かべた。


「今の攻撃、ノアが防いでいなかったら死んでたわよ!」


 カーターの動きは突然のものだった。

 班行動の最中、突如として仲間の一人に切りかかったのだ。

 それを、警戒し続けていたノアが防ぎ現在に至る。


「ふむ。手軽な魔導士から先に殺してしまおうと考えていたのですが、まあいいでしょう。なにせ、この才能あふれる最高の肉体と私の持つ加護が合わされば、万に一つも負ける可能性は無いのですからっ!! ふはははっ!」


 高らかに宣言したカーターは、内に秘めていた膨大な魔力を解放する。

 それと同時に、カーターを中心に吹き荒れる風と圧。

 所持する加護の影響か、彼の周りには放電による火花が散っていた。


「くっ、これは!?」


 驚きに目を見開くオリビア。

 視線の先には、剣を片手に体から何本もの触手を伸ばしたカーターがいた。


「あなた、カーターじゃないわね。何者? 答えなさいっ!」


 オリビアは油断なく剣を構える。


「ふふふ。それでは、僭越ながら名乗らせていただきましょう。私の名はヌルクス。魔王軍幹部の一人にして、『寄生の加護』をもつ者。短い間ですが、どうぞよろしく」


 そう言って、丁寧にお辞儀をしてみせた。


「魔王軍――幹部。なるほど。つまり、カーターは利用されたってわけね」


「利用? とんでもない。これは彼が望んだ結果ですよ。まあ、既に脳まで侵食してしまったので、彼が目覚めることは二度とありませんが」


 カーターが寄生されてから一か月。

 彼は自分でも気づかぬ内に意識を奪われ、叶わぬ妄想に傾倒しながら死んでいったのだった。


「そう……。最後まで愚かな男だったのね。彼は」


 哀れな感情を抱くも、直ぐに意識を切り替える。


「で? カーターの肉体を奪えば私たちに勝てるとでも思ったの? もしそうだと言うのなら、随分と甘い見通しね」


「ふふ。そう言うと思いまして、こんなものを用意してみました」


 ヌルクスは役者がかった動きで両手を広げる。

 それを合図に、ヌルクスの両サイドに複数の魔法陣が浮かび上がる。

 そこから現れたのは――


「大量の、オーク……。醜いあなたにピッタリのお仲間ってとこかしら」


「それだけではありません。この森にいる人間を皆殺しにするため、各所に召喚陣を設置させていただきました。さらに! ここに集めたのは私の触手を植え付けた強化型オーク。さあっ! 無様に足掻く様を私に見せてください!!」


「チッ。勇者、舐めんじゃないわよっ!」


 オリビアは加護の権能を発動する。


「『継承英装ブレイブエア』第四階位まで連続解放!!」


 瞬間、オリビアの装備が美しいアオの光に包まれ、眼前には聖なる光を宿した一振りの剣が召喚される。


 加護とは、それぞれが固有の権能を持つ、選ばれし者にのみ与えられた才能ギフトのこと。

 その権能は、魔力とは異なるエネルギーによって実現される。

 常人には観測できないそのエネルギーを、人は「神力」と呼んだ。

 オリビアが発動したのは、「勇者の加護」が持つ権能。

 彼女自身、まだ完全には使いこなせていないものの、その力は強大である。

 第四階位まで解放したその能力は、聖剣召喚、神力による肉体、装備の強化。

 さらに、歴代勇者の技術を一部その身に宿すことができる。


「魔導士組はここから離脱し増援を呼んで! この状況だとあなたたちを守り切れない。ノア! 二人でここを突破するわよ!」


「仕方ない。不甲斐ない無駄乳を正妻の私が助けてあげる」


 隠し持っていた愛用の双剣を手にしたノアが、オリビアの隣に並び立つ。


「あんた本当に生意気ね。というか、私のサイズは普通よ。あんたの胸が足りてないだけでしょう? この貧乳ロリ体型」


「は?」

「あ?」


 敵を前に睨み合う二人。

 通常運転である。


「これだから脳筋女は……。とにかく、邪魔だけはしないで」


 次の瞬間、ノアの魔力が膨れ上がる。


「『絶対執行エクセキューター』」


 愛する主からの命令が下ったのだ。

 条件を満たしたことによる、神力を用いた限定的な身体・魔力の強化。

 その瞳は、遠方で加速するとあるHENTAIのように深紅に染まり煌めいていた。


「あんた、やっぱり加護を……。そっちこそ、足引っ張るんじゃないわよ!」


 剣を構える二人。

 相対するは魔王軍幹部とそのしもべ


 ここに、世界の命運を握る戦いが始まった。



 斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬り続ける。

 魔力と神力による強化で正面から圧倒するオリビア。

 一方、テクニカルな動きと手数で致命傷を与えるノア。

 両者とも正反対のスタイルだが、奇跡的な連携を見せていた。


「はぁ、はぁ。流石に数が多すぎる。しかも無駄に硬い。このままじゃヌルクスにたどり着く頃には魔力が尽きるわよっ! あんたの言う増援ってやつ、本当に信じていいんでしょうっ――ね!!」


 新たな死体を生み出しながら、ノアに問いかける。


「しつこい。私の夫は最強。必ず来る。それに、ヌルクスに近づくのは危険」


「根拠は?」


「勘」


「まったく……。死んだら恨むわよ!」


「好きにして」


 ノアを信じることにしたオリビアは、再びオークの群れへと吶喊とっかんした。



 それから、どれほどの時間がたっただろう。

 周囲一帯は血で赤く染まり、オークの死体が散乱する。

 この場で生き残っているのはたった三人だけ。

 内二人は広場の中心に立ち、肩で息をしている。


「はっ、はっ、はっ――」


「ふっ、ふっ、ふっ――」


 百に近い数の強化オークを殺し尽くした二人。

 本来のシナリオ正史とは違い、オリビアに大きなダメージはない。

 これは、ノアの協力に加えオークの殲滅だけに注力した結果、ヌルクスを討伐するための賭けに打って出る必要がなくなったからである。

 しかし、それは切り札用の魔力を継続戦闘に回したということであり、同時にヌルクスに対抗する手段を失ったということを意味していた。


 パチパチパチパチ。

 傷一つないヌルクスが上機嫌で手を叩く。


「いやはや、なんと素晴らしいことでしょうか。まさか、たった二人だけで私の強化オークを殺し切るとは。本当はもっと苦戦していただくつもりだったのですが、どうやら本当に見通しが甘かったようです。謝罪させていただきましょう」


 未だに呼吸が整わない二人に対し、丁寧に頭を下げる。


「ところで、一つ疑問があるのですが……お二人とも、私と戦うための魔力は残っていますか? ふふふ」


 心底愉快だと言わんばかりの表情で、分かり切った問を投げかける。


「はっ、はっ――。魔力ですって? あんたなんか、この剣一本で十分よ」


 言葉とは裏腹に、オリビアは力なく剣を構える。


 魔力とは、生命エネルギーの一つ。

 そのため、魔力が切れた状態では歩くのも困難なほどに疲弊してしまうのだ。


「それは結構。直ぐに死んでもらっては困りますからね。なにせあなたには、失った分のオークを補充するという大切な役目があるのですから!! ふははははっ!」


 ヌルクスが剣を構えて迫りくる。


「くっ――」


 増援が来るまでの時間をなんとか稼ごうと、剣を握る手に力を込めたその時――


「――来た」


「えっ?」


 ズドン!


 上空から何かが落ちて来た。

 いや、

 地面が陥没するほどの衝撃。

 それと同時に巻き起こる、周囲を曇らす激しい土煙。


「きゃっ!」


「っ!? 何事ですか!」


 思わず悲鳴を上げるオリビアと、警戒して後方に飛びのくヌルクス。


「――すまない。遅くなった」


「ううん。むしろ丁度いいタイミング。約束通り、豚どもは殲滅したよ。私頑張った、褒めて♡」


 やがて晴れる土煙。


「よくやった。こういう時はご褒美をあげるといいと本に書いてあった。今度、何か一つ言うことを聞こう」


 中から現れたのは、全身に深紅のラインを走らせる一人の少年。


「え? 今何でもって言った?」


「うぅ……、舌噛んだぁ。もうめちゃくちゃだよぉ。頭おかしくなるぅ」


 脇に抱えていたイルゼをおろした少年は、尻もちをつき呆けた様子のオリビアに目を向ける。


「久しぶりだな、オリビア。約束通り、強くなってきた。今度こそ、俺の手で君を守るよ」


「らい……と……?」


 起こり得るはずのなかった再開。

 けれど、語らい合うにはまだ早い。

 純愛厨と触手。

 絶対に相容れぬ二者が、対峙しているのだから。





「増援ですか……? 森にいた人間はオークと戦うか殺されるかしているはずですが」


「オークなら俺が全て殺したぞ」


 俺はヌルクスの方へと振り返る。


「全て殺した? あなた一人で? ふふふ。おもしろい冗談を言う。強化されていないとはいえ、私の用意した――」


「四百五十」


「は?」


「俺が殺したオークの数だ」


 召喚陣を探すのに手間取ったせいで、結局全てのオークを相手する羽目になった。

 昔から、魔力的な感知だけはどれだけ修行しても上達しなかった。

 師匠の言う通り、俺には魔法の才がないのだろう。


「……それがどうしたと言うのですか。仮にあなたの言うことが事実だったとして、一体あなたはどれほどの魔力を残していますか? どうせ時間稼ぎでもしに来たのでしょう? 男には利用価値がありませんから、今すぐ殺して差し上げますよ!!」


 オリビアに襲いかかったように、ヌルクスが迫る。


「ぁっ! ライト!! 危ない!」

「ライト君っ!!」


 オリビアとイルゼが叫ぶ。

 二人は俺の元へとっさに駆け寄ろうとしたようだが間に合わない。


「無駄です! 死になさい」


 目前に剣が迫る。

 俺はそれを、最小の動きで避けた。


 一撃、二撃、三撃。


 ヌルクスの攻撃は全てが空を斬る。

 直前にどれだけのオークを相手していようが、関係ない。

 守るべき純愛がこの世にある限り、俺に疲れなど存在しないのだ。


「チィッ」


 相手もそれを感じ取ったのか、再び距離をとる。


「なかなかいい動きではありませんか。丁度いい。ならば一つ、この肉体の本気を試させていただきましょう。雷装!!」


 次の瞬間、ヌルクスの体が雷を纏う。


「ふはははっ! 素晴らしい! 『雷の加護』による魔法効果の増大と、私の『寄生の加護』による被寄生体への限界を超えた能力強化。これで誰も私には追いつけな――ぐべぼっ!?」


 俺はたらたらと話しているヌルクスの横顔を殴り飛ばした。


「師匠が言っていた。変身を待ってくれるのは日アサだけだと」


「ガッ、アァ――。キサマァ、殺す!!」


 ヌルクスは先ほどとは比べものにならないほどの速度で攻撃を仕掛けてきた。

 その瞬間速度は亜光速の域にまで達している。

 しかし、相手がどれだけ早かろうと俺には関係なかった。


「――シッ!」


 ヌルクスの剣を避け、拳を打ち込み、今度は剣の腹を叩いて弾き、蹴りを入れる。


「ガッ!? ア゛ッ!?」


 触手が身を守るように這出てきたが、構わず触手ごと打ち抜く。


「ウ゛ガァッ!?!?!!?」

 

 再び吹き飛ぶヌルクス。


「なるほど、これが魔王軍幹部。硬いな」


 魔王教団の強化人間とはわけが違う。

 加護持ちを殺す気で殴ったのは初めてだが、その差を明確に実感できた。


「ガァ、ハァ――馬鹿な。加護の二重掛けですよ!? それなのになぜ! 私が速度負けしているのです!!」


 「なぜか」だって?

 そんなのは単純な話だ。


「師匠の教えにこんなものがあった。この世界で、光速を超えるものはまだ見つかっていないと。そして、俺は気づいたんだ。純愛こそが、光速を超え得るのだと」


「貴様、頭がおかしいのか……? くっ、ならば近接を避ければいいだけの話!! 雷閃!」


 ヌルクスは魔法を行使する。

 俺目掛けて飛んでくる無数の稲妻。

 しかし――


「【反魔法領域アンチマジックエリア】」


 ヌルクスの放った魔法は、俺にたどり着く前に


「は? 何ですか、それは」


「無駄だ。俺に魔法は効かない」


 魔法とは、魔力によって世界の事象を書き換える能力のこと。

 より高次元の権限に接続している仙術の前では、意味をなさない。


「ふ、ふはっ、ふふふ」


 ヌルクスは狂ったような笑い声を漏らす。


「ええ、いいでしょう。認めて差し上げます。あなたは私よりも強い。しかし、あなたの敗北は既に決している!!」


「どういうことだ?」


「あなた、私の触手に直接触れましたね? 私の触手には、強力な媚薬効果があるのです! 本来は勇者用の切り札でしたが、この際もうどうでもいい。いくら強かろうが、人間の三大欲求には逆らえまい! さあ、あなたの手で、後ろの勇者どもを犯し殺しなさいっ!!」


 勝ち誇った笑みを浮かべるヌルクス。

 それに対して俺は――


「そんなこと、純愛厨である俺がするわけないだろ」


 誇りに懸けて即答した。


「――何ですって? あり得ない……それだけは、あり得ていいはずがないっ!! 才能や努力といった次元の話ではないのです! 性欲のない人間など、存在するものかっ!!」


 遂に、ヌルクスの表情から一切の余裕が抜け落ちる。


「性欲か? そんなもの、『純愛』に懸けてきた!」


 それを聞いたヌルクスは、ふらつきながら後ずさる。


「化け物め……。撤退、撤退しなくては。こんな異分子イレギュラーがいるなんて、知らなかった。一刻も早く、魔王様に報告を――」


「させるものか」


 ズドン!


 俺は瞬時に加速し、逃げようとしたヌルクスの頭を掴んで背中から地面に叩きつける。


「ガハッ!」


 血反吐を吐くヌルクス。


「貴様は、一体何者なんだ……。答えろ! 貴様の力の源は! 加護は! 一体なんだ!!」


 引きずりながら体を起こし、叫ぶように問う。


「加護? 俺にそんな才能はない。俺の力の源は、もっと単純で、誰もが生まれながらに持っている純粋な願い。『純愛』だ」


「純愛……だと?」


「そうだ。真に必要なのは、選ばれた力なんかじゃない。純愛を愛し、純愛に愛されることで自らを純愛と化す。それこそが、この愛の無い世界を救う絶対の希望だ」


 俺自身が純愛となる。

 それが、凡人である俺の、仙術のたどり着いた答えだった。


「この異常者め……。しかし、そうですか。加護を持っていなのですか。ふはっ、ふはははっ! やはり、あなたは唯の人間。どれだけ強かろうが、所詮は凡人だということ。知っているでしょう? ! それが世界の約束ルールだ!!」


 そう、これこそが、加護を持つものと持たないものとの差を決定づける究極の制約。

 ここで俺がこいつを殴り続けたとしても、致命傷にはならない。

 それどころか、一定以上のダメージラインを超えると、俺の攻撃は全て無効化されるだろう。

 この制約だけは、例え仙術であっても突破できない。


「お前の言う通り、俺ではお前を殺せない」


 笑みを深めるヌルクス。

 しかし、俺は一人ではないのだ。


「――だから、私がいる」


「かはっ!」


 胸から剣を生やし、血を吐き出すヌルクス。

 

「な……ぜ、きさま……が」


 ヌルクスの背後に突如現れ、その胸に短剣を突き刺したのはノアであった。


「私の加護は【忠誠】。主が呼べば、どこへだって参上する」


 【忠誠の加護】

 それこそが、ノアの持つ加護の正体。

 その権能の多くは主とする対象に依存する一方、主と定めた相手のためならば無類の強さを発揮する。

 まさしく、彼女のためにあるかのような加護であった。


「転移のっ……権能っ……か……! ぐはっ――」


 剣を抜かれ、ヌルクスは地面に倒れ込む。


「はぁ、はぁ――。あぁ……、馬鹿な、こんな所で……死ぬなんて。あり得ない、あり得ない。あり得ていいはずがない!! 私は、私は――」


「疾く死ね」


 一閃。

 

 ゴロ。


 ノアによって、ヌルクスの首が刎ねられた。


「まず一人」


 ライトは空を見上げる。

 多大な命と純愛が犠牲となるはずだった戦いは、HENTAIの手によって完全に救われたのだ。


 その光景を見ていたイルゼは思う。


(見つけた。遂に見つけたんだ!! これで漸く、お兄ちゃんの遺した希望を繋げられる! 選ばれた才能なんて、関係なかった。彼が、彼こそが、僕らの『救世主』だ!!)


 ゲームにおけるシナリオはまだ序盤。

 けれど、確かに今日、世界は大きく変わったのだった。

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