星空の夜会~僕たちが高校を卒業できない理由~
神坂 理樹人
第1話 Starry
その日はこの夏一番の熱帯夜だった。暑さのせいかそれとも掃除をサボっていたせいか、エアコンは数時間前にまったく動かなくなってしまった。窓から入ってくるわずかな風も生ぬるく漂うだけで、睡魔は少しもやってこない。
時計はもう深夜二時を回っていた。掛け布団代わりに腹に乗せているだけのタオルケットすらも暑く感じてしまう。
「少し狭いな」
小さな窓から見る空はマンションに阻まれている。
もっと近くで視界いっぱいの星が見たい。
そう思いついた星夜は部屋着代わりのジャージに着替えて、夜の街にくりだした。
マンションの立ち並ぶ一角を歩いて三十分ほど。服の中が汗で蒸れるのを空気を仰ぎいれてごまかしながら歩いていくと、簡素な木の階段でできた山道が見えてくる。
山と呼ぶのか丘と呼ぶのかわからないが、この階段を登っていくと高台の展望台に続いている。星夜が子供の頃に何度も通って街を見下ろしていた場所だ。
あの頃は雲の上まで登っているような錯覚さえした山道も高校生になった今では、ものの数分で頂上の展望台まで上がれてしまった。
見下ろす街は深夜の静けさで満たされていて、ところどころに街灯が宝石のように輝き、車のライトが走っている。見上げれば満点の星空が視界いっぱいに広がって、星夜の瞳に映り込んでいた。
高台の柵の近くに置かれたベンチに向かう。座って休もうと近づくと、そこにはすでに先客がいて同じように空を見て星を楽しんでいた。
「
声に反応した空を見ていた顔が星夜の方を向く。少し驚いて目を大きくしているのは確かに紅ヶ谷高校の英語教師の高峰だった。
高峰はまだ二五歳の若い女性教師で、夜のような黒髪を編み上げて束ねて大きな丸いメガネをかけている。背丈は高校の男子どころか女子生徒に混ざっても小さいほどで、よく中学生と生徒にからかわれていた。
地味な外見だが優しい口調と幼い顔立ちもあって、密かに憧れている男子生徒が多いことを星夜は知っている。
いつもきっちりとシワのないスーツを着ていても隠しきれないスタイルの良さは紅ヶ谷高校の男子生徒なら誰でも知っていたが、今は薄いブラウスだけの高峰の胸は思春期の星夜にはあまりにも毒だった。
「確か、B組の麻生くんですね。こんな夜中に外を歩いてたら補導されてしまいますよ」
生徒相手でも丁寧な口調で話す。そこがまたいじらしくてかわいい、と誰かが言っていた。
「先生こそ。子供と間違われて補導されるんじゃない?」
「私はちゃんと免許証を持っているので確認してもらったから平気です」
「警察には声をかけられたんだ」
冗談のつもりだったのに当たっていたことに吹き出してしまう。怒ったように高峰はむっとして唇を結んだが、それすらもかわいらしく思えた。
「それで麻生くんはこんなところで何をしているんですか? 夜遊びをするにはここには何もないですけど」
「暑くて寝られなくて。星を見に来たんだ。ここは子供の頃によく来てたから」
「そうでしたか。夜遊びじゃないなら今日は見逃してあげますね」
高峰はくすくすと笑うと真ん中に座っていたベンチから腰を浮かせて半分スペースを空けると、ぽんぽんとベンチを叩いた。
「歩いてきたなら疲れたでしょう。お隣をどうぞ」
そのしぐさに星夜は少しためらってしまう。
こんなにかわいい人だったっけ、と思ってしまうのは、きれいな星空に照らされているからかもしれない。
言われるままにベンチに座って背もたれに体を預けながら空を見上げる。星の輝きを見ていると暑さを忘れられそうな気がした。
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