第2節:中途半端な誠意

 翌朝、アンナは商人ギルドから、幻声薬、しびれ粉、煙霧弾、その他色々な任務遂行に必要な物資を購入した後、裏口から出発した。

 アンナは防火道路を通って大通りに戻ると、昨日よりも賑やかな光景がそこにはあった。街中は商人の数がさらに増え、街道はテントだらけになっていた。畜力車が頻繁に行き来し、貨物が山のように積まれていた。

 そういえば、遺物の所有者は五、六年前にこの道を通ったことがあるかもしれないが、誰と会ったか、どこに住んでいた、何か手がかりを残したかなど、情報がどれも曖昧模糊となってしまった。唯一名前がわかる友人である『ロイ』さえもその行方を知らない。商人ギルドでわかっていることはもう街にはいないことだけであり、死んでいるという噂さえ存在した。

 以前解読した日記から、遺物の所有者がよく各王国のスラム街を出入りしていることがわかったが、詳しい交友関係を知る由もなかった。機会を見つけてスラム街で直接聞き込むしかないのだ。だがその前に、夜を安心して過ごせる場所を見つけることが先決だ。商人ギルドも関与を疑われないよう、これから馬小屋に泊まり続けることを許してくれないだろう。

 アンナはいくつもの通りを歩きまわったがホテルはどこも満室で、ロフトさえ確保できなかった。何度も門前払いを食らったアンナはなりふり構わず、最後に彼女を断ったホテルのオーナーにどうすれば部屋を取れるか尋ねた。

 ホテルのオーナーは頭を横に振って、そして数週間前に各キャラバンがそれぞれ一つのホテルを一棟貸し切りしたことを明かした。このやり方が一番楽だから、空室が残っていても倉庫として使えることができる。これを聞いた後、アンナははっきり理解した。道理であのとき、キャラバンのリーダーに泊まる場所を要らないと言ったら、バカを見るような目で見られたわけだ。

「方法が全くないわけではありません」オーナーは慰めるように言った。「寝床だけが必要なら娼館に聞いてみるといいですよ。そんな目で見ないでください。私は本気です。彼らは普段ロフトを使いませんから。お客様を怒らせたいオーナーなんていませんから」

「あんな場所うるさいし、豚小屋で寝るのと同じじゃん!」

「泊まったことあるんですか?まあいい、お好きにどうぞ。私はこれ以上協力できませんから」そう言うと、オーナーはホテルの中に戻って行った。

 このとき、アンナは一握り程度の悪意が人込みの中から迫ってくるのを察知した。アンナはまず知らぬふりをして、そのまま自分の道を歩き、相手の動きを待ってから、背中の杖をサッと取り出し、相手に足払いを食らわせると、数歩よろめきながら地面に倒れた。

 その正体は一人の少年だった。痩せこけた体格でダボダボの服を着ている。年齢は大体十一、十二歳といったところだ。アンナの小銭袋を握っていた。アンナが近づいていくと少年は砂を撒いて、体を丸めながら人込みの中に混ぎれ込んだ。

 この光景を見た商人も何人かいた。冷ややかに笑った後、アンナにこれが銅の月なら日常茶飯事で、慣れるしかないと慰めた。アンナは体に付いた砂ほこりを振り払い、笑顔を見せた後、残っている気配が消えてしまう前に少年が逃げた方向へ歩いていった。

 アンナは少年が人込みの中をかいくぐっている様子を感知しながら、そばの路地を進んだ。両側の壁の凸凹した構造を利用して、杖を利用してジャンプを繰り返し、早くも三階建ての建物の屋上にたどり着いた。アンナは周囲を俯瞰して、すぐに追跡対象を見つけた。少年は今、街角の路地を入ろうとしている。

 少年は壁に寄りかかって呼吸を整えながら、慎重に路地の周辺を見渡した。このとき、彼の恐怖心はほとんどなくなり、貪欲さから起因する興奮が取って代わっていた。恐らく、次の「獲物」を見つけようとしているだろう。しかし、少年にそのチャンスはなかった。アンナが少年の真上に来ていて、そして飛び降りたから――。

「ハロー。もう獲物を見つけようとしないで、ちょっとお話しようか!」

 少年はビックリして飛び跳ね、逃げようとした。だが、アンナは素早く少年の服の襟首を捕まえて、木の杖で彼を壁に固定した。

「姉ちゃんの勝ちでいいだろ?盗んだ金は返すから放してくれよ。じゃないと兄貴たちが姉ちゃんに仕返しするぞ。おれは『黒鼠幇こくそほう』のメンバーだぞ!」少年は体をばたばたさせながら、杖の下の拳でアンナを殴るチャンスを窺っていた。

「いいねえ。あたしを兄貴たちのところへ連れてってよ」

 それを聞いて、少年は唖然とした。「ね、姉ちゃん、正気か?そんな要求初めて聞いたぞ」

「人聞きの悪いことを言わないでくれる?」アンナは少年のポケットに手を伸ばして小銭袋を取り戻した後、銀貨を一枚取り出し、少年の手のひらに載せた。「お姉さんにあんたの兄貴たちに会わせてくれる?面白かったらもう一枚あげるよ」

 少年は拘束を外されて、手元の銀貨をじっと見た。そして、アンナの頭から足までじっくり観察してから、悪意を帯びた表情で口角が上がった。「そんなに行きたいなら、もちろん大丈夫さ。面白いことを保証するよ。ついてきな」

 話し終えると、少年は路地を離れ、アンナはぴったりと後に続いた。この少年が何を企んでいるかはわからない。だが、彼からの悪意が見て取れた。窃盗よりも悪辣な展開は事前に想定しておいた方がいいだろう。しかし、それこそがまさにアンナが求めていたものだった。

 かつてある商人ギルドのおじさんに言われことがある。もし、ありのままの情報が欲しいなら、何も失うものがない人間に尋ねるといい。もしこの落ちぶれた少年に本当に兄貴たちがいるなら、好都合だ。下層社会と繋がりを持つことができる。

 二人は路地を一本また一本と速足で進んでいく。賑やかなエリアを離れていくにつれ、通りを歩く人が少なくなり、屋台や商人も見えなくなった。最後に残ったのが、日常生活を送っている地元住民だった。

 しばらく進むと、周りには古い家屋が見えるようになり、街道には雑草が目立つようになった。人の表情は辛そうで、賑やかな街並みとは二つの世界に見えた。

 彼らが使われなくなった穀倉の中に入ると、アンナは感知するまでもなくここに多くの人間がいることに気が付き、舐めるような視線が非常に不快だった。

 少年は穀倉の奥に向かって叫んだ。「兄貴たち、この異邦人の女が『黒鼠幇』の名前を聞いて、みんなに会いたいってさ!」

 嘲笑の声が断続的に聞こえてきて、それに続いて男たちが囲んできた。背が高い者、背が低い者、太っている者、痩せている者。体型は千差万別だったが、全体的に貧相で、満足に食事をとっていない様子だ。少年は急いで倉庫の扉を閉めた。

「ようこそ──」背の高い男一人が近づいてきて、腕をアンナの肩に回した。その手は無礼に下に伸び、アンナの杖で手をどかされた。「あんた、ちょうどよかった!俺らはちょうど一つのキャンディを売った。今、オレのムスコが痒くてたまらないなぁ。もしあんたのテクが良いなら、高級娼館のオーナーに売ってもいいよ」

「キャンディを誰に売った?『フロロ』か?」アンナは彼を殴りたい衝動を抑えるのに難儀した。

「もちろん『レッドハウス』の方だよ!フロロって誰だ?会いたいのか?もしあんたがうまくやってくれるんなら、俺が取り合ってもいいんだぞ──」男の手はしきりに杖の防衛ラインを突破しようとしていた。

 アンナは穀倉の付近にあまり人がいないことを確認し、特に「あの人たち」の気配を感じなかったため、男の下半身に杖の一撃をお見舞いした。凄まじい悲鳴が穀倉内にこだました。

 アンナは腕で木の杖を自分の周りを数回転した後、最後は肩の上に止まった。「『聖会庁の教区長』を知らないなら話が早い。来なよ、あんたたち、あたしのテクを知りたいんでしょ?満足した後、聞きたいことを教えて欲しいんだ」

 数分も経たず、アンナを攻撃しようとした男たちが全員地べたに這いつばった。勝てないと気づいた者は壁の隅で縮こまり震えて、膝をついたまま這ってきて、食べかけのパンを差し出して慈悲を請う者もいた。

「あたしはあんたたちの物が欲しい訳じゃないよ。あんたたちのリーダーはいるの?」アンナが尋ねた。

 話し終えると、一人の禿げ頭の老人が杖をつきながらその姿を現した。外見は憔悴してまるで骸骨であり、二つの眼窩は底の見えない空洞のようだった。老人はゆっくりとアンナの前に歩き、足元に注意しながらあぐらをかき、ずっと俯いたままだった。「初めまして、儂らにはリーダーがおらん。じゃが、いつも物事を決める男は、あんたに倒された。儂はジミー、最古参のメンバーじゃよ。知りたいことがあれば儂に聞いておくれ。知っとることなら話そう」

 アンナもあぐらをかいた。「初めまして、あたしはアン。ここ二、三十年で闇医者がこの一帯出没しているらしいんだけど。何か覚えていないかな?」

 アンナの名前を聞いてジミーは微かに顔を上げ、少し動揺した表情を見せた。「おぬし、ア……アンなのか?」

「え?」

「いいえ……すまぬ、人違いじゃ」ジミーは再び俯き、表情はすぐ元通りになった。「闇医者じゃと?そうだったら知っている。ペスト医師ではなかった。彼は仮面をつけておらん。おぬしと同じ真紅の目をしておった。サゼラック人じゃ。無償で治療して、儂らに食料や薬さえ与えて下さったのじゃ」

 アンナは静かに話を聞き、相手が話した特徴から、老人が見たという闇医者は十中八九遺物の所有者で、昔、ラビの戦友──バーナバスに違いなかった。先達の足跡は確かにここにあった。

「彼は、今度はここ、次はあそこ、といった具合で同じ場所に長く留まらん。それから街を出て、数日、数か月、数年も戻って来ないこともあった。ところが、もう長い間、その姿を見ておらんのじゃ」

「誰かと一緒に行動していたの?それとも、友達はいた?」

 ジミーは少し思い出そうとした。「とても親切な方じゃが、あまり面識がなくてな。病気にかかってからご対面じゃった。中には、貴族とも知り合いじゃからさまざまな方法で薬を調達していたという話も聞いておる。それと、指名手配犯として聖会庁から追われておると言う話もな。おぬし、まさか聖会庁の者か?」

「違うよ、ただの好奇心旺盛な旅人だよ」アンナはそう答えて、銀貨を数枚彼らのど真ん中に積み上げた。それを見た者たちは目を輝かせていた。「ありがと、楽しかったよ。闇医者に会ったらよろしく言っといてね、じゃあね!」

 アンナは立ち上がって入口に行くと、周りの男たちが銀貨の前に集まり、さっき倒れていた男も起き上がって皆に落ち着くように命令し、彼が銀貨の使い道を決めることにした。

 入口に着くと、少年が既に扉を開けていたが、自分は穀倉の外側で隠れていた。怖がっているようだ。どうやら兄貴たちが彼に仕返しに来ると思っているのだろう。

 アンナは振り返って乱れているの大人たち一瞥して、近くに誰もいないことを確認した後、少年にこっそり銀貨をあげて、人差し指を唇の前に当てた。



 商人ギルドによると、バーナバスはかつて王宮直属の護衛隊員と盟友となった。スラム街の人々の話では権力者と連絡をとることもあるようだ。この手がかりはいずれも上流社会の関与を指しているが、世界的な指名手配犯がそのような人物と親交を深めるだろうか?だとしたら聖会庁にすぐ目をつけられてしまうだろう。いずれにせよ、この点を探ってみるしかない。まずはウィリアムを探して、騎士団の長官や王宮の侍従とコンタクトを取れないか試してみるしかない――

 アンナが思考を巡らせていると、いつの間にか賑やかな市街地に戻っていた。偶然、アンナはお馴染みの気配を感じ取った。その感覚に従って、市場の人込みをかき分け、別の路地へ移動して、再び曲がってもうちょっと広い防火道路を通過すると、大きい箱の後ろでしゃがんでいた銀髪の男が見えた。

 アンナはウィリアムの後ろまで行って話しかけた。「騎士さん、ここで何をしていますか?」

 ウィリアムはビックリした。慌てた姿はやっぱり面白い。ウィリアムは人差し指を立てて「シーッ」のジェスチャーをしてから、小さな声で言った。「静かにしろ、中に強盗が現れた。俺は奇襲をしかけるところだ……」

「傷がまだ治ってませんよね。支援が来るまで待ちませんか?」

「こんなかすり傷は大したことない。さっきカーテンの隙間からちらっと見たところ、犯人は五、六人しかいない。狭い部屋で俺が不利とは限らないんだよ。一人ずつ仕留めることができるからね」ウィリアムは魔獣を討伐していたときより興奮しているが、その手が微かに震えている。

 アンナはウィリアムが強がっていることを知っている。このまま突入したら危険だ。「皆で力を合わせたほうが安全でしょ。何で一人でやろうとしますか?」

「馬鹿、その方がカッコいいじゃん!評価だって高くなるし、長官に覚えてもらったりして、昇進につながるチャンスなんだよ」

「長官に会えますか?」このキーワードを聞いて、アンナの興味が湧いた。「あたしにも手伝わせてよ!魔獣を退治する時みたく、あたしがおとりになって、あなたが一人ずつやっつけるのは、どうです?」

「魔獣」という言葉にウィリアムは訝しげに眉をひそめた。「君は魔獣退治の時みたく、手柄を横取りしないだろうな?」

「人聞きの悪いことを言わないでよ。あたしはあなたを昇進させたいだけなのに!」アンナはウソ泣きするつもりだったが、うまく行かなった。

「じゃ今度はどうするつもりだ?」

 アンナは弾丸のようなものを一つ取り出した。「これを相手の顔にぶつけたら、涙と鼻水まみれになりますよ」

「なんで変なものをいろいろ持ってるんだ?」

「いいからいいから」アンナは三階に半開きになっている窓を指しながら提案した。「あたしたちは上に登ってから、こっそり下に降りて、強盗は見つけ次第一人ずつ倒しましょう。いい作戦でしょ!」

 ウィリアムはこのプランに賛成して、梯子などのものを探そうとした。アンナは麦わら帽子を背中にかけて、ポニーテールを結び、直接ジャンプして杖を窓の枠に引っ掛かった。態勢を安定させてから、ウィリアムに手を伸ばした。

 アンナの離れ業を見て、ウィリアムは少しの間呆気にとられた。だが、彼は喋ることなく少し後退してから、血気を体外へ放出して猛然と突進し、レンガを踏み潰す力と壁を蹴って登る力を利用してアンナの高さまで飛んで杖を掴むと、二人はぶつかった。

「子供なんですか!」

「静かに、登るぞ!」

 二人は窓から商人ギルドの客室へ潜入したが、室内はきれいで、強盗が荒らした形跡はなかった。

 アンナは自分の魂をその部屋から溢れさせた。最初は廊下、次は他の数部屋を調べたが、他人の気配が感じられなかった。アンナは状況を把握しても、ウィリアムが大騒ぎしないよう部屋の外の様子を探るふりをして、慎重にドアの隙間から外を覗いた。

 忍び足で二階に降りると、二人は、大きな麻袋を引きずりながら部屋の中からフード姿で堂々と出てきて、腰に剣を差している者を一人発見した。

 二人は慌てて壁の後ろへ隠れた。ウィリアムは戦闘用の革製手袋をはめて、アンナは革製の紐を一本取り出し、木の杖の湾曲部につないで弾丸を紐に挟んだ。

 アンナはフードの中にある敵の顔が見えるとすぐに上半身を乗り出して、弾丸を標的に向けて発射した。ウィリアムも突進して、その人が叫び声を上げる前に、あごにアッパーをお見舞いした。敵は白目をむいて、魂の抜けた木彫り人形のように地面へ倒れた。

 楽に一人目を倒したが、彼が派手に転倒し、木の床にぶつかった時に大きな音がした。二人は急いでこの哀れな者を引っ張って、部屋に放り込んだ。最後は忘れずに手足を縛って、さるぐつわをかませた。

 すると、もう一人の強盗が、案の定様子を見に来た。二人は同じ手口でその人を倒した。今度はウィリアムも音が出ないように、すぐに敵の体を支えた。これで敵は残り三、四人だ。

 二階から一階への階段に隠れる場所がなく、一階にいる者は手すりの隙間から降りる人間が見える。二人は鏡を木の杖の下端に縛り、室内がよく見える場所までゆっくりと移動して角度を少しずつ調整しながら、ロビー全体の状況をできる限り探った──

 正面扉前に椅子とテーブルが置かれていた。ロビーにいる人数は少なく、四人の強盗と三人の商人ギルドメンバーはソファが置かれる場所に集まり、テーブルには書類が積み重なっていた。商人ギルドメンバーが押印と記入を行い、強盗が完成した書類をチェックしていた。おそらくそれは債権や契約に関する書類だろう。他の商人ギルドメンバーはどこかの部屋に囚われているに違いない。

「単独行動の者はいませんね。どうします?」アンナが尋ねた。

 ウィリアムは少し考えてから提案した。「弾丸を二発くれ。君は先に一人を撃って、奴らがパニックになった途端、俺が下に行って、二人に向かって直接弾丸を投げつける。そして残りの一人を君が撃つ。これでどうだ?」

 男とは、やはり頭から足まで単純な生き物だ。アンナは反対した。「それではリスクが高すぎます。あなたもしくじったら涙と鼻水を流すことになりますよ。やっぱりこうしたほうが──」

 アンナは自分のプランをかいつまんでウィリアムに話した。ウィリアムは自分の案が却下されて面白くなかったが、アンナの作戦が合理的なのでしぶしぶ受け入れることにした。

 アンナは残り二個の花火玉に火をつけて、ソファが置かれる場所に向けて投げると、テーブルに落下した瞬間、火花と爆音が四散して、書類が散乱してしまった──

 商人ギルドのメンバーは驚いて四方に逃走し、ソファの後ろに隠れる者もいれば、正面扉へ走っていく者もいた。強盗たちは急に足並みを乱した。火の中で書類を回収しようとする者や、ダガーで人質を取り戻そうとする者もいた。

 ちょうどそのとき、アンナの弾丸が人質を取り戻そうとする強盗の一人に命中し、その者を戦闘不能にした。ウィリアムは火を消そうとしてる複数の強盗に向かって突進し、全力を振り絞ってソファを飛び越え、両脚の蹴りをそれぞれ顏面にヒットして、二人の盗賊をソファが置かれる場所から突き飛ばした。

「動くんじゃねえ、この野郎!」残り一人の盗賊が吼えた。彼はダガーを人質の首に当てていた。その凶悪な視線を扉を開けようとする商人ギルドメンバー、叫び声を上げる仲間、サーベルを抜くウィリアム、階段でしゃがむアンナの順に向けた。

「やってくれるじゃねえか、コラ!早く武器を捨てろ!さもないとこいつを殺、ころ……」強盜が話終える前に、体が揺れ出して凶器が手から滑り落ち、体全体が地面へ倒れた途端にいびきをかいた。

 ウィリアムは困惑した表情でアンナを見た。アンナはのんびりと階段を降りながら、手元に持っている弾丸の種類を確認した。「ごめん、間違えてしまいました。睡眠弾は効くまで時間かかるんですよね」

 そのとき、ソファの向かいにいる強盗は額を抑えながらよろよろと立ち上がると、アンナは一発をお見舞いしたことで、強盗が泣き出した。

 銀髪の騎士はまたも発酵したシュールストレミングでも食べたような顔で不満を表に出した。「こんな便利な……」そこまで言い終えると、後の話を口にすることを急にやめた。おそらく理由を察知したのだろう。そして感謝の言葉を述べたくなくて、アンナを睨んだ。

 アンナは今度譲らず、表情をこわばらせながら睨み返した。「そうですね。便利ですけど、全部これで解決したら、誰の手柄になりますか?」

 そう話し終えると、アンナは突然二つ新しい気配を感じた。ソファのそばにある貴賓室からだ。さっきはあの部屋を少しかすめたのに、気配を全く察知できなかったにもかかわらず、今は突如現れた。考えられるのは隠された部屋があることだけだった。

 貴賓室の扉が開かれ、一人の大男が腰をかがめながら扉を通過した。目測では身長が二百センチを確実に超えていた。筋骨隆々な体格で、広々としたマントでもその上腕二頭筋を収めることはできない。フードの下から冷酷なまなざしを向け、ウィリアムとアンナを鼻で嘲笑した。その様子を見る限り、この男は強盗のボスだろう。一人の小柄な男が彼のそばで付き添っていた。付き添うというよりはむしろうなじがつままれた小動物のようであり、悔しそうな表情をしていた。

「フラララ!よもやネズミ二匹にしてやられるとはな、面子丸つぶれだ」ボスはそう言って、腰元のロングソードを抜いた。「俺の最大の目的は完遂した。だがもう一つの目的はお前たちに邪魔をされてしまった。お前たちへの賞賛として、その鮮血で印を押すことにしよう」

 そう言い終えると、ボスはもうソファを飛び越え、凶刃をウィリアムに振りかざした──

 銀髪の騎士は間一髪サーベルを構えて、なんとか相手の攻撃を防いだが、怪力でノックバックされ、アンナは急いで彼を支えた。

「ほう!直感が鋭いね。だが、力と技が全然ダメだ。お前の教官は誰だ?ケネスか?それとも、怠け者のベックか?」ボスは二人に向かってゆっくり歩いて、二人に二回目のチャンスを与えているようだった。

 ウィリアムはアンナを自分の後ろに隠してから、基本的な構えを取った。「お前たちの相手はこの俺だ。彼女とは関係ない!」と言って、「あいつは手ごわい。俺が相手している間に早くどこかに隠れろ」と小声でアンナに言った。

「こ、腰が抜けた……」

「え?」

「英雄気取りか?フラララ!」ボスが剣を激しく振り下ろした。

 ウィリアムは何とか受け止めた。アンナは叫んだ。

「馬鹿野郎、早く逃げろ!」ウィリアムは大声を上げた。次の一撃が間を置かずに襲って来た。ウィリアムは今度も防いだが、腕に一つの切り傷ができた。

 ボスはウィリアムに隙が生まれたことを見抜いて、ロングソードを水平に構えながら、彼の心臓を狙った──

 アンナはウィリアムの左肩の衣服をつかんで、彼の体を後ろへ引っ張ったことで、その刃に服が破られただけで済んだ。ウィリアムの動きも機敏で、右手のサーベルを持ち上げて、敵の顔の左側に一撃をお返しした。傷は浅かったが、敵を驚かすことに成功した。

 そこで敵の目の色が変わった。彼の肩から濃厚な血気が噴出して、狂暴な鉄の刃でウィリアムを一刀両断にしようとした──


 銀髪のバカは無謀にもまたサーベルで攻撃を防ごうとした。しかも今度は服を引っ張るのも間に合わなかった。そこでアンナは木の杖を出して、至近距離で襲ってくる凶刃に当てた。その軌道は変えられて、ウィリアムは髪がわずかに斬られただけで済んだ。

 ボスは目を見開いた。どうやら何か変を察知したようだが、何が起こったかはっきりわかっていないのようだった。ウィリアムは何も知らないまま、敵が止まっていることに気づいて攻撃したが、簡単にかわされただけだった。

「小賢しい真似を!」ボスはウィリアムの腹端に蹴りを入れた。

 銀髪のバカはタイミング合わせてサーベルで防いで、アンナがその背中を支えたから、二人とも倒れることなく、数歩後退するだけで済んだ。

「小賢しい真似じゃない。これが実力さ!」

「状況をわからぬ愚か者め!」ボスはロングソードを銀髪の頭に振り下ろした──

 アンナが木の杖で大男の脛骨を直接叩きつけると、相手はけたたましい叫び声を上げ、体から力が抜けていった。斬撃は弱々しいものになり、ウィリアムが簡単に防いだ。

 そのとき、商人ギルド屋外の衛兵が既に集まっていて、正門も破城槌で半分開かれていた。

 ボスは状況が不利だと察して、ウィリアムの腕を直接つかみ、彼を勢いよく投げて、無数のテーブルと椅子にぶつけた。すると、アンナを引っ張って、剣を首に突き付けた。

 ウィリアムは痛みをこらえて立ち上がった。「卑怯者が、彼女は無関係だと言ったろう!」

「黙れ、小僧!」ボスはウィリアムと窓のそばでクロスボウを構えている衛兵に向かって叫んだ。「フラ!全員動くなよ、さもなくばこの小娘を殺す。小娘、その杖を捨てろ」

 外側にいる人間の目が一斉にこちらをじっと見ている。その表情は冷たく、アンナが邪魔だと責めているように見えた。逆に、歯を食いしばり、自分に責任を感じながら、敵に対して激しい怒りを見せるウィリアムの様子は頼もしく見えた。

 ボスはアンナを連れてゆっくり上の階に上がって、完全に周りの人間から見えなくなってから、乱暴にアンナをつかんで、四階に位置するある倉庫へ向かった。

 彼はアンナを地面に投げつけ、大きな本棚で入口を塞いだ。「フラ、小娘、貴様を殺す前に聞いておかねばならん。貴様、先ほど何をしていた。貴様が手を出していなかったら、あの小僧がもう死んだだろう。さあ言え!貴様、何の妖術を使えた?」

 アンナは冷ややかに苦笑しながら立ち上がり、スカートの埃をはらった。「妖術じゃないのよ。全部実体のある物理攻撃だよ。確実にターゲットに当てただけ」

「フラ、速くて見えない技だな。貴様、水晶をどれだけ取り込んだ?」

「もううんざりだよ。あんたら血の気が多い連中は、みんなが自分みたく水晶を取り込みたいと思っているんだね」アンナは雑物の奥から古い杖を一本取り出しながら、人の集団の気配が下で動いていることを感じ取った。ウィリアムもその中にいた。

「フラララ、デダラメを言いおって。まあいい、ここを出る前にまずは貴様を殺してやる!」ボスの体内からおびただしい量の血霧を吹き出て、そのダッシュは床を踏み砕けた。

「歯はね、美味しいものを食べるためにあるんだよ!」アンナは杖を振り、白い羽根の輪郭のような軌跡を描いた。

 杖でロングソードを両断した。折れた刃は弾かれ、そのまま壁に刺さった。ボスの怒気は天井まで届き、鎌のようなフックはアンナに襲い掛かった。

 アンナは体を仰向けにして、最も楽な姿勢で敵の攻撃をかわしてから、敵の横腹に杖の一撃を食らわせた。巨漢は今までで一番大きな叫び声を上げた。

 ボスは半分跪いて、手で殴られた部位を押した。「何という怪力!貴様、一体何者だ?」

「あたしは普通の人間だよ。あんたらみたく他人の血肉に頼らなければ力を得られないような奴は、当然あたしに勝てないよ」アンナはそう答えながら、衛兵隊員が四階に集まり、もう部屋に近づいていることに気づいた。「早く決着つけようよ。あんたもそう思うでしょ?」アンナは小さい声でそう言った。

 ボスは折れた剣を投げ、アンナはこれを躱したが、ボスはダガーを抜いて、二人の間の空気を切り裂いた──

 アンナは上半身を仰向けにして攻撃を躱した。太い腕はアンナの顔の前を通過して、強力な風の刃が壁を切り刻んだ。アンナは手に持つ杖と羽根を下から振り上げ、ヒゲまみれのあごに命中した。大きな音を出した。

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