うちに居る人【フリー台本】

江山菰

うちに居る人

*登場人物

よしみ・・・30才手前くらいの男性。

千佳ちか・・・30才手前くらいの大人しい女性。終盤以外は虚ろに感情を込めずに喋る。

さとる・・・アラフォーの男性。誼の兄。お人好し風



*演じる上での注意事項

・作品ジャンル→ヒューマンドラマ

・無理に声を作らず、年齢設定に無理のない範囲で等身大の自分の声で。

・とにかく淡々と。

・できれば、千佳の台詞だけ、声が籠ったり変な風に響いたりなどの何らかのエフェクトを掛ける。あからさまではなく、なんとなく程度で。

・指定した箇所以外のSE、BGMはお任せで。




*本文


場:とあるぼろ家


SE:全編、しとしとと降る雨の音を被せる。キイっと室内ドアの開く音


誼「あ、千佳さん。いたんですね」


千佳「(内気そうに)ええ……雨、やまないわね」


誼「前線が居座ってるからしばらくは雨が続くって天気予報で言ってました」


千佳「そう……」


誼「花散らしの雨ですね」


千佳「そうね」


誼「これ、桜の練りきりです。お客さんが帰ってしまったんで出せなかったんですけど、良かったらどうぞ」


千佳「ええ」


誼「桜茶も淹れましょうか」


千佳「ありがとう」


(間)

SE:お茶を淹れる音


誼「千佳さん、全部聞いてたんでしょう」


千佳「……ええ」


誼「謝らなくてもいいんです。千佳さんには聞く権利がありますよ」


千佳「……由美子さんって、素敵な人ね。あの人、私がいるの気づいてたみたい」


誼「そうみたいですね……」


千佳「慧、鼻の下伸びてた」


誼「ムカつきましたか?」


千佳「(何か言いたそうに、でも言えない感じで)ううん……」


誼「(おそるおそる)邪魔……したいとか思わないんですか?」


千佳「もしそうだったらどうするの」


誼「ごめんなさい……塩をぶつけます」


千佳「(寂しそうに笑う)大丈夫。そんなこと全然考えてないから……あ、慧が呼んでるわ」


慧「(風呂の脱衣場から呼び掛けて)おーい、タオルどこだー!」


誼「(脱衣場へ叫び返して)そこの抽斗の上の段ー!」


SE:間のあと、廊下を歩いてくる音


慧「あー、いい湯だった。洗面台が新しくなってどこに何があるかわからんかった」


誼「収納が増えたんで便利だよ。広く見えるようになったろ?」


慧「うん。洒落てるな。高かったんじゃないか?」


誼「高かったけど、設置はこつこつDIYでやったんで予算内には収まったよ」


慧「(意外そうに)へえ、お前、腕上げたな」


誼「こんなぼろ家に住んでたら、修理のたびに業者に頼んでたらえらいことになるだろ」


慧「俺もDIYとか中古住宅のリノベーションに興味があるんだ。そろそろ俺も家買おうかと思って」


誼「え、家買うの?」


慧「課長になって転勤もなくなったし、子どもも欲しいし、腰を落ち着けたいんだ。由美子の実家が神社なんだよ、だから親族同士でサポートしあわないといけないって言うんで、由美子の実家の近くで不動産屋を当たってみてる」


誼「ここに戻ってきてもいいのに」


慧「もどってきてもいいって、お前、自分が大事にメンテしてきた家を、俺たちが『住みたい』って言ったら明け渡すのか? いくらDIYっつっても、材料費も手間もかかったんだろ?」


誼「喜んで明け渡すよ? 俺はやれるとこしかやってないけど、耐震補強とか屋根の葺き替えとか、そういう大きいのは全部兄ちゃんが手配して払ってくれてるじゃん。前から言ってたけど、ここまわりになんもないし、駅近アパート暮らしとかしたいんだよね」


慧「(間のあと、溜め息をついて)本音言うと、ここに住むのもちょっとは考えた。この家に愛着がない訳じゃないからな。やっぱり俺が生まれ育った家だし、千佳と住んでた思い出も詰まってる。でも、ここで千佳のいない暮らしを続けるのは辛かった。千佳の苦しんでたのとか泣いてたのばっかり思い出して一年でギブアップだ。転勤の辞令が出なかったら頭おかしくなってたよ」


誼「……もうこの家に住むのを視野に入れられるくらいにはなったんだ」


慧「うん、由美子がいれば大丈夫って気がする」


誼「のろけかよ」


慧「のろけだ。今日は由美子が気に入ってくれればここに住むのもいいなと思ったんだけど、あいつ、やっぱり実家の近くがいいって。今日も泊まる予定で来たのに、挨拶が終わった途端、急用ができたとかで一人で帰っちまったし」


誼「顔色悪かったし、体調が悪かったのかも。家まで送ってあげればよかったのに」


慧「由美子が、駅まででいいって言い張ったんだぞ」


誼「(溜め息をついて)由美子さん、神社の一族だからなあ」


慧「(不思議そうに)神社だと、なんかあんのか?」


誼「いや、何でもない」


SE:家がミシミシ鳴る音


慧「(しみじみと)……誼、もしこの家に住むのが負担だったら、好きなとこに住んでもいいんだぞ。空き家にしてからおいおいのことは考えてもいい」


誼「んー、いいや。どうせ売れても二束三文だし、だったら家賃タダでここに住んでた方がいい」


慧「(溜め息)再建築不可物件だもんなあ……建築基準法を何だと思って建てたんだろうな、この家」


誼「父さんも母さんも、財産ぜんぶ持ってマレーシアに移住とか、ほんと能天気だよ。息子と売れないぼろ家はどうでもいいんだろう」


慧「二人ともヒッピー脳だしなぁ……ま、元気でいてくれたらそれでいいよ。じゃあそろそろ寝るわ」


誼「うん、おやすみ。寝る前に由美子さんに『愛してる』ってメッセージ送っときなよ?」


慧「そのへんはばっちりだ」


誼「(笑って)はよねろおっさん」



SE:廊下を歩いて遠ざかる足音


千佳「本当に仲がいいのね、慧と誼さんって」


誼「親があんな感じで、血を分けた家族っていう実感があるのは兄だけですから」


千佳「……でも、肉親と言っても、慧はあなたと違う。私が見えない」


誼「兄にも見えればよかったのにって思います」


千佳「ううん、見えなくてよかった」


誼「でも、見えていたらきっと……」


千佳「(遮って)慧、今日、由美子さんの横で笑ってた。作ったんじゃない笑顔だった……(静かに泣き出して)私ね、すごく嬉しいの。本当に、すごく嬉しいのよ」


誼「嬉しい……?」


千佳「(泣きながら、ところどころつっかえて)……ずっと慧は私だけに心を寄せてくれた。つきあってから八年もよ。私、充分愛してもらった。大切にしてもらった。死んでからも、この十年間、私のことを思って独り身を通してくれた。合わせて十八年……人一人が生まれて成人するまでの歳月よ」


誼「そう思うとすごいですね」


千佳「慧はね、私が体を悪くしてからずっと笑わなかったの。笑ってるように見えても全部偽物だったわ……私、今日やっとトンネルを抜けられたの」


誼「トンネル?」


千佳「ええ。本当に長かった……(泣き止んで、微笑むように)もう私、行くわ」


誼「行くんですか」


千佳「(さびしそうに)……もう、思い残すことはなくなったから」


誼「(少し間を置き、おずおずと)あのー、一つ聞いてもいいですか。」


千佳「一つだけなら」


誼「ずっと前から聞きたかったんです。千佳さんが拠り所にこの家を選んだのはなぜですか? なぜ転勤した兄について行かなかったんですか?」


間。


千佳「それは、慧がこの家から出たかったのと同じ理由よ。私も慧の笑顔を思い出せなくなっていたの。私のせいで慧がずっと苦しい顔してて、一緒にいるのがつらくなって……。だからこの家で待つことにしたの。あの人が幸せになろうと思う日がくるのを」





――終劇

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