第一夜:千陽(2)まるで世界にうんざりしているようだ

 昼食の時間になって、チャイムが鳴ると生徒たちは水を得た魚のように、鳥かごのような教室から次々出て行った。

 林若草と小惠が一緒に弁当を持って、校内の東屋に行くと、隣クラスの二名の親友──芊芊チエンチエン桃子タオズが先に待っていた。

 四人の女子は東屋で弁当を食べながら、鳥のさえずりのように賑やかにお喋りしていた。

「それで、若草は誰に投票するの?」小惠、芊芊、桃子は異口同音で聞いてきた。

「誰に投票するって?」林若草は質問で返した。

「校内イケメンコンテストのことだよ!」

 桃子がワクワクした表情で答えた。

「全校生徒はそれぞれ一票持っているよ。若草はどの男子に投票するの?先に言っておくけど、私は南宮樹に投票するから。背が高くてイケメンだけじゃなくて、どの女の子にもとっても優しいの。クラスの子は皆彼に投票するよ」

「南宮樹か……」

 林若草は今朝、盛大に転んだ彼を思い出して、思わず苦笑いした。

「あいつ、優しい奴か、八方美人なのか?」芊芊が反論した。「軽音部のウー皓軒ハオシュエン先輩の方がかっこよくない?ギターだけじゃなくて、作詞や作曲もできるから、南宮樹より才能に恵まれてるよ」

 芊芊は人形のようなパーマのかかった黒のロングヘアが特徴で、軽音部の部員として、自分の部の先輩を一番推している。

「で、若草は誰に投票するの?」桃子が更に聞いてきた。

 否定はできない。南宮樹と呉皓軒はどちらも安平高校内公認の超イケメンだ。しかし、林若草はこのような誰にでも人気のある学生に興味が湧かなかったから、誰に投票するかわからなかった。

「私はわかんないな」林若草は正直に答えた。

「若草はイケメンに興味なさそうね、まさか女の子が好きなの?」小惠がわざとらしく驚いて言った。「もしかして、私のことが好き?」

「バカね!女の子が好きでもあなたと付き合いたくないと思うよ?」林若草は泣くに泣けず笑うに笑えず、彼女を睨んだ。

「皓軒先輩ってホント超イケメンなの!」芊芊が陶酔しながらそう言うと、「しかも、なんか貴族らしい雰囲気が漂ってるの。もしかすると本物の王子様かも。彼と結婚したい!」

「おーい、いつの年代の話よ?王子様だと?」桃子は我慢できずに突っ込んだ。そして林若草を見て同意を求めた。「若草も、芊芊って夢見すぎだと思わない?」

 林若草は頷いた。「現実は童話とは違うからね。王子様のお嫁さんになっても幸せになれるとは限らないよ。平民が何も考えず王室の一員になったら差別されるかもしれないし」

「もう、みんな夢見たりするでしょ!」芊芊が口をとがらせながら「水差さないでよね」と言った。

 呉皓軒の話が終わると、話題は他のお気に入りの男子に移った。

「D組の委員長って顔面偏差値高いよね。近くの学校にもファンがいるらしいよ」桃子が言った。

「あのガリ弁のどこがいいのよ?剣道部の部長の方がいいだろ」小惠はすぐそう突っ込んで、ついでに自分が所属する剣道部の部長を推した。

「あんた、本当は筋肉バカが好きなのね?」「お前は顔が良い男子だけが好きじゃん!」

 彼女たちがこんな話題で言い争っている様子を見て、林若草は思わず苦笑した。

「ところで、C組って南宮樹以外にもう一人イケメンがいるじゃないの?」桃子が突然思い出した「確か、苗字が『井』で名前に『陽』の字が入っているような」

 それを聞いて、林若草は口に入れた食べ物を吹き出すところだった。

「おっ!それって井千陽のこと?」

 小惠が答えた。

「確かに顔が良いけど、なんか人間離れしてるよね。まるで吸血鬼の小説に登場する美少年みたいで。もし、人生を斜に構えず、まるで世界にうんざりしているような態度をみせなければ、人気も出ると思うけどね」

「ありえないよ!」林若草がテーブルを叩いて言った。「あんな奴、無愛想で失礼な奴なんだから!」

「なんでそんなにムキになってるの?」芊芊が疑問の表情を浮かべた。

 林若草はすぐに大口でおにぎりを食べてバツの悪さをごまかした。


 *****


 夜も七時になる頃、安平高校の学生も教師も帰路につき、校舎はひっそり静まりかえっていた──図書館を除いて。

「張さん帰った?」

「うん、校門を出るところを見たよ」

「じゃあ、出てきてもいいよね?」

 本棚の後ろに隠れていた四人の女子生徒が出てきた。林若草、小惠、芊芊と桃子だった。

 ある計画を実行するため、四人は放課後にここで隠れて待っていたのだ。

 張さんは校舎の夜間巡回を担当する用務員であり、普段は一番最後まで学校に残る人物だ。しかし、彼は図書館を細かく調べたりしないから、ここで隠れてもほとんど見つかっていなかった。

 四人は図書館を離れて、廊下へ向かった。

 夜の校舎は耳鳴りがするほど非常に静かだった。

 廊下の窓から外を見ると、空は明らかに昼とは違う世界の色をしており、ミラーズシティが夜に支配されていた。

 ミラーズシティで育った子供は、小さいころから「恐ろしい夜がやってきたら、目を閉じてください」と耳にタコができるほど言われてきた。暗くなった後は家から出ようとせず、目を閉じて、ベッドで大人しく寝るという意味だ。

 だが、近年は狼殺率の大幅な下降と共に、市民も少しずつ警戒を緩めるようになり、夜でも外出して、多種多様なナイトライフを満喫している。

 とはいえ、林若草はなんか不安を感じていた。先ほどから後悔の念が湧いてきて、自分はよく考えていないと思った。なんでこの悪友たちとこんな時間に真っ暗な校舎にいるのだろう?

 林若草は学校で夜の自習があると姉に嘘をついた。もしばれたら、きっとひどく叱られるだろう。

「三年A組ってどこ?」「三年生の教室は東校舎だよ。あっち行ってみよう」

 彼女たちは東校舎に着くと三階に上がり、三年A組の教室に着いて、戸を開けて中に入った。

 四人は教室の後ろにある「呉皓軒」という名前が書いてあるロッカーを見つけた。小惠が針金を鍵穴に入れて回している姿を見て、林若草はますますこのような悪だくみに加担したことを後悔した。

「待って……これ、まずいよね?」林若草が小さい声で言った。「勝手に他人のロッカーを開けるなんて犯罪だよ。見つかったらまずいじゃない。今やめたらまだ間に合うよ」

「中にある物を借りるだけよ。使い終わったら返すなら問題ないでしょ?」小惠は軽い口調で答えた。その声から罪悪感は微塵にも感じられなかった。「安心して。先輩には絶対バレないから」

 ロッカーを開けると、中には教科書や文房具などごちゃごちゃした物で埋まっていた。

「どれを使えばいい?」「このギターピックでいいんじゃない?」

 ギターピックを取り出すと、四人は机に向かって、四方を椅子で囲って座り、一枚の紙をテーブルに置いた。

 じっくり見ると、紙の中央には山が描かれていて、その周りには「ハイ」、「イイエ」、「男」、「女」、「十」、「百」、「千」などの文字が山を囲むように書かれていた。

 紙は文字でびっしりで、まるで文字の渦巻きのようだった。

 小惠は金属製のギターピックを山の絵の位置に置くと、四人はそれぞれ人差し指をギターピックの上に置いた。

 四人は緊張していて、怖れながらワクワクもしていた。スマホのライトに照らされる四人の顏はとても不気味だった。

 小惠は深呼吸をしてから、詠唱文を読み上げた。

「オオカミさん、オオカミさん、山の上のオオカミさん、おいでください」

「オオカミさん」とは最近女子高生の間で流行っている降霊術であり、一説では狼の霊を召喚して、特に恋愛面について占ってもらうとよく当たるらしい。

 オオカミさんの遊び方はコックリさんと似ていて、文字がびっしり書いてある紙一枚の他に、気になる相手の所持品一つを用意することが必要だ。これは四人が呉皓軒のロッカーからギターピックを拝借した理由だ。

 小惠は詠唱文を三回唱えてから、「オオカミさん、おいでになりましたら、紙に円を描いてください」

 全員がそのギターピックに視線を集中していたが、少し待ってもビクともせず、ギターピックは元の場所のままで、少しも動いた形跡がなかった。

 林若草は少しがっかりしたが、同時にほっと一息をついた。本当にオオカミさんの召喚に成功したら、彼女もどうすればいいかわからなかった。

 この遊びは小惠が提案したものであり、彼女は気まずそうに乾いた笑いをした。

「ハハハ、どうやらオオカミさんは来たくないみたいだね。じゃ、私たちはこれで……えええええ!?」

 小惠が話す途中にギターピックは突如動き出し、紙にゆっくりと円を描いた。全員思わず甲高い絶叫を上げてしまった。

 林若草は自分がギターピックを動かしていないことをわかったし、他の三人も軽く触っただけで、力を入れた様子はなかった。そのギターピックは明らかに不思議な力で動いていた。

「オオカミさん、おいでになりましたか?」小惠が慌ててそう尋ねた。

 ギターピックはまず紙に円を描いてから、ある位置で止まった。ギターピックの先端は『ハイ』の字に向いていた。

「本当にオオカミさんが来た!」小惠が興奮していた。「早く聞いてみよう!」

「芊芊、早く聞いて!」桃子が催促した。「呉先輩のこと、知りたいんでしょ?」

「あ、あの……」芊芊が噛みながら言った。「オオカミさん、呉先輩に好きな人はいますか?」

 ギターピックが再び円を描くと、先端は『イル』の文字を指した。四人はマーモットの鳴き声みたいに叫んだ。

「オオカミさん、呉先輩が好きな人は誰ですか?」桃子が質問した。

 ギターピックはその場で少し止まってから、突然狂ったように円を描き、危うく四人の指から離れるところだった。

 十数回回ったところで、ギターピックが止まり、先端が『千』の字に向いていた。

「千?」

 林若草の脳裏に「井千陽」の三文字がよぎった……待って、なぜ井千陽の名前が出てくるわけ!

 次の瞬間、小惠は何かに気が付いたように、突然大きい声を出した。

「あ、これ、芊芊の意味だよ!芊芊、先輩はあんたのことが好きなんだよ!」

「え?こ……これ、本当なの?」芊芊は信じられなさそうな表情で言った「う……嘘だよね?」

「よかったね!芊芊、おめでとう!」桃子が嬉しそうに芊芊を祝福した。

 四人は驚きが止まらないまま、他の質問をオオカミさんにした。

 例えば、芊芊と呉皓軒がいつ交際を始めるか、他の三人にいつ彼氏ができるか、果ては誰が先に結婚するか、子供は何人生まれるか、などを尋ねた。

 四人は知りたいことを全て問いかけたので、全員満足して、オオカミさんに「お帰りいただく」ところだった。

「オオカミさん、オオカミさん、質問は以上です。オオカミさん、お帰りください……」

 小惠が詠唱中、林若草が教室の扉の後ろに人影が見えた。暗闇の中で声も出さず立っているが、暗くてよく見えなかった。それはまるで幽霊だった。

「うわぁ!」

 林若草が思わず叫び、他の三人も気づいて、全員悲鳴を上げた。

 遊んでいたオオカミさんのことなど気にもせず、机を離れて、教室の隅で抱き合って円を作った。

 その人影は教室内に入ってきて、尋ねてきた。「お前ら、何やってるんだ?」

 相手から話しかけられて、しかもその声は普通の人類みたいだった。四人は瞬時に安堵して、相手を観察した。この人は見覚えがあるような……

「あの……皓軒先輩ですか?」芊芊が恐る恐る聞いた。

「ああ、そうだよ。呉皓軒だよ」

 彼女たちはスマホのライトでその人物を照らすと、その外見はすらっとした高身長、ダークブルーの髪、ライトグレーの瞳、整った容姿、そしてビジュアル系アイドルのような雰囲気を合わせ持っている。それは軽音部の呉皓軒に間違いなかった。

 展開がどうも出来すぎている気がした。さっきまで呉皓軒の私物を使ってオオカミさんで遊んでいたのに、本人が登場するとは思いもよらなかった。

「呉先輩なんですね……びっくりしました」桃子が胸を撫で下ろした。

「呉先輩、こんばんは。私たちは一年生でして、ちょうど肝試ししてたんです」小惠が平気な顔で嘘をついた。「先輩は、なぜこんな時間に学校へ?」

「宿題をロッカーに忘れちゃってさ、明日提出日だから取りに来たってわけ……」呉皓軒は机に目を向けた。「ん?あのギターピック、俺のじゃないか?なんでそんな場所に……」

 四人は同じ瞬間、まずいと思った。小惠はすぐにテーブルにある物を片付けた。

「ハハハ、これが先輩のギターピックなんですね?返します」

 幸い、呉皓軒は細かいことをあまり気にしないようで、根掘り葉掘り聞くことなく、笑ってギターピックを受け取った。

「じゃあ、先に帰るわ。お前らも終わったらさっさと家に帰る方がいいだよ」呉皓軒はロッカーから宿題を取ると、心配そうに忠告した。「夜の世界はとても危険だぞ」

 このとき小惠は突然芊芊を肘で突っつき、彼女に向けてウィンクした。

「先輩、芊芊は私たちに肝試しに駆り出されて、怖がっているみたいです、家まで送ってくれませんか?」小惠が尋ねた。

「そうですよ。女の子が夜に一人帰るのは危険です。先輩、送ってあげてください」桃子も機転を利かせてそう言った。

「せ……先輩に迷惑をかけるでしょ……」芊芊が顔を赤くして言った。

「ああ、いいよ」呉皓軒が爽やかに答えた。「芊芊はその方がいいなら家まで送るよ」

 小惠と桃子は小さく勝利のポーズをした。林若草は二人の親友にプロの仲人の素質があると心から思った。

 芊芊と呉皓軒が校門から帰るところを見送った後、残りの三人も帰ることにした。

「オオカミさんって本当にあったんだね。最初は子供だましのような話だと思ったよ」林若草は感慨深げに言った。「芊芊と呉先輩、うまくいくといいね」

 小惠と桃子がお互いの目を見てから、クスッと笑いだした。

「やっぱり、若草は気付いてないのね……実はあのギターピックは勝手に動いたんじゃないの」小惠がニヤリと笑った。

「え?」

 すると、桃子がポケットから磁石を取り出した。

「私たちがあのギターピックを選んだのは偶然ではなく、それが金属製品だからだよ。こっそり机の下に強力な磁石でギターピックを操作したんだけど、勝手に動いたように見えたってわけ」

「そうだったんだ!」

 林若草は思わずちょっとがっかりした。本当に心霊現象に遭遇したと思っていたからだ。

「芊芊はもうずっと呉先輩に片想いしていたんだけど、告白する勇気がなかったから、桃子と一緒に彼女の恋のキューピッドになろうと決めたんだ」小惠がヒヒッと笑いながら言った。「でもさっき、呉先輩がたまたま学校に戻って来るなんてね、事が順調すぎて私もちょっと怖いだよ」

「ということは、オオカミさんもあなたたちが考えたってこと?」林若草が尋ねた。

「オオカミさんは本当にあるよ」桃子は顔を林若草に向けて答えた。「聞いた話なんだけど、オオカミさんが戻るように『お帰りください』をちゃんとしないと人狼に食べられるらしいよ。そういえば私たちもちゃんと詠唱しなかったね……でも、多分大丈夫だよね?」

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