スクナビコナのビコナ ~リトル・リトル・ネイバーズ~
夜桜くらは
スクナビコナのビコナ
僕の働くバーのマスターは、少し変わっている。
……いや、少しどころじゃないな。かなりだ。性格というか、中身も少し変わっているけれど、何より外見が変わっている。
そのマスター──ビコナさんは、とても小さいのだ。背が低い、とか、そういう話ではない。文字通り、身体が小さい。手のひらに乗るサイズなのだ。確か、身長は17センチくらいだったはず。
彼は『スクナビコナ』という神様らしい。
僕たちが暮らすこの世界には、人間以外にも様々な種族がいる。僕も色々な人に会ってきたけれど、神と呼ばれる存在に会ったのは初めてで、最初は驚いた。
僕がビコナさんと初めて出会ったのは、今から2年ほど前のことだ。
専門学校を卒業したばかりの僕は、バーテンダーとして雇ってもらえる店を探していた。
しかし、なかなか良い条件のところが見つからない。そんな時、たまたま見つけたこのバーに、小さな神様がいたというわけだ。
扉には準備中の札が掛かっていたけれど、なんとなく気になって入ってみた。すると、カウンターの上で動く小さな人間と目が合った。それが、ビコナさんとの出会いだ。
「あれ? お客さん?」
カクテルグラスを覗き込むようにして拭いていた彼は、僕に気づいて顔を上げた。
僕はというと、驚きのあまり何も言えず、ただ立ち尽くしていた。こんな小さな人が存在して、しかも働いているなんて、思いもしなかったから。
「どうしたの? ボクの顔に何かついてるかな?」
不思議そうに首を傾げる彼の声を聞き、ハッと我に返った。そして、慌てて頭を下げる。
「す、すみません! まだ開店前なのに……」
「ああ、いいよいいよ。せっかく来てくれたんだし、こっちにおいでよ」
彼はそう言うと、僕に手招きした。どうやら、僕を客だと思ってくれたらしい。実際は違うけど、閉店中に勝手に入ったわけだし、そう思われても仕方ないか……。
僕は彼の元へ行き、カウンター席へ座った。そして、改めて店内を見回した。あまり広くはないけれど、落ち着いた雰囲気のいいお店だ。
「君、初めて見る顔だね。もしかして、最近引っ越してきたの?」
突然話しかけられ、ビクッと肩を揺らす。見れば、彼はニコッと微笑んでいた。近くで見ると、本当に小さい。手のひらサイズの人間が、目の前にいる。それだけで、なんだか不思議な気持ちになった。
「あ、はい。そうです。それで、実は──」
「あー待って待って! 当ててみせよう!」
僕が言いかけると、彼は慌てた様子で両手を前に突き出した。それから
「君はきっと、働ける場所を探しているね? そして、それはバーテンダーとして、だ。どうかな?」
「えっ!?」
まさか言い当てられるとは思っていなかったので、思わず大きな声を出してしまった。すると、彼はケラケラと笑った。
「やっぱりね! 当たってるだろ?」
「……すごいですね、どうして分かったんですか?」
「ふふん、ボクはこう見えて、結構長く生きてるからね。いろんな人を見てきてるんだよ」
「そうなんですね……」
なんだか不思議な人だ。身体の小ささに気を取られて気づかなかったけど、顔は僕と同い年くらいの青年に見える。だけど、妙に貫禄があるというか……。まるで、何百年も生きているような、そんな雰囲気を
「それで、君はここで働きたいのかな?」
「あっ、はい。できれば、ですけど……」
「そっか。じゃあ、採用!」
「……え?」
あまりにあっさり言われたものだから、聞き間違いかと思った。目をパチパチさせて彼を見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「聞こえなかったかい? 採用だよ、採用。いやあ、ちょうど募集しようかと思ってたところだったんだよねー。ボク一人で切り盛りするのも限界があってさ」
「い、いいんですか!? まだ何も話してないのに……」
「もちろんさ。だって、ボクの勘がそう言ってるからね」
彼は胸に手を当て、自信満々といった表情で言った。それを見て、思わず笑ってしまった。なんだか、面白い人だな。
「ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」
「うん、よろしくね。……おっと、その前に自己紹介がまだだったね」
彼はくるりと一回転してポーズを決めると、格好良く名乗った。
「ボクはスクナビコナ。気軽にビコナって呼んでくれ。これからよろしくね、新人くん!」
こうして、僕はビコナさんのバーで働くことになったのだった。
◆◆◆
それから、働く中で知ったことがいくつかあった。まず、この店はビコナさんがひとりで経営していること。
元々は先代のマスターがいたのだが、数年前に病気で亡くなってしまったのだという。それ以来、ずっとひとりなんだとか。
僕はてっきり、他の従業員もいるものだと思っていたから驚いた。小さな身体ひとつで店を切り盛りするのは、さぞ大変だろう。そう思ったのだけれど、そうでもないらしい。
なんでも、ビコナさんは神様なので、普通の人間よりも身体が丈夫なのだそうだ。多少の無理ならできるし、疲れもほとんど感じないのだという。
それに、小さいからこその利点もあるのだと教えてくれた。例えば、お客さんの顔が近くで見れること。これは接客をする上で、かなり役立っているらしい。お客さんのちょっとした変化にも気づけるし、細かな気遣いができるからだと彼は言っていた。確かに、それは大事なことだと思う。
視界に入り込んで、にっこり笑うビコナさんを想像したら、会話が苦手な人でも話しやすいかもしれないなと思った。それくらい親しみやすい雰囲気を持っているのだ。
次に、ビコナさんはお酒の知識が豊富だということ。
なんでも、彼は『酒の神』と呼ばれる存在らしい。だからなのか、彼はどんなお酒でも作れるのだそうだ。本人曰く、知識量なら誰にも負けないとのこと。実際、彼の作るオリジナルカクテルはとても美味しい。お客さんに合ったカクテルをその場で作り上げる姿は、まさに神業だと思う。
「いろんな人がいるんだからさ、その人にぴったりなカクテルを作ってあげたいじゃん? ほら、ボクは神様だし」
いつだったか、ビコナさんはそんなことを言っていた。その時の笑顔と優しい眼差しは今でも忘れられない。こんな人が神様だなんて、最初は信じられなかったけど……今なら納得だ。こんなに優しくて温かい人は、他にいないと思うから。
また、自分とほぼ同じ大きさのシェイカーを、事もなげに振るうところなんかも凄いと思う。
以前、どうやって持ってるんですかと聞いたことがあった。すると、「これかい? これはねー、こうやって念力で浮かせてるんだ」と言って、手をひらひらさせていたっけ。小さくても、やっぱり神様なんだなと思ったものだ。
ちなみに、ビコナさんの年齢を聞いた時は驚いた。なんと軽く1000年以上生きているというのだ。見た目からは想像もできないし、そもそも神様なんだから寿命という概念がないのかもしれない。それでも、自分の何倍も生きてきた彼を見ていると、自分もまだまだ頑張らなきゃなという気持ちになれるから不思議だ。
そして最後に、ビコナさんはよく喋るということ。
客商売なのだから当然かもしれないが、とにかく話題が尽きない。しかも、その内容が非常に面白いため、気づけば僕も手を止めて耳を傾けていることが多い。
例えば、こんな話があった。
ある日、ビコナさんは深夜の散歩を楽しんでいたのだという。その日はバーの定休日で、ゆっくり休める日でもあった。しかし、なんとなく寝付けなかった彼は、夜の街へと繰り出したそうだ。
そこで、偶然ひとりの女性に出会った。その女性は酔っているらしく、フラフラとした足取りで歩いていたらしい。それを見たビコナさんは、すぐに駆け寄った。そして、女性に声を掛けた。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
「あらぁ、どこかから声が聞こえるわぁ? ふふふ、かわいい声ねぇ」
彼女は相当酔っ払っていたようで、呂律が回っていなかったようだ。それでも、ちゃんと返事はしてくれたらしい。
ここだけならば、特に変わったことはない。ただ、この後が問題だったのだ。
「下ですよ、お姉さん」
「んん〜? あら、あらあらぁ!? ちっちゃなイケメンがいるわ! 連れて帰ってもいいかしら!?」
そう言って、なんと彼女はビコナさんを服のポケットの中に押し込んだのだそうだ。突然のことに驚いたものの、なんとか逃げ出すことに成功したビコナさんだったが、その後しばらくは生きた心地がしなかったと語っていた。
「いやーあの時はびっくりしたよ……まさか、お持ち帰りされるとは思わなかったからさ」
そんな体験をしたというのに、彼はケラケラ笑っていた。本当に肝が据わっているというかなんというか……。ある意味すごい人だよなぁと思った瞬間だった。
小さいからこそのハプニングや出来事も沢山あるみたいだけれど、本人は気にしていないらしい。むしろ楽しんでいるような節さえあるので、そういう部分も含めて、僕は彼に尊敬の念を抱いていた。いつか自分も、彼みたいになりたい。そんなことを思っていた。
◆◆◆
そうして今に至るわけだけど──僕の中で、ひとつの疑問が生まれていた。それは、ビコナさんがなぜこのお店をやっているのかということだ。確かに、お酒は美味しいし、お客さんもみんな満足しているみたいだけど……先代のマスターに頼まれた訳でもないだろうし、どうしてだろう? ふと気になって、聞いてみたことがある。すると彼はこう言った。
「んー、そうだなあ。別に深い理由はないよ。ただ、ボクにもできることがあるならやりたいなーって、そう思っただけなんだ」
お酒のボトルにもたれかかりながらそう話す彼は、いつもより少し大人びて見えた気がした。
「それにさ、ボクはこの世界が好きなんだよね。だから、いろんな人を笑顔にしていきたいんだよ」
「いろんな人ですか……」
「うん、いろんな人さ」
ビコナさんは優しい眼差しでそう答えると、僕に笑いかけた。その表情からは、言葉以上の想いが込められているように感じられた。
「そうだ! 今日はボクの友人たちが来てくれるんだった!」
ふと思い出したようにそう言った彼は、急いで支度を始めた。
「友人、ですか?」
「うん。一緒に住んでいる仲間なんだけどね……みんな個性的だけど、すごくいい人たちなんだよ。きっと君も仲良くなれるはずさ」
楽しそうに語る彼を見て、僕も自然と笑みが溢れてくる。これからどんな人たちが来るんだろうと思うと、なんだかワクワクしてきた。
それからしばらく経った頃、入口の方からカランコロンという音が聞こえてきた。噂をすればなんとやらというやつだろうか。
「ようこそ、いらっしゃいませ!」
僕は背筋をピンと伸ばして、お客様をお迎えしたのだった。
スクナビコナのビコナ ~リトル・リトル・ネイバーズ~ 夜桜くらは @corone2121
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