第二章 アホを退治するには、モップが一番

「くそー、パイナップルを食べてないのになんで今日はこんなにたくさんクライエントがいるの?」夜勤を終えた後、私は疲れ果てていて、他のことを考える気力が全くなかった。今日の夜勤は戦争のようで、患者が次々とやってきて息抜きすることができなかった。私は速やかに身支度を整えベッドに倒れたが、床のモップ掛けも洗濯もまだやっていないと思い出して……


 やりたくない!動きたくない!考えたくない!もういいや、起きてから考えよう……


 まぶたが勝手に閉じ、体が徐々に意識を失い……いや!目に見えない圧迫感で手足が動かなくなってしまった!目がガチッと開き、見えない束縛から無理やり抜き出し、ベッドの横にある箒に触れ、美しい弧を描くように振った。相手は明らかに敏捷性が高く、頭を少し後ろに傾けるだけで箒の柄をうまく避けることができた。


「ノックできないのか!」私は怒って叫びながら、家に侵入した「幽鬼」が誰であるかを確認するため目を大きく見開いた。


 相手は約三十歳、男性、身長百七十五センチ程……だと思ったが、彼のブーツの踵がどれほど高いかを見るまで。「幽鬼」全体が学者っぽく見え、文官のはずだ。しかし、彼が着用している赤い縁のある黒いローブは処刑人の服であり、ベルトにぶら下がっている長剣と、気付かれなかったタッセル付きの玉佩に加えて……


 宋昱軒より階級が高い武官だった。そして、この冥官は自分の過ちを謝るために丁寧に頭を下げていた。


「申し訳ございません。チャイム何回も鳴らしましたが反応がなくて……」


「だってうちのチャイムはただの飾りだから……ここに来る前に、玄関の風鈴を吹くように教えてもらっていませんか?」インターポンも電気製品の一つなので、もちろんコンセントは抜いた。彼の袖を引っ張って入り口に来て、ドアにぶら下がっている磁器の風鈴を指差した。文具店で二百元で購入したものだ。


「えっと……ありません。」


 ああ、こいつは人気がないよね!私は思わず大きな白目をむいたが、とりあえず食卓に座り、高校のロゴが貼られた空白の自由帳一冊を取り出した。


 私は、後ろでぼんやりと立っていたクライエントを見て、「早く座りなさい!すごく眠たいけど知ってます?」とうんざりして言った。


「ああ……えっと…・はい」


「そこじゃないよ、噛まれると思ってます?」私はペンで左側の席を叩いた。「ここです。はい、そうです。座ってください」


 犬のしつけをしているような錯覚があるのはなぜでしょう?


 食卓は長方形であり、カウンセリング中はお互いに話し合う気分を出せるため、私はクライエントを向かいではなく左側に座らせることが多い。この座席配置は、クライエントをよりより親しみやすくすることが研究で証明されているそうです……


 私の場合は、ただ「理学療法」を行う際に近くに座った方が便利だと思っています。

 いよいよスタートになった。新規クライエントはいつも悩ましいものだ。空白の自由帳の名前欄を見て、「お名前を教えてください」と尋ねた。


ホンシェンレンと申します。」

 私は一瞬固まった後、冥官の後頭部を叩いた、「現世の名前じゃなくて、冥界で使っている名前を教えてよ」


ティンシェンミンティンシェンです」


「明?明王朝なのにもう管理職ですか?」宋昱軒は未だに処刑人部の平社員であり、タッセルすらつけていなかった。


 幽鬼が冥官になると、通常は選抜した殿主から名前を賜る。苗字は亡くなられた時の王朝時代から取られ、社員番号のようなもので、例えば宋昱軒が宋王朝で亡くなられたので苗字が宋になった。


 八百年後に入った後輩なのに昱軒より出世が早い?


「実は……それは今回、ここに訪ねた原因です」彼は頭を下げ、私も自由帳を開いてメモを取る準備をした。「最近、また昇格辞令を頂きました……自分は何か成果を出した訳でもないのに、同期より昇進が早くて、そのため、よく同僚に裏で悪口言われていますが……」


 昇進なのに文句を言うか!でも、後輩が何もしていないくせに自分より早く昇進してるのを見たら、きっと不思議に思い、上に抜擢された理由をみんなと噂話をするだろう。


「なぜ上が僕を昇進させたがるのか、本当にわからないと彼らに説明しようとしました。今回も上司と今のポジションにあと百年に居させてと話し合いをしましたが、上司が僕を昇進させると主張しています……」


「では、同僚が裏であなたの悪口を言っていることを上司に報告したことがありますか?」


「もちろんあります!」明廷深は激しく語っていた。「でも上司はただ『ははは』と笑っただけで、来週から新しい部署に出勤するように言われました」


 上司の反応はなんかおかしくない?その時、私はあまり深く考えずに、なぜ上司は彼を次々に昇進させるのかを考えていた。もしかして何か陰謀があるでしょうか?それとも明廷深は偉いさんと深い関係を持っているのでしょうか?


「上司は他に何か言いましたか?」


「新しい役職でも良い仕事をするように、期待していると言われました」この時冥官は自分の頭を抱えながら悲鳴を上げた。「平等王の近衛ですよ!僕はこの仕事をうまくこなす自信がないですよ――」


 近衛?それは本当に責任重大なポジションだね!もしかしたら誰かが彼を困らせて彼を引きずり下ろそうとするのだろう?でも引き倒したければ、最初から昇進させない方が簡単ではないのか?


 どうして何かが聞き足りない気がしているのか?


「このポジションを担当できないと本当に思っているなら、できるだけ断った方がいいですよ!もしくは、次の評価でわざとめちゃくちゃにして、自分の能力を上げるために時間を稼ぐことができるかもしれません。」


「辞退もしましたし、評価の時もわざと欠席しました。昇進しないためにわざと一週間仕事をサボったのですが、帰ってきたら上司が何と笑顔で迎えてくれました」


 なるほど、それが本当だったら私も気持ちくそ悪い!理由もなく仕事に行かずに一週間に姿を消すなら、おそらく仕事に戻ることができなくなる。この時、急に眠気が襲われてきて、私は大きなあくびを出してしまって……


「あの、一旦中止して、次回の予約を取った方がいいですか?」


「あ、いいです。緑茶とか入れて飲んでから今回のカウンセリングを最後までやります」


「では、僕が入れてあげますので、座って待っててください」


「緑茶のティーバッグはガスコンロ上の収納棚に入ってる。マグカップは食器ラックに。水出しでいいです。電気製品を絶対触らないで!」


 昨日冷蔵庫が壊れたばかりだし、もし今日電気ポットまで壊されたら、絶対に超高額な高級電気ポットを買い換え、領収書を燃やして冥府官吏に払ってもらう。


 目を閉じて少し休憩したが、頭の中ではこのクライエントの状況を考えていた。とりあえず新しい仕事をできるだけやってみて、給料もできるだけもらって、後のことは後で考えようとアドバイスしたらなんか無責任すぎる。最初ここに来た時の出来事以外に、明廷深はとても礼儀正しく、言葉使いも丁寧だった……もしかして彼は知らないうちに他者の金策の妨げになってしまい、濡れ衣を着せられるのでは?


「どうぞ」その声に応えて目を開けると、香ばしいハーブティーの上品な香りが鼻をくすぐった。カップを手に取り、まず匂いを嗅ぎす、カップの縁に口を軽くつけ、適した温度のお茶一口を……


「ぷ――!」


 そして、冥官の顔に口の中の全てのお茶を吹きかけてしまった。


 なにそれ!我が家はハーブティーなんてないぞ!そして、目の前の高価そうなイギリスのティーセットはどういう事?水出し緑茶を頼んだだけじゃないのか!


「これはどこから来ました?」


 顔中にお茶まみれになった冥官は、怒りもせず、顔についたお茶をローブでゆっくりと拭くだけ、「頂いたものです。お茶を飲まないので初めて使いました……大丈夫ですか?」


 中国の古代衣装を着た人が西洋磁器を持つことはいかに違和感があるかについて突っ込む前に、気になる問題を先に質問した。「じゃ、お茶は?」


「それも頂いたものです」


「……同じ人から頂いたことですか?」


「違います」


「異性ですか?」


「はい」


「よく異性からプレゼントを頂いてますか?」


「女性の方が多いですが、男性の方からもたまに頂いてます」


 この会話がどこまで続くかを薄々気付き、今日聞き忘れた問題もやっと思い出した。


「今日ここに来たのは誰からの紹介ですか?」


「僕の上司ですね、僕の自信を高めるのにできるかどうかを見てもらいましょうと言ってましたが……あれ?簡さん、大丈夫ですか?」


 もちろん大丈夫じゃないよ!頭痛いな……


「立ってください、ベランダまでついて来て」変わった指示に対し、明廷深は異議も抵抗もなく素直にベランダまでついて行った。


「手すりの上に立って」いつもベランダで待機していたモップを手に取り、「一週間後また来てください。その時に武器を忘れずに持って来て」


「ん?え?」


 それから彼は私にベランダから追い出された。夏の午前十一時の直射日光を浴びても炭になることもなく不調もなく、聖水に浸っていたモップで振られても鳴き声が出ず、能力に何の影響もなく軽く着陸した。


 我が家は二十四階だった。


 ちなみに、幽鬼は既に死んでいるので二度と死ぬことはない。だからベランダから遠慮なく見送ることができる。せいぜい同じ建物の住人は高速で落下する物体の音を聞こえるだけで、それが何であるかを見つかることができない。マンションに住まれている方は、このような経験をしたことがある人が多いと思う。


 修行結構積んでいるじゃん!それでも昇進できるほど能力ないと言い、裏では同僚に悪口を言われているなんて……明らかに能力がとても高く、しかもプレゼントいっぱいもらっている人気者である。



明廷深

初期診断:極度の自信欠如と天然キャラ

処置:来週火曜日に再診、クライエントに治療用の幽霊屋敷を探す必要がある。怖ければ怖いほどいい。要観察。

備考:モテているのに自分はモテていることを知らないアホである。



 上記の三文を明廷深の心理カウンセリング履歴に書き込んでからファイリングし、掃き出し窓のカーテンを閉め、ハンガーレールで吊り下がっている風鈴を取り外した。


 疲れたわ……起きたらまた続けましょう!






§パイナップルの豆知識

パイナップルの台湾語は「旺來オンライ」と読みます。

この発音が、「福を招く」、「たくさんやってくる」、「商売繫盛」という意味を持ちますので、台湾、シンガポール、マレーシア、ブルネイの華人社会にとりまして、パイナップルも縁起の良い果物です。

ただし、「医師」、「警察官」、「消防士」にとって、お仕事が繁盛しては大変なことになりますので、台湾の職場でパイナップルやパイナップルケーキをもらったり、食べたりしてはいけないというタブーがあります。

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