無軌道輸送艦ダッフル・ベッセル

ねぎまる

第1話「ロリコン艦長と少女の依頼」

 "宇宙港うちゅうこう"。この星から出ていく人、星に帰って来る人、それらを見送る人でラウンジは大勢の人でいっぱいになっている。


 しかしそれはシャトルの定期便を利用する人たちばかりであり、宇宙港の奥へと進むにつれその人口密度は減っていく。港の奥のエリア。それは個人用の宇宙船を所有し、この宇宙港の格納庫に停泊させている人たちのためのエリアだった。



 まだ15歳の少女は、一つのキャリーバッグを引きながらそのエリアへと足を踏み入れた。手には「C-4D-16B」と書かれている紙切れが一枚。頭上に浮かぶ空中モニターとその紙を交互に見ながら、少女は奥へと進んでいく。


 歩き続けること3分ほど。ついに足を止め、一つの扉の前に立つ。その頭上のモニターには「4D」と映されており、扉には「16B」という文字が刻まれていた。



「ここが……」



 少女はごくりとつばを飲み込む。目の前にある部屋は、この宇宙港に船を停めている船員専用の休憩室であり、彼女はその彼らに用があったのだった。部屋の中は完全防音になっており、中の様子は一切分からない。


 少女は恐る恐る部屋のインターホンを押す。中からどんな人物が出てくるか。少女の胸の鼓動は早まるばかりだった。

 そして扉が開き、中から一人が顔を覗かせる。



「んー、だれ?」


「……へ?」



 顔を覗かせたのは女の子だった。扉の前で間の抜けたような声を出す少女よりももっと小さい、プライマリースクールに通い始めたくらいの歳の子だった。



「え、ええと……。私は……」


「……あー、もしかして、お姉さんが今回の依頼主さん?」


「え? あ、そう。そうよ!」



 小さい女の子の依頼主という単語を聞き反応する。同時に、自分がここへ来た目的を思い出し改めて目の前に集中する。


 この子はきっと乗組員の娘さんか何かであろう。私が交渉すべき相手はその奥にいる。そう言い聞かせる。



「ねー、トニア~。さっき言ってた人、来たよ~。はい、お姉さん、入って」



 小さい女の子がその小さな両手を使って扉を大きく開け、少女を招き入れる。少女は背筋を伸ばし、足を踏み入れた。



「いい? ここの年会費はしっかり払ってるの。しかもグレード2! それなのに、この狭い部屋はなに!? 託児所だってもっと広いはずなんだけど!?」


「艦長がケチってグレード2で止めてるからでしょう。年払いで6万クレジットならこんなもんですって」



 その部屋の中では、一人の背の高い女性と眼鏡をかけた女性が口論をしていた。


「???」


 今度は困惑を示す少女。彼女の持つ宇宙船の船員というのは、もっと屈強な男たちを想像していたのだ。この二人は船員の愛人とかだろうか、とも一瞬思う。しかし眼鏡の女性は、確かにこの背の高い女性を「艦長」と呼んでいた。



「えと、その……」


「ん? ああ、ごめんごめん。えーと、君が話にあった依頼主だね」


「はい艦長。その依頼の資料です」



 艦長と確かに呼ばれた背の高い女性は、眼鏡の女性から機械端末を受け取る。そこには少女が仲介所に提出した今回の依頼書が映し出されていた。

 まだ状況が掴み切れていない少女。それを見かねて、背の高い女性が先に口を開く。



「まずは自己紹介といこうか。私はトニア。トニア・L・バースル。一応、輸送艦の艦長をしているよ。以後、お見知りおきを」



 トニアと名乗った女性は笑顔で少女に手を差し出し握手を求める。少女は戸惑いつつも、その手を握り返す。



「あの……ルコッタ・オルニー、です……」


「ルコッタちゃんね! よろしくよろしく~! 歳はいくつなの? 出身は? 趣味はある? 香水なに使ってるの?」


「は、はい?」

 


 トニアはその手を離さないまま質問の洪水を浴びせる。当然少女、ルコッタは困惑、というか怖がってしまう。

 すると眼鏡の女性が溜息をつき、トニアを後ろから引っ張りルコッタの手を解放してくれる。



「ロリコン艦長、セクハラです。治安維持隊に逮捕されないうちにやめてください」


「なにさ~。ただの挨拶だって~」



 眼鏡の女性にとってはもう慣れっこだという態度であった。何やら不穏な単語も聞こえたが、気にしないことにする。


 ルコッタはさっきまで握られていた自分の手を見つめる。強くもなく、かといって決して離すまいという力強さに気味の悪さを覚えたが、今は無視することにした。

 今はこの依頼を何としてでも引き受けてもらわなければならない。もうこの手しか残っていないのだ。そう言い聞かせる。



「あの! 依頼を読んでもらえれば分かると思いますが、これは普通の依頼じゃありません。しかしお金なら……」


「いいよー。この依頼、引き受ける。よろしくね~」


「……あれ?」



 ルコッタの言葉を遮ってトニアは依頼受諾を意思を示し、手に持っている端末を操作して正式に受理した。それを見ていた眼鏡の女性は「またか」と言わんばかりに額に手を当てる。



「え、え? だって、これ、そんな簡単に引き受けて良い内容じゃ……」


「え~? だってルコッタちゃんも、私たちがお金さえ払ってくれれば何でも運ぶ連中だって噂を聞きつけて来てくれたんでしょ~? 何でもってほど安請け合いじゃないけど、この程度なら引き受けちゃうよ」


「艦長。十分安請け合いです」


「それに! こんな可愛くて小さな子と一つの船の中で一緒に暮らせるんだよ~! 断る理由がない!」


「艦長。気持ち悪いです」



 ヘラヘラと笑うトニアを見て、ルコッタは肩の力が抜けてしまう。本当にこの人に任せていいのだろうか。そんな不安が強く出てきてしまっていた。



「うー。トニア~。皆に招集かけたよ~」



 すると、さっきからずっと手元の端末を操作していた小さい女の子がトニアに向けてそう伝える。どうやら船員に集合をかけていたようだ。



「よーし! 依頼も決まったことだし、さっさとこの狭い部屋から出て、我らがマイホームに行きますか!」



 トニアはそう言い、長いコートを羽織り意気揚々と部屋を出ていく。



「……なぜこの時期にコートを?」



 この星の現在の気温は24度だった。




 トニアたちが船の格納庫へ行くと、そこには何人かの男女が待っていた。



「お、みんな揃ってるね。ちゃっちゃと発艦準備よろしく~」


「おい待てよトニア! まだ依頼について何も聞いてねぇぞ!」



 船へ続く階段を上っていくトニアを険しい顔で追っていく大柄の男がいた。ルコッタの中の船員像と言えばあんな感じだったので、少し安心する。副艦長とかだろうか、と考えていると。



「ちなみにあのデカい男は食料管理士よ」


「……」



 眼鏡の女性にそう言われ、またもや力が抜ける。なんなんだ、この船は。そう思わざるを得なかった。




「さて、発艦準備をしてる間に、うちの船員を軽く紹介しよう! これからしばらく同じ船で暮らす仲間だからね」


 コックピットに乗り込んだトニアは、真ん中に設置されている艦長席にドカッと座る。もちろんお気に入りのロングコートは艦内でも脱がず、ずっと着っぱなしでいる。曰く、それが艦長の姿にふさわしい、らしい。


 そして彼女はその場いる人たちを指さし、名前を呼んでいく。


 最初はさっきからルコッタたちと一緒に居る、小さい女の子だった。綺麗で長い金髪で、なぜか体の大きさに見合わないぶかぶかの白衣を着ている。



「彼女はリース・シューメイカー。見ての通りの可愛すぎる幼女だけど、これでもこの輸送艦のエンジニアをしてるよ。システム系が壊れたり、電化製品が壊れたらこの子にお願いしてね」


「そー。壊れる前より良いものを作るから、お楽しみに」



 こんなに小さい子がエンジニア!? と驚き目を丸くするルコッタ。しかしその驚きを声にする前に船員紹介は進んでいく。


 次は眼鏡の女性だった。身長はトニアほど高くはなかったが、それでも女性にしては高い方の背をしていた。髪は肩にかかるほどのショートカットで、真面目そうな雰囲気を醸し出していた。



「彼女はポーラ・E・ネイラー。うちの通信士さん。私のことが大好きで、いつも一緒に居てくれる良い子」


「違います。成り行きで艦長補佐の立場にもなってるだけです。どっちかって言うと嫌いです」



 ポーラは笑顔で、しかし確実に怒りを帯びている表情でそう返す。それに対してトニアは「またまた~」という風に返すせいでより怒りを蓄積させているようだった。


 次に指をさしたのは、艦長席の左前方で必死にパネルを操作している若い青年。歳はルコッタより少し上くらいの印象を彼女は持った。



「彼はダミアン・エルスト君。今年で17歳だっけ? 若いけど、優秀な航法士さんだよ。ちょっと小うるさいけど」


「あのですね、艦長……。小うるさいのは、今回みたいに無茶な航路を要求してくるからでしょう!? なんですかこの依頼は! 無理とは言いませんが、普通こんなの受けませんよ!?」



 ダミアンはトニアの方を振り向き、怒鳴り散らす。

 本当に何も相談なしに依頼を受けたのか、と呆然とするルコッタ。その無茶な依頼をした張本人ということもあり、彼の視界に入らないようポーラの影にそっと隠れる。


 トニアは怒鳴られてもケラケラと笑い、意にも介さない。そのまま指をスライドさせ、艦長席の前方に位置する席を指さす。



「そこは操縦席。うちの操縦士が座るところ。今は寝てるから居ないけど、そのうち出てくるよ。名前は……」



 そこまで言いかけると、後方の自動扉が開き、一人の男が入って来る。



「ベルだ。ベル・グロスマン。……そいつが新しい依頼主か? まあ、よろしく」



 ベルと名乗った男は、ルコッタをチラ見して通り過ぎ、操縦席にすっと座る。

 髪はぼさぼさで、今もアクビを連発する細身の中年男性だった。


 こんなだらしない男が操縦士……? 声にこそ出さなかったが、ルコッタの不安は高まるばかりだった。



「あとは食料管理のハンフリー、医務官のトビー、造船技師のリトアか。なんでここに居ないの?」


「コックのアホは食料の確認。医者のジジイは医務室で爆睡。改造マニアの痴女は動力炉の調整中です」



 急に口が悪くなるポーラ。しかし周りの反応を見るに、こっちの方が普段の彼女なのだろう。ルコッタはそう解釈した。



「そ。じゃあ最後に、今回の依頼主のルコッタちゃんです! はい皆拍手ー!」



 パチパチ、と乾いた拍手の音が船内に響く。拍手をしているのはトニアとリースだけだった。ルコッタの居心地が最悪になった瞬間である。



「……ノリが悪いなぁ、皆」


「歓迎ムードでもないでしょうに」



 静かにツッコミを入れるポーラ。するとトニアは、思い出したかのように手のひらをポンと打つ。



「あ、そうだ。まだ紹介できてないことが一つ」


「……?」



 トニアは座席から立ち上がり、両手を大きく広げて見せる。



「これが、私たちの愛する輸送艦、"ダッフル・ベッセル"さ! 仲良くしてやってくれな!」



 厚布ダッフル容器ベッセル。それが彼女たちの船の名前。

 出発前から不安しかないルコッタだったが、もう頼みの綱は彼女たちしか居なかった。その変な名前の船と変な船員にこの先の命運を任せるのは正直嫌であったが、彼女は祈ることしかできないのだった。




 ルコッタが提示した依頼内容は、自分といくつかの荷物をある星まで輸送して欲しいというものだった。ここまではよくある依頼だった。しかし問題なのは、期限と一つの条件だった。



「惑星カラドックに2週間で辿り着き、尚且つ治安維持軍に遭遇しても荷物を検査されないことが条件……。はぁ、オレなら断るね」


「誰も君の意見は聞いてないのだよハンフリー君」



 船の中央に位置する大部屋。普段は荷物置き場や昼寝の場所となっているが、今はこうして船員全員が集まり、会議をする場となっている。

 そして調理師のハンフリー・W・ウエルタは依頼内容を見てそう言い捨てる。


 今停泊している惑星エニードから目的地のカラドックまでの距離は約50光年。ワープ航法を行っても、普通なら3週間はかかるような距離だった。それに加え、治安維持軍に見つからずに、という条件。どう考えても合法ではない。



「載せる船側としては、中身が何であるか明白にしていただきたいのだけど?」



 積載リストを手に持っているポーラはルコッタをちらりと見る。ルコッタが記入した荷物の詳細には、衣類と精密機器としか記載がなかった。



「う……。でも、そう書くしかなかったの……。それ以上の説明ができないから……」


「説明ができない? 自分の持ち物なのに詳細が分からないのかい? それとも……口封じ?」



 トニアが眉をひそめ、ルコッタを見つめる。それに合わせて、その場にいる全員がルコッタを見つめる。



「……いや、本当に、それだけなの……。100人分の衣服。そして通信機器と、レーダーの修理部品。なんなら積み荷を開けて確認してもらっていい。それしか載ってないのは事実だから」



 ルコッタは視線から逃げるように目を背ける。



「ではなぜ、軍に見つかるとまずいのですか? 僕たちは一応、各惑星の航路局に通過許可を取る際に、そういった検査を拒まないという制約文を送っているのですが……」



 航法士のダミアンがそう言う。ルコッタもその制約文については知っていた。それが無ければ惑星軌道上を通ることはできない。無断で軌道上に侵入すれば宇宙海賊か何かだと判断され攻撃される。



「もちろん、スイングバイ航法を使わずに進んで、主要惑星の軌道上を避けて通れば検査の確率はほぼ0になる。運悪く軍のパトロールに捕まったりしない限りはね」


「でも艦長。ただでさえ遠いこの距離をスイングバイも使わずにとなれば、それこそホントに2週間じゃ辿り着けませんよ。最悪燃料と食料が先に尽きるかも……」


「その通り。というわけで、ルコッタちゃん。その検査が受けられない理由、もうちょっと詳しく教えてくれないかな? そうすれば、良い案が浮かぶかも知れないし!」



 依然としてトニアはルコッタに協力的だった。だがその態度が、ルコッタにとって罪悪感を加速させる要因となっていた。



「……言えません……。ここから先は、プライベートな、ことです……。と、とにかく。積んでる物自体は違法なものじゃありません。それだけは、誓えます……」



 ルコッタは目を伏せながら言葉を絞り出す。これでやっぱり依頼は受けられない、と言われればそれまでだ。と覚悟を決めるルコッタ。


 するとトニアは「そうか」と呟く。それに合わせ、船員たちがトニアの方に目を向ける。



「プライベートなら仕方ないね! ま、なんとかしてみようか! 何せうちの船員たちは優秀だから、何とかなるなる~!」


「っ!」



 トニアはニコリと笑い、そう言いのける。もちろんその発言に驚いたのはルコッタだが、他の船員たちも同様に驚いていた。



「え、ええ!? 受けるんですか!? 絶対怪しいですって!」


「こらダミアン君。あの可愛らしい少女を前に怪しいだなんて、君は乙女心が分かってないなぁ!」


「はぁ……艦長。せめて積み荷の確認くらいはさせてください。リースとリトアにやらせましょう」


「ん~。まあいいか。ルコッタちゃん、確認していいよね?」


「え、あ……はい、大丈夫です。お願いします……」



 一先ずその場は解散となり、荷物の検査の後、ようやく船は発艦することになった。


 それぞれが持ち場につき、ルコッタも客用の部屋で待機する。2週間以内に辿り着けるのかという不安ももちろんだが、なぜ引き受けてくれたのかという疑問で彼女の頭の中はいっぱいだった。


 一方、艦長席のあるメインデッキでは、トニアとポーラが発艦前の最終チェックを行っていた。



「……以上、点検完了。航路局への通信も済んでます。いつでも発艦できますよ」


「オッケー。それじゃ、さっそく出発と……」


「その前に艦長。一応報告が」


「……手短にね」


「ルコッタの積み荷を二人に確認させましたが、やはり普通の衣類と精密機器でした。服の中に薬物やチップがあるわけでもなく、レーダー部品も一般流通しているものでした」


「ほらね。じゃあ安心だ」


「しかし……」



 ポーラがパネルを操作し、トニアの前に空中モニターを表示させる。



「……これは?」


「これは"星間評議会"が公開している要注意リストです。評議会や軍に反抗する組織が使う輸送ルート、武器、機械部品が載っています」



 星間評議会。それはこの宇宙全体の統制のために組織された機構である。治安維持軍はこの評議会の命令の下動いている。


 人類が宇宙に進出した時に創設された法的組織なのだが、長い年月が経つにつれ組織も空洞化が進み、古い習わしに縛られ、権力をわが物のように行使する組織となってしまった。そのため、評議会に反抗する勢力も宇宙にはいくつか存在している。



「そのリストの中に、ルコッタが持ち込んだ積み荷と同じものがありました。衣服の素材、レーダー部品。すべて載っています」


「つまり?」


「……ルコッタは、レジスタンス軍である可能性が高いです」

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