鬱エロゲ世界に生きる純愛厨の俺、女勇者の貞操を守るため魔王を潰します

KYスナイパー

序章 鬱エロゲみたいな世界に生きてる純愛厨はどうすりゃいいですか?

第1話 この世界は「えろげ」と言うらしい

 ある農村付近の森にて、その中を全速力で走り抜ける小さな影が二つあった。


「はっ、はっ、はっ――」


 走る、走る、走る、走る、走る。


 どれくらい走っただろうか。

 既に心も体もぼろぼろだ。

 でも、止まることは許されない。


「ゲギャ、ゲギャギャ!」


 あいつが、追ってきているからだ。

 嫌悪感と恐怖心を同時に引き起こす醜悪な声。

 ドシン、ドシンと大きな足音を鳴らしながら、ゆっくりとやってくる。

 

 二足歩行の、巨大な豚の魔物。


 あいつは、この状況を楽しんでいるんだ。

 俺たちは、狩りの獲物なのだ。


 俺は、幼心にもそれを理解した。

 恐怖で足がもつれそうになる。

 

 けれど、そのたびに右手で掴んでいる少女の手の感触を思い出す。

 今、俺とともにかけている金髪の少女。

 俺の大切な幼馴染だ。


 しかも彼女は、「勇者の加護」を持っているそうだ。

 その力があれば、魔王を倒せるらしい。

 村に来ていた王都の役人がそう叫んでいたのを耳にした。


 彼女は明日、王都の学園に向かう予定だった。

 彼女は「行きたくない」、「一緒にいたい」と俺に泣きついた。

 だから俺は、「一緒に逃げよう」なんて言って彼女を連れて森の奥へと駆け出したんだ。


 それがいけなかった。

 村でおとなしくしておくべきだった。

 決まりを破って森の中へと入るんじゃなかった。


 後悔は尽きない。

 今さらどうにもならない。 

 でも、だからこそ!


 彼女は、彼女だけは何としてでも守らなければならない。


 そんな、ちっぽけな男の子的プライドだけが今の俺を突き動かしていた。


 しかし、現実は残酷だ。


「きゃっ!」


「っ!? オリビア!」


 俺は叫ぶ。


 どうやら、彼女の限界が先にきてしまったようだ。


「オリビア! 早く! 早く逃げないと!!」


「う、うぅ……」


 彼女は必死にもがいているが、恐怖と疲労で立ち上がれない。


 ドシン、ドシン。


「グギャギャ!」


 そんな俺たちに、奴はゆっくりと近づいてくる。


 俺は、その醜悪な面を目のあたりにする。


「あ、あぁ……」


 遂に俺は尻もちをつき、足を止めてしまった。


 俺は、ここで死ぬのだろうか。

 彼女は、オリビアはどうなるのだろう。


 ゴブリンやオークに捕まった女の人は、をされると村で教わった。


 いやだ、いやだいやだいやだ。

 それだけは、彼女だけは――


「う、う゛ぁーーー!!」


 どうにもならない現状に、俺は泣き叫ぶ。


「ゲギャギャギャーー!」


 それを聞いた奴は、いっそう笑みを浮かべ笑い声ともとれる声をあげた。


「お願いします。誰でもいい、なんでもするっ!! だからどうか、オリビアを、助けてくださいっ!!」


 悲痛な叫び声。

 

 しかし誰にも届くことはなく、彼らの悲鳴とともに森の中へと消えていく……。


 


 ズドン!


 その時、上空から彼らの前に何かが落ちて来た。

 いや、着地した。


「いやー、なんとか間に合ったわい。最後にこのエロゲをプレイしてからもう七十年はたつからのう。危うくヒロインの処女がオークに散らされるところじゃったわ」


 舞い上がった土煙がはれ、現れたのはやけに姿勢のいい老人。

 いや、その身から放たれる独特のオーラを考慮すれば「仙人」と言った方が正しいか。


「この年が大戦歴七十二年というのは語呂合わせで覚えておったのじゃが、いかんせん正確な日時はあやふじゃったからな。ここまで待って失敗したとあっては目も当てられん」


 そう一人ごちる謎の老人。


 彼こそが、この世界に生まれたバグ。

 転生者であり、この世界をゲームとして知っている唯一の人物。


「あなたは……」


 状況を理解できず、呆然と老人を見上げる。

 オリビアは疲労で気を失っているようだ。


 彼は俺の方に顔を向けると、目を見て力強く答えた。


「よいか少年、ライトよ。わしは、お主にこの力を伝えるために今日まで生きてきた。わしの力を受け継ぎ、この世界を、ヒロインたちの純愛を守ることができるのはお主だけじゃ」


 ドシン、ドシン。


 怯んでいたオークが、再び動き始めた。


「鬱エンドしかない、ハードなエロゲであるこの世界。そんな世界で、NTR、凌辱、催眠といったあらゆるエロイベントを叩き潰す圧倒的な力。わしはそれを、生涯をかけて創りあげた」


 彼は俺に背を向けオークの方へと歩みを進める。


「よくみておけ。これが、わしの到達点じゃ」


 老人は、大きく息を吐き――


Activate Wise Clock賢者タイム起動


 瞬間、老人を中心にオーラのようなものが吹き荒れる。

 

 それと同時に、老人の体に深紅のラインが浮かび上がる。


 これこそが、純愛厨という一つの性癖を極め抜いたHENTAIの極致。

 折角の異世界転生にも関わらず、あらゆるテンプレ無双を無視し生涯を鬱エンド破壊に捧げた男の到達点。

 この世界のルールに縛られない、埒外の暴力。


 その執念が今、解き放たれたのだ。


「かっこいい……」


 俺は、自分が命の危機に瀕していたことも忘れてその光景に見惚れていた。


 老人が口ずさんだ言葉は、俺には聞き取れなかった。

 初めて聞いた言葉。

 どこの言語だろう。


 そんなことを考えている間に、老人はかまえをとる。


「グ、グガギャーー!!」


 先ほどまで余裕の表情を浮かべていたオークが、血相を変えて突進する。


「無駄じゃ。疾くと散れ。――ハッ!」


 パンッ!

 

 空気が爆ぜる音がする。

 老人の突き出した拳は、音速を越えていた。


 バンッ!!


 肉がはじける音がする。

 さっきまで生命体であったそれは、本人も気づかぬ間に肉の塊へと姿を変えた。


 勝負にもならない一瞬の交差。


 されど確かに、七十年を超えるHENTAIの執念は一つの鬱エロイベントをこの世界から潰したのだった。

 

 血と肉が、辺り一面に散らばる。


「ふぅーー」


 老人は残身の後、空を見上げた。


「今、漸くわしの人生に価値が生まれた。この七十年は無駄では無かった。この力があれば、運命を変えられる」


 老人は俺の方に振り向く。


「よいかライト。これは、己の性欲を代償に世界の管理権限へと接続することで最強の力を得る技。ただし、副作用としてこの技を使う間、すなわち鬱エロイベントの根源である魔王を倒すまでは誰ともエッチができなくなってしまうのじゃ。おかげでわしは未だに童貞じゃい。まあ、後悔はしておらぬがな」


「……」


 なんだか凄いことを言っている気がするが、いきなりすぎて理解できない。


「ふむ、どうやらちと話が難しかったようじゃの」


 老人は髭を撫でる。


「では、もっと単純にいこう。ライトよ、お主はオリビアを守りたいか。」


 そんなの、決まっている。


「守りたい」


「では、オリビアのように望まぬ形で犯されそうになる少女を救いたいか」


「救いたい。みんな、ひどい目にあって欲しくないっ!」


 これまでの俺なら、これほど強くは願わなかっただろう。

 けど、一度でもあの絶望に染まった顔を見てしまえばもう戻れない。


「それが、戦いが終わるまで己からエッチの機会を奪うと知ってもか」


「それでも!! 俺は、みんなを守れる力が欲しいっ!!」


 心の奥底から沸き上がる渇望。

 俺は今、かつてないほどに燃えていた。


 俺の返答を聞いた老人は、静かにうなずく。


「やはり、わしの力を受け継ぐのは同志であるお前しかいない。よいか、ライト。その気持ちを決して忘れるな。その決意の名は、『純愛厨』と呼ぶ」


「純愛厨……」


 その言葉が、すっと胸の中に入ってきた。


「これから、お主にわしの力の全てを叩きこむ。純愛厨の誇りに懸けて戦い抜く覚悟があるのなら、わしの手を取れ」


 老人が手を差し出す。

 それを俺は、迷わず握りしめる。


「ふむ。お主の思い、しかと伝わった。今後はわしのことを師匠と呼べ。お主を必ずや、この世界の希望としてふさわしい最強の純愛厨へと鍛えてみせよう」


「はいっ! 師匠!」


 この日、この瞬間。

 たった一人の狂った純愛ジジイ転生者によって、本来死ぬはずだった少年が純愛厨として生まれ変わった。


 女にも、金にも、権力にもなびかない。

 ただ純愛を守るためだけに戦うというバグ中のバグみたいな存在。

 やがてそのバグは、致命的なまでの影響をこの世界に及ぼす。


 物語は正史を外れ、未知のエンドへと進みだした。

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