【KAC20234_お題『深夜の散歩で起きた出来事』】こちらとあちら
鈴木空論
【KAC20234_お題『深夜の散歩で起きた出来事』】こちらとあちら
※この小説は KAC2023 のお題を元にした連作短編の第四話です。
宜しければ第一話からご覧下さい。
※ ※ ※ ※ ※
「……はぁ。やれやれ」
カクは家に帰るとホッと溜め息をついた。
靴を脱ぎ、手に提げていたビニール袋をキッチン台に無造作に置く。
帰り道で立ち寄ったコンビニの弁当。今夜の夕飯だ。
洗面所で顔を洗いながらカクはぼんやりと今日の――いや、一連の出来事を思い返していた。
旅行先の本屋跡地で不思議な出来事に遭遇し、ヨミという謎のぬいぐるみ少女と知り合った。
そして今日、ヨミに呪いを解いてもらった。
呪いを解くというよりも悪霊退治のような感じだったが。
カクとしては何が何だかわからない内に巻き込まれ、何が何だかわからない内に終わってしまった。
そしてヨミはこれらについて何も説明はしてくれなかった。
「――悪いけど何も話すつもりはないわ。あなたは知らないほうがいいから」
空き地からの帰り道、呪いについて尋ねたカクに対してヨミはきっぱりこう言った。
「どうしてです。少しくらい教えてくれてもいいじゃないですか」
「別に意地悪で言ってるんじゃないわ。知ってしまえば意識せずにはいられなくなるからよ。意識すればあちら側と繋がり易くなってしまう。そうなればまた似たようなことに巻き込まれるわ。……あなたは普通の人なんだから、今日のことは何も知らないまま忘れてしまった方がいい。今回無事だったのは運が良かっただけなのだから」
そう言われてしまってはそれ以上聞くわけにもいかなかった。
カクだって今回のような目に遭うのはこりごりだ。
それに、もし再び似たようなことに巻き込まれたら恐らくまたヨミを頼ってしまうことになるだろう。自分が何もできないのにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。
消化不良感はいなめないが仕方がない。
それで呪いについての話は打ち止めになった。
その後、ヨミがここでいいと言うのでカクは彼女を最寄り駅で降ろし、そのまま別れたのだった。
カクは顔を洗い終えるとリビングへ行った。
財布や携帯、ハンカチなどポケットの中の物を取り出して机の隅に順番に置いていく。
朝出掛けるとき忘れ物をしないように必要な物を定位置に並べておくのが習慣になっているのだ。
「あれ?」
その時カクはポケットの中に覚えのないものが入っていることに気が付いた。
取り出してみるとそれは御守りだった。
あの空き地でヨミから渡された無地の白い御守り。
気が動転していたせいでヨミに返すのをすっかり忘れてしまっていたのだ。
どうしよう、とカクは思った。
当然返した方がいいだろう。
だが、明日からは普通に仕事だ。ヨミの家は仕事帰りに立ち寄るには遠すぎるし、郵便局などに行く時間も恐らく取れない。返すのは早くても次の休み、来週末になってしまう。
それで問題ないのならいいのだが、この御守りはただの御守りではなく、特別な力を持った代物なのだ。
ひょっとしたらすぐ必要になるかもしれない。
ヨミに確認を取りたかったが、考えてみれば連絡先も交換していない。
「参ったな……」
カクは呟いた。
窓の外はもうすっかり夕暮れ時。間もなく日も落ちるだろう。
今日は早朝から旅行先へ出掛け、空き地で除霊に立ち会い、そのままとんぼ返り。
正直疲れてはいるのだが……。
――助けてもらった身なんだし、これくらいはするべきか。
今日のうちにヨミの家に届けに行こう。
カクは支度をすると再び家を出た。
※ ※ ※
ヨミの住む街の着いた時にはもう完全に夜になっていた。
適当な駐車場に車を停めるとカクはヨミの家へと歩いて行った。
ヨミの家への道は街灯も少なく、人通りもほとんどない。
仕事の都合で午前様になることが多いので夜道は歩きなれているつもりだったが、この時のカクはどういう訳か不安を覚え、しきりに辺りを見回しながら歩いていた。
なんとなく、物陰から何か化け物が飛び出してくるんじゃないか、などという想像をしてしまう。
やはり昼間にあんな化け物を見たせいだろうか。
カクは空き地での黒い塊のことを思い浮かべ、慌てて首を振った。
あんなものを思い出したら余計に怖くなってしまう。
こういう時は何か別のことを……もっと楽しくなるようなことを考えなければ。
そうやって必死に頭を捻っていると、そんな自分のことがなんだか滑稽に思えてきた。
カクは肩をすくめ、苦笑いしながら呟いた。
「……なんだか今の僕、ホラー映画のワンシーンみたいだな。深夜の散歩で起きた出来事、みたいな感じのプロローグで、モブが犠牲になるやつ」
その時、すぐ先の丁字路の向こうから何かが現れた。
カクは反射的に身体を強張らせたが、それはごく普通のスーツ姿の男だった。
恐らく仕事帰りなのだろう。疲れた顔でトボトボと歩いてくる。
カクは内心安堵して何事も無かったように擦れ違った。
だがすぐに違和感を覚えて立ち止まり、思わず振り返った。
スーツの男の背中に、何かが張り付いていた。
ナメクジのようにドロドロした、大きな白い塊。
男の首筋に管を突き刺し、ドクンドクンと何かを吸い上げている。
なんだあれ……。
カクは立ち止まり、茫然として男を見つめた。
男は白い塊のことなど気にする様子もなく平然と歩いていく。
どうしてあの人、あんなのが付いてるのに平気なんだ?
気が付いていないのか?
そこまで考えてカクはようやく思い当たった。
そうか、御守りか。
恐らくあの白い奴は空き地にいた呪いと同じ。
普通の人間には見えない存在なのだ。
ヨミから渡されたこの御守りを持っているから見えてしまっているのだろう。
ああいうの、ひょっとしてそこら中にいたりするものなんだろうか……?
カクはそんな事を考えながらずっと白い塊へ視線を向けていた。
すると不意に白い塊がギョロリと赤い目を見開き、カクのほうを見返した。
カクが自分の存在を認識していることに気が付いたのだ。
白い塊が不機嫌そうに目を細めた。
同時に白かった体色がじわじわと黒く濁っていく。
その時になってカクはじろじろ見てはいけなかったらしいと悟った。
だが、もう遅かった。
次の瞬間、塊は驚くほどの勢いで男の背から空高く跳ね跳ぶと、大きく広がってカクに覆い被さった。
(KAC20235へ続く)
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