第一章 ノアと勇者と純愛ハート
第2話 いざ学園へ
大戦歴八十二年。
魔王の完全復活まで残り二年という状況で、王都に位置するネルトリア学園では、今日も生徒が授業や鍛錬に励んでいた。
ネルトリア学園を好成績で卒業した者には、将来が約束される。
そんな学園の特色も相まって、生徒たちの熱気が高いことで有名なこの学園だが、ここ数年は特に上層の生徒たちが熾烈に競い合っている。
そんな彼らの目標は唯一つ。
勇者パーティーに選ばれること。
魔王を討伐し、世界を救ったという名誉。
それは、いついかなる時代においても人々の目を奪って離さない。
そんな夢を掴むためには、学園で開催される武闘大会で優勝し、勇者が会長を務める生徒会に入る必要がある。
なぜならこの生徒会に選ばれた者だけが、一年後に勇者パーティーとして旅立つ権利を得ることになるからだ。
そんな熱気高まる学園の門前に、今二人の人物が立っていた。
「あれから十年、漸くここまできた」
一人は、勇者の加護を持つ少女の幼馴染でありながら、狂った純愛ジジイの愛弟子でもあるライト。
茶色の髪に、引き締まった体をしている彼は、現在十七歳である。
そしてもう一人、
「ん。ここに、女勇者とかいうライトを誑かしたクソビッチがいるんだよね」
いっそ気持ちがいいほどの暴言を吐くその少女は、狼族の美しい亜人である。
名を、ノアと言う。
白銀の髪に獣の耳と尻尾を持ち、ライトの胸辺りまでしかない身長の少女はライトに付き従う従者であり、相棒でもある存在だ。
彼らは、ネルトリア学園に二年生から転入をしたのだ。
今日は二人にとっての登校初日である。
「こらっ。あまり汚い言葉を使うんじゃない」
ノアの発言を軽く叱る。
「だって、本当のことだもん。そいつがライトを誑かしたせいでオークに襲われて死にかけたんでしょう? ねぇ、やっぱりもう帰ろうよ。クソビッチのことも魔王のことも全部忘れて、私と一緒に暮らそう? ついでに仙術も捨てよう? そして、二人でいっぱい子づくりしよ♡ 大丈夫、ライトの身は私が守ってあげるから。なんにも心配しなくていいからね。だから、おねがい♡」
幼い体つきに反して、その身からあふれ出る大人びた妖艶な雰囲気と脳がとろけるような甘言。
両手でライトの体を正面からホールドし、その薄い胸をいっぱいに押し当てる。
常人ならすぐさま欲望に脳を焼かれ、即堕ちしてしまいそうな誘惑。
それを一身に受けたライトは――
「断る」
一切を断固拒否した。
「即答!?」
「当然だ。というか、ノアも分かっているだろう? 俺には果たさなければならない使命がある。師匠の後を継ぐ誇り高き純愛厨として、魔王を倒すまで俺は止まれない」
「そんなぁ……」
「それよりも、動きにくいから早く離れてくれ」
そう言って、躊躇なくノアを引きはがす。
「う、うぅぅ……」
支えを失ったノアは地面に倒れ込む。
「私の、渾身の色仕掛けがこれっぽっちも通じないなんて……。しかも、動きにくいからという理由でポイッ。これだから仙術とかいう欠陥技は嫌い。性欲を代償にするなんて信じられない……」
あんまりな対応にショックを受けたノアは、一人すすり泣く。
「しくしく。私はただ、ライトとイチャラブ同棲生活がしたいだけなのに」
その時、ライトが珍しく興奮した声をあげた。
「おいノア、これを見ろ!」
「ん? どうしたの?」
ライトが指さす先には「ネルトリア学園」の文字が刻まれた正門がある。
「師匠が言っていた。エロゲではソフ倫を突破するために『学校』という言葉は使わないと。やはり師匠の言葉に間違いはない。しかし、実際に目にすると感動するな。ノアもそう思うだろ?」
曇りのない、キラキラとした目でノアを見つめる。
「あーー……。うん、そうだね」
ノアは弱弱しく肯定した。
彼女は空気が読める女なのだ。
「ライト。確かにあのHENTAIジジイの実力は本物だよ。恩もある。でも、発言は半分以上意味不明。ライトは少し、あの純愛インポに心酔しすぎだと思う」
「ん? 悪い、師匠の叡智に酔いしれていて話を聞いていなかった。もう一度言ってくれるか?」
ライトは本気で言っているようだ。
「……なんでもない」
ノアは諦めを知っている女であった。
「さて、そろそろ行くか」
ライトは学園を見上げる。
「……分かった。私はあなたに生涯を捧げた身。あなたの判断に従う」
ノアは渋々了承する。
「では、予定通り。ノアはオリビアと同じ選抜クラスだから、オリビアを中心とした重要人物の監視。俺は下位のクラスだから、学園全体の調査と主人公探し。質問はあるか?」
「ない――けど、ライトは本当に下位のクラスでいいの? ライトが本気をだしたら、この学園の誰よりも、ううん、この世界中の誰よりも強いのに」
「その話は前にしただろう? 学園の試験では仙術を加味した能力の計測はできないし、学園内を調査するにあたっては目立たないにこしたことはない。それに、生徒会に入る方法には算段がついている」
ライトの意思は固い。
「そう。分かった。でも、もしいじめられるようなことがあったらすぐに言ってね。私がその害虫どもを心も体も徹底的に破壊して、はいとイエスしか言えない忠実な奴隷へと調教するから」
「お、おう。了解した」
もしそういった状況に見舞われたとしても、絶対に黙っておこう。
ライトはそう決心した。
こうして、順調に育った世界のバグとその従者が学園へと侵入を果たした。
*
「今日からこの学園で学ぶことになりました。ライトです。特技は体術です。よろしくお願いします」
軽く挨拶を済ませ、用意された席に着く。
まさしく下位のクラスといったところか。
俺は自分のクラスの現状をそう判断した。
クラス中に蔓延している諦めの空気。
誰もかれもが惰性で学園に通い、卒業することだけを目標としている。
そんな印象だ。
この学園には、優秀な生徒が多く集まると聞く。
その分、上と下の差は大きくなり、一度落ちぶれてしまうと再び立ち上がるやる気も失ってしまうのだろう。
だからこそ、自分に明るく声をかけてきたその存在に、俺は必要以上に驚いてしまった。
「ねえ、ライト君。僕はイルゼ。剣術が得意なんだ。よろしくね」
次の授業までの自由時間。
隣の席だということもあって話しかけてきたようだ。
俺はイルゼをまじまじと観察する。
黒髪黒目の中性的な顔立ちをした男子生徒。
ん? 黒髪黒目……まさか!?
「イルゼ、一つ聞きたいことがある」
「なに? ライト君は入学してきたばっかりだからね。僕に答えられることならなんでも聞いてよ」
イルゼは優しく微笑む。
「そうか。では遠慮なく。お前、チ○コはでかいか?」
「――え?」
唖然とするイルゼ。
「なんだ、聞こえなかったのか? イルゼ、チ○コはでかいかと聞いたんだ」
「ま、まままま待ってよ!? いきなり何を言いだすのさ!?」
イルゼは顔を真っ赤にして激しく動揺している。
「ん? ああ、すまない。チ○ポと言えば伝わるかな?」
「いやっ! 言い方の問題じゃないよ! なんでそんなこと聞くのさ!?」
「師匠が言っていた。エロゲ主人公のチ○コはデカいものだと」
そして、この世界の「原作主人公」に当てはまる人物は黒髪黒目らしい。
師匠曰く、原作主人公はヒロインの鬱エロイベントに高確率で遭遇するから、早めに見つけておくと諸々の対応がしやすくなるそうだ。
さらに、主人公のもつ加護は戦力強化の面において非常に強力であると。
だからこそ、イルゼが原作主人公であるかどうかは必ず明らかにしなくてはならない。
「いいから答えてくれ。俺は今すぐイルゼのチ○コがでかいかどうかが知りたいんだ」
「嫌だよ! 初対面の相手に、その――、ち、ちん……の! 大きさ聞かれて素直に答えるわけないじゃん!!」
「何故だ。さっきなんでも聞いてくれと言ったじゃないか」
「それは下の話を想定していないから出た言葉だよ!!」
イルゼはあまりの恥ずかしさに涙目になっている。
「うぅ……。どうしよう、僕やばい人に声かけちゃったみたい」
どうやら、イルゼはどうあっても俺に陰部の大きさを教える気はないらしい。
「ならば仕方ない」
俺は席を立ち、イルゼの腕を引っ張り連行する。
「ちょっと! 次はなにさ」
俺はイルゼを連れたままトイレに入る。
「なんだいまったく―――!? まさか、ここで僕を脅す気!?」
イルゼが再び動揺する。
その瞬間、俺は素早くイルゼに近づきズボンを掴む。
「失礼」
そして、パンツごと思いっきり下にずりおろした。
「へ――?」
イルゼの下半身を包み隠すベールが、今解き放たれる。
俺はイルゼの股間を注視する。
そこには――
「なにも、ない……だと!?」
そう、何もなかったのだ。
そんなバカな。
俺は自分の目を疑う。
俺はよく見ようとさらに顔を近づけ――
「キャーーー!!」
「ぐはっ!」
耳をつんざくような叫び声とともに、頭部に衝撃を受け、気を失った。
*
目を覚ますと、知らない天井が広がっていた。
俺は上体を起こす。
「ここは……医務室か」
俺は周囲を見渡し状況を把握する。
気絶した俺はここで眠っていたらしい。
それにしても、俺が気絶させられるとは。
いつぶりだろうか。
ガラガラ。
医務室の扉が開く。
「あっ、ライト君起きたんだね」
トイレから戻ってきたイルゼが改めて俺に状況を説明する。
「それで、その、ライト君。見た―――よね?」
イルゼが羞恥と恐怖が混ざったような様子で聞いてきた。
俺は正直に答える。
「見た。本当にすまない。まさか、あんな秘密を抱えていただなんて」
「そっか……。色々疑問はあると思うけど、このことは黙っておいて欲しいんだ。いいかな?」
「いいもなにも、当然だ。気がはやり、勝手に秘密を暴いてしまった俺が悪いのだから。このことは墓場まで持っていくと誓おう」
「本当? よかったぁ」
「ああ。イルゼが、よく見ないと視認できないほどの短小であることは決して口外しない」
「うんう――は?」
師匠が言っていた。チ○コの大小は決して馬鹿にしてはいけないと。
「ライト君。それ本気で言ってる?」
「ん? 俺はいつでも本気だが?」
イルゼが正気を疑う目で俺のことを見つめる。
「そうか。やはり口約束だけでは不安だよな。しかし今すぐ差し出せるものと言えばお金くらいしかないのだが、どうかそれで納得してもらえないだろうか」
訓練がてら、盗賊をノアと狩りまくっていたおかげで金なら割と貯えがある。
「えぇ……。嘘でしょ。普通その発想にいく?」
イルゼは頭を抱える。
そして、再び俺に向き直ると――
「ライト君。君、結構バカでしょ」
呆れたようにそう言ってのけた。
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