第三章 大いなる力には、どんな責任が伴うか?

「佳芬姐さん、大丈夫だよ。心を操る魔法はかかってない」


「本当に?」


「好奇心が爆発しているだけだよ」蒼藍はもっともらしくうなずいた。その顔はあまりにも殴ってやりたくなる顔だったから、余分にパンチをくれてやった。


「なんでぶつんだよ!」蒼藍は頭を抱えて泣き叫んだ。「今言ったのはホントのことなのに!」


「ごめん、ちょっと手が滑った」


 蒼藍と知り合ってはや五年になる。私の行動様式をよく理解しているから、あまり文句も言わなかった……文句のあとにはパンチの雨が降るのがわかっているので、やめるしかないのだ。


「私は本当に冥府が心配なんだよ!みんな何の連絡もないし──」


「彼らの状況を教えたら、佳芬姐さんに何ができるの?」蒼藍の口調がいきなり異常なほど真面目になった。「佳芬姐さんがいつも言ってるように、佳芬姐さんは『見える』普通の人間でしかないんだよ」


 私は『見える』普通の人間だ……くそっ!


「普通の人間は友人の心配をしちゃいけないっていうの?」そう言ってふと一つの可能性に気がついた。「まさか冥府の状況はひどいんじゃ!」


「そんなことはないよ!最悪な状況は彼らが──あっ!」


 どうなるのよ?いったいどうなるっていうのよ!


 うっかり口を滑らしそうになった蒼藍はじろりと私を睨みつけた。「佳芬姐さん、本当に危険なんだよ」


 こういうときはとぼけるに限る。「どこが危険なのよ。私は『見える』普通の人間なんでしょ!」


 蒼藍はしばらくの間私を見つめていた。ついには負けを認めたようにため息をつくと、立ち上がって冷蔵庫のほうに向かった。


 私はウチの冷蔵庫を漁っているデブオタク高校生に言った。「ウチの冷蔵庫には何にもないよ!」


「冥府の酒があるじゃん?」蒼藍は私がペットボトルに小分けしていた冥府のお酒を取り出すと、軽蔑するような顔で言った。「いったい誰が冥府の酒を冷蔵庫で冷やすなんてアイデアをくれたのさ?古代の人は温かい酒しか飲まないって知ってる?」


「お子ちゃまが何のお酒を飲むっていうのよ!炭酸飲料でも飲んでなさい!」私は逆ギレしながら言った。古代の人が温かいお酒しか飲まなかったのを知らなかったなんてこと、絶対に認めるもんか!蒼藍はまだ諦めず私に主張している。「冥府の酒は技術の点から言えば酒とは言えないんだよ!たぶん猫草みたいなものであって──」


「私に見えないところで飲むか、十八歳になったら飲むかのどっちかだよ!」私はペットボトルをひったくると、有無を言わさず炭酸飲料の缶を二本ヤツの腕に押し込んだ。炭酸飲料が足に当たろうが、どうせ蒼藍は自分で治すんだしね。


「たった二年足りないのか……」蒼藍は不満そうにブツブツ言ったが、炭酸飲料を抱えて食卓に戻って座ると、『プシュッ』という音とともに飲み始めた。


 コイツ……まさか本気でカウンセリングを受けたいっていうの?じゃなかったら普段はこんな私の注意を引くような振る舞いはしない。こっそり冥府のお酒を飲むのは簡単じゃないし、アルミ缶のコーラを冥府のお酒に置き換える方法はいくらでもあるはずだ。


 もし蒼藍が私のカウンセリングを受けたいというのなら、もっと準備が必要かもしれない。


 私はデリバリーの電話をかけ始めた。三十分後、食卓の上にはケンタッキーのセットが二つ並べられた。さらには特別にフライドポテトと炭酸飲料もLにして、そのうえエッグタルトも一箱注文した。


「これは……?」


「カウンセリングを受けたいんでしょ?」どのみち日勤が終わったあとにそのまま祐青のカウンセリングをしていたから、まだ夕食を食べていなかったんだよね。たまにはジャンクフードを食べるのも悪くない。


 蒼藍は顔を上げると目を輝かせながら聞いてきた。「本当にいいの?人間は受け付けないって言ってなかったっけ?」


「あんたのケースは特別だよ!」私は前に蒼藍が買い間違えて私にくれた(ついでに薦めた)、名前すら書く必要のない星の海音楽少女オフィシャルグッズのノートをわざわざ引っ張り出した。


「佳芬姐さんの定義では俺はまだ人間なんだ!」蒼藍は何に感動しているのか知らないけど、涙を拭うふりをした。


「デブオタク高校生道士、仮にこの三語を分けて見ても人間とは言えるんじゃない?」私はオタクっぽさ満開のノートを開くと、ツインテールのリーダーの顔の上に日付を書いた。「なんで急にカウンセリングを受けようと思ったの?」


 蒼藍はしばらく黙ってから、ゆっくりと話した。「佳芬姐さん、『大いなる力には大いなる責任が伴う』この言葉どう思う?」


「内境に付き纏われてるの?いきなりそんな質問──」


「まず俺のこの質問に答えてよ」蒼藍の態度は少し厳しくて、普段みたいなふざけた態度でのカウンセリングは許されない感じだった。


「うーん……」私はまずしばらく考え込んで、蒼藍の表情を観察しながら、ヤツが私の口からどんな答えを聞きたいのか考えた。でも私は、ヤツのこのときのたたずまいが異常なほどきちんとしていて、普段の気まぐれで捨て鉢な態度とは全然違うことに気がついた。


 ということは本当に私の考えを聞きに来たんだ。


「私は……この言葉を考えた人は中二病だと思う!」


「え?」蒼藍は愕然としながら予想外の回答を聞いていた。私はヤツに考える隙をまったく与えずに、自分の意見を続けて言った。


「私は間違ったことは言ってないよ。何の理由があってスーパーマンは地球を救わなきゃならなくて、スパイダーマンは犯罪者をやっつけなきゃならないの?この言葉はストーリーにおいて『スパイダーマンはどこでも犯罪者をやっつける』ことを合理化するために脚本家が使う言葉であって、だからこそ悪役の出番があるんだよ」


「だから佳芬姐さんは、この言葉にまったく賛成じゃないってこと?」


「まったく賛成じゃないって……そうでもないかも」私は自分の考えをちょっと整理した。「ウチの病院の一般外科にいる若い医師を例にとってみようか。その医師は医学センターの研修医なんだけど、手術の腕は申し分なくて、研究や論文も常連で、人付き合いもいい人なんだ。医学センターは彼が主治医になることを約束したの。みんなが、彼は医学会において広く社会貢献のために命を燃やすだろうと思っていた矢先、彼はウチのこの、大きくも小さくもない地域の病院に応募してきたんだよ。ウチの外科部は彼の履歴を見て、涙が出そうになってたよ。外科部の部長は面接のときに、ウチの病院と彼の想像との間に落差が出ることを恐れて、ウチの給料と手術の回数が医学センターにはるかに及ばないことを正直に話したの。そしたら彼がなんて答えたかわかる?」


 蒼藍は首を振った。私ももったいぶらずストレートに答えを発表した。「彼は『医学センターは争いがすごく多い上に、ずっと論文を書かないとならないのですごく疲れます』って言ったの。どう、わかった?」


「わかったような、わからないような……俺の力──つまり個人の力がもっと高ければ、選択する権利もあるってこと?」


「本来はそういうこと、じゃない?力が大いなるほど選択肢も多くなるし、自分がいちばん好きなものを選べる。高校に志願するのもそうでしょ、点数が高いほど選択肢も多くなるんだよ!両親が願書を書くのはまた別のハナシだけどね」私が知る限り、候医師の願書は両親にひったくられてこれっぽっちも選択の機会がなかったそうだ。さもなきゃ彼はもともと情報工学関系の学部を志望していたらしい。


 私は話を続けた。「責任ね……そんなのついでに過ぎないでしょ?スパイダーマンが自分にはほかの人を助ける責任があると思ったって、それは彼自身の選択なんだよ。彼も責任を全部放棄したっていいし、その力で世界を征服したっていいし、あるいは何の力もないふりをして普通の高校生を続けて、世界の破滅をただ見ているだけでもいい。でもスーパーヒーローの映画では絶対にそんなことはしないんだよ」だってスーパーヒーロー映画は商業的価値のために作られているから、大衆の期待と好みに反することは許されないんだ。


 私は蒼藍に、今の話と――まだヤツの口の中に入っている食べ物を消化するための時間を少し与えた。ヤツはフライドポテトを飲み込むとまた聞いてきた。「もし選択する権利がなかったら?たとえば、大切な人を攫って協力を強要する……みたいな?」


 私はストレートに答えたくもなかった。「協力するふりをして、そのあと背後からそいつらを刺す」


「佳芬姐さん、それも陰険過ぎるだろ!」


「陰険だったらどうだっていうのよ?誰が先に汚い手を使ったのさ?無理強いされるなら、アタシは命をかけるよ!」興奮して言うと、私のグラスがテーブルにぶつかって炭酸飲料が飛び散った。けど蒼藍の法術で飛び散ったコーラは全部空中で静止し、黒い水滴が巻き戻しのようにコップの中に戻り、一滴たりとも外にこぼれることはなかった。


 私はこのシーンを見て、我慢できずに余計なことを言ってしまった。「私はあんたが内境の定義だとどのくらい強いのかは知らないけど……あんたみたいな道士は毎日ご飯食べて寝て宿題やってゲームやって、星の海音楽少女の動画を何度も何度も見返したりしていて、あんたはとっくに自堕落な生活を選択したんじゃないの?いったい私にそんな質問してどうしようっていうのよ?」


 デブオタクの分厚いメガネの奥にある目は、死んだみたいに生気がなかった。私を見ているようでもあり見ていないようでもあって、私は振り向かずにはいられなかった。「私の後ろに幽鬼はいないよ?何を見てるのよ?」


「どうして冥府が姐さんに冥府の心理カウンセラーをさせているのか、やっとわかった」蒼藍は思うところがあったようで、ふと口に出した。


「どう、ハッタリがうまいでしょ!」


「それだけじゃない」ヤツは急いでいるみたいだった。手を振ると、食べきれなかった料理はすっかり見えなくなった。そのままヤツの家のテーブルの上に転送したんだろう。そのうえ玄関から出ていこうとはせず、あまつさえベランダの手すりによじ登った……


「下りなさい!ウチの手すりが折れちゃうでしょ!」


「そっとやるよ──」


「何キロなのか言いなさいよ!」


「俺が直すよ!」蒼藍は『イーグルダイブ』のポーズで落下していくと、空中で消えた。


 カッコつける前に、自分のスタイルがその手の動作に向いてないとは思わないんだろうか。『イーグルダイブ』のスタイリッシュさは、ヤツの巨体ですべて台無しだ。


 私は食卓に戻って今回の蒼藍のカウンセリングの主訴をなんて書こうか考え始めるも、ノートの間に挟まれたメモに気がついた。


 今夜は早く寝て、外出はしないように。蒼藍より


 明日は日勤だから、フラフラ出歩いたりもしないんだけど?


 その夜、明かりを消してベッドに横になったとき、一つ心配になった。


 私はうっかり……冥府や内境にとって恐ろしい敵を作ってしまったわけじゃないよね?



魏蒼藍

主訴:力と責任は比例するのかどうか伺いたい

処置:クライエントにはすでに力と責任は比例する必要がない旨を説明済み。クライエントは理解したと思しきあと、ベランダから飛び降りて去っていった。当面の間再診はなし。要観察。

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