人嫌いな男子はグイグイやってくる女子たちから逃げたい

田山 凪

第1話

 葛城かつらぎ雄慈ゆうじは人嫌いだ。

 視線を向けられるのも、声をかけられるのも、気を使われるのも嫌いだ。

 そんな彼には困っていることがある。


「ね~え~、消しゴム取ってくれないかなぁ?」

「えっ……」

「ほら、雄慈くんの足元」


 雄慈の足元には隣の席の神田かんだ花音かのんが使っている消しゴムが落ちていた。

 花音は黒髪のツインテールでいわゆる地雷系的な見た目をしている。色白で甘い声、地雷系の見た目、高校生二年生にしては発育いい体。思春期の男子にとっては目の毒だ。


「……わかった」


 椅子を引いて体を前に倒し、腕を伸ばして消しゴムを取っていると、花音は足を組み替えた。人間の心理というやつで、音が鳴ったり視界の中で何かが動くとそちらを向くようにできている。雄慈は消しゴムを掴み花音のほうを見ると、その視線の先には組み替える足の隙間からピンク色の下着が見えた。


 動揺し雄慈は自身の机の底に頭を打ち付けてしまった。


「雄慈、どうした?」


 先生が音に気付いて雄慈に問いかけた。


「い、いえ。軽く頭をぶつけただけです」

「そうか。気を付けろよ」


 動揺し頭をぶつけた雄慈を見て、花音は不敵な笑みを浮かべて小声で言う。


「見られちゃった」

「見せたんだろうが……」


 雄慈は不服ながらも消しゴムを花音の机の上に置き、再び黒板に視線を戻した。


 これが雄慈の困っていること。

 人を避けようとしているのに、なぜか人が寄り付いてしまう。しかもその相手は厄介な女子だ。雄慈は人嫌いで女子が苦手なのだ。


 いつからか人を避けるようになった。雄慈はそれを中学生からだろうと考えている。中学の教室で、まるで動物園の猿のようにわめく男子たちや、同調と共感ばかりで会話をする女子たちが鬱陶しかった。

 

 それからというもの、雄慈はなるべく人を避け、図書館に籠り、あえて人が寄り付かないよう淡白な返事と不愛想な態度を貫いた。想像通り周りの生徒は雄慈と話そうとはしなかった。雄慈にとってそれはとても居心地がよく、素晴らしい時間だったのだ。


 しかし、高校一年から不穏な空気は漂っていた。

 一年の時、隣は今と同じ花音だった。花音はその見た目から男子たちに大人気で、美少女が多い豊作の年だと言われた中でもトップレベルの人気だった。いろんな男子たちに囲まれる花音は自分の可愛さを理解しており、どんな相手でも自由に操れるかもしれないと考えていた。


 なのに、そんな花音の自信を打ち砕く唯一の男子。それが雄慈だったのだ。

 中学の時と同じく、人と関わらないように過ごそうとしていた雄慈は、隣にいる花音に一切視線を向けなかったのだ。


 花音が視線を送ってもまったく動じず、甘い声で囁いてもなびかず、二人で食事しようと誘われても即断り、一人の時間を謳歌していた。だが、それが逆に花音の魂に火をつけてしまったのだ。


 それからというもの、花音は雄慈を振り向かせるたびに猛アピールをした。

 その結果、雄慈自身も認識していなかった弱点を知る。

 雄慈は性的なものに対して耐性がないのだ。


 ゆえに、発育のいい腿の隙間から垣間見えたピンク色のパンツに対し、普段は見せない動揺を見せてしまったのだ。


「ねぇ、今日の昼ご飯一緒に食べようよ」

「嫌だ!」


 弱点を知ったからこそ雄慈も以前より強気に出ることにした。

 もう少しやんわりと断り、素っ気なく立ち去ることもできたが、花音相手ではそれが通用しないことは理解済み。ならば、あえて嫌われるように立ち振る舞うというのが雄慈の答えだった。


 立ち上がりパンを買いに行こうとした時、花音も立ち上がって雄慈の腕に抱き着いた。


「そんな冷たくしないでよ」


 腕に花音の体が密着し、雄慈の頭は停止した。

 呼吸が浅くなるような感覚がし、体が危険信号を発しているのがわかる。

 今すぐにでもこの状況をどうにかしないと行けなかったが、さすがに突き飛ばすのは悪いと思い、肩を押して突き離そうとするが、花音の力は地味に強かった。


「肩に触れるなんて大胆だね」

「ち、違う!」

「動揺してる? 今日はいろんな表情見せてくれるね」


 どうしてこう上手くいかないのか。雄慈はただ平穏な生活をしたいだけなのに、なぜか妨害する人間がこんな近くに、しかも二年連続でいる。

 

「不幸だ……」


 その不幸も花音だけをどうにかすればいいと思っていた。そうすれば平穏な生活は戻ると。しかし、雄慈のその考えはまったく通用しない事態が発生した。


「えっと、確か雄慈だったよね」

「えっ?」


 唐突に声をかけてきたのは長い金髪の女子生徒。いわゆるギャルだ。

 名前は飯田いいだ飛鳥あすか。スタイル抜群で花音とはまた別の層に大人気な女子だ。


「友達から聞いたんだけどさ、悪撃の剣の新刊もってる? 持ってるなら貸してほしんだけど」

「なんで持ってることを知ってるんだ」

「だから、友達から聞いたって」

「いや、だからその友達はなんで知ってるんだよ」

「だって、雄慈っていつも本屋寄って帰ってるでしょ。友達がそこでバイトしてるんだよ。すぐに返すから貸してくれない?」

「ま、まぁ……そのくらいなら」


 貸したいか貸したくないかと言われれば、よく知らない相手に貸すのは嫌だった。しかし、ここで渋っても簡単には引いてくれそうにないため、貸すと返事した方が手っ取り早いと判断したのだ。

 

 しかし、そのことに対し花音が異議を唱えた。


「なんでぇ! 私には消しゴム一つ取るのにも躊躇するのにさ」

「だってお前面倒だろ」

「はぁ? 誰が面倒だって!」


 そんな二人の掛け合いを見て飛鳥はつい笑ってしまった。


「アンタら仲いいんだね。雄慈っていっつも一人だから友達いるなんて知らなかったよ」

「は? こいつが? 友達? ないないないない!」

「否定しすぎだよ!」

「まぁ、そういうことだから近いうち頼むよ」


 そういうと飛鳥は教室の外で待たせていた友達と一緒に購買に向かった。


「厄日……。いや、厄年だ」


 雄慈は平穏を取り戻せるのだろうか。

 

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