雰囲気作り

 「すっごく気持ちよく使えた。ありがとう」


 次の日に絢斗は貸した竹刀を受け取った。

 疲れもほとんど回復して、今日は部活動にも参加できそうだ。


 「部屋で素振りはできないだろ」

 「突きを受ける練習はできたよ」

 「受ける? 一本取られてどうするんだよ?」

 「じゃなかった。その間合いの取り方とか。正面からとかね」

 「正面以外にあるか?」

 「色々とあるでしょ。それはともかく、次体育の時間だからもう行くね」


 満足した様子なので悪いことはしていないのだろう。

 

 「ま〜たやってるのか。熱いなあ」

 

 着替えを準備した亮磨が絢斗を冷やかす。


 「なんだよ」

 「俺らも早く行くぞ。今日は立ち幅跳びとかボール投げかな」

 

 偶然にも絢斗や亮磨、彩智は同じクラス。

 鬼教師に目をつけられる前に急がないと。

 

 「なあ亮磨」

 「ん?」

 「昨日の夜さ、薄村に竹刀貸したんだけどさ」

 「うん」

 「あいつ、俺の竹刀をお守りとかそういうものだと思ってるのかな?」

 「そりゃ好きな人の服とかだったら着たいとかお揃いにしたいとか、女子はそういうのあるだろ?」

 「昨日な、俺のことを大切にするって言ってたんだよ」

 「同い年なのに姉御肌なのか? 

  容姿はまあまあ悪くないんだし、良いんじゃないか」

 「お気楽なやつだな〜。あー急がないと」



 ◆◆◆



 天候にも恵まれて、体育の授業をグラウンドで実施する。

 入学して間もなくの生徒達は、複数種目ある体力測定を何回かに分け、今日絢斗達は主にボール投げと立ち幅跳びをする。


 「お〜飛んだ!」


 野球部ということあって亮磨はクラス内でも比較的遠くまで投げ飛ばした。

 次は絢斗の順番なのだが……。


 「苦手なんだよな」

 

 あまり遠くに飛ばせたことがない。

 むしろ絢斗は球技が下手くそなのだ。


 「おい、頑張れよ!」

 「剣道部力あんだろ!」


 若干の煽りを受けながら絢斗の手番となり、ボールを持ち構えた。

 行くぞ、と決心して一投目。


 ひゅんっ、ぽと。

 亮磨の半分にも届かない。

 動きも固く、柔軟性さがない投げ方に見えたので、亮磨が絢斗に余計な力を抜くようアドバイスした。


 「そんなこと言ったってなあ……」

 

 簡単にそんなことができるわけがないと半ば諦めている。

 二投目の準備の前、意識して軽くジャンプしてみて構えた。

 絢斗が投げる瞬間、亮磨が叫んだ。


 「おい! 薄村が絢斗のこと大切らしいぞ!」


 グラウンド中に響く声。ドッと湧くクラスメイト。

 聞こえた瞬間に意識があちこち向いて余計な力がほぐれ、インパクトの瞬間に最大出力を解き放った。

 

 「ば、ばか!」

 「おい! どこ投げてんだよ!」


 絢斗の投げたボールは亮磨を越える飛距離を放つが、その方向は別の競技をする女子集団の元へ––。


 ボンッ!


 ナイスキャッチ!

 女子生徒達で盛り上がり、見ると絢斗のボールを捕まえたのは彩智だった。

 飛んでくることに中々気づけなかったが、他の女子生徒にぶつかる前にすかさず前に現れ、胸を使ってキャッチ。


 「絢斗と薄村の二人、やっぱり出来てるだろ」

 「ちがうから、今のは亮磨が」

 「俺のせいするなよー」

 「だってさあ」

 「後でまた話に行きなよ」

 「え! 今日も?」

 「そらそうでしょう。しかも今日は自分から行かないとな」

 

 項垂れる絢斗を見て、クラスの面々はドッと笑いが湧くのであった。

 

 「二日連続はしんどいなあ」

 「見ろよ絢斗、女子もこっちの方みてるぜ」

 「行き辛え」

 「授業終わったら行かんとな、な」


 

 ◆◆◆



 授業が終わり、時間が取れたタイミングで絢斗は彩智の元へと向かった。

 

 「さっきはありがとう」

  

 周りのクラスメイトは気をつかって絢斗と彩智を二人きりにした。

 だが、どんな会話になるのか耳はしっかり立てている。


 「……」

 「薄村?」

 「別に」


 今朝とは一転、冷めた反応。

 目を合わせようとせず。


 「(よし、これで謝ったし良いかな)」


 謝ったことを意識して、絢斗はその場を去ろうとする。

 「え」「それだけ」「いやいや」「あ」


 周囲のクラスメイトは様々な反応を示し、そしてさらにじっと見ている。

 主に女子生徒が。

 亮磨や男子生徒は目を合わせず笑いを堪えるのに必死だった。


 絢斗は立ち去ろうとして、奇妙な空気感に圧倒され去れなかった。


 「なあ薄村」

 「……」

 「なあってば」

 「……さい」


 絶対うるさいって言ってるじゃん、と困惑の絢斗。

 生き地獄だろうなあと亮磨はニヤニヤしている。

 昨日のこともあり、そして今日である。

 ここで離れれば楽は楽だが、同じクラスで同じ部活、後にも引く面倒臭さ。


 とはいえ、何を言えばいいんだろう。

 声かけても冷めた態度取られているのだから、どうしようもない。

 絢斗は自分の竹刀があると良いことが起きるという彩智の言葉を思い出す。

 昨日もそれで試合に勝てたという結果もあり、それに縋るのも一つ手だが。

 

 「……うーん」


 正解はないが、絢斗はどうなるか分からぬまま彼女に言った。


 「なあ薄村。今度さあ……」


 


 

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