アンドロイド人形は点滴スタンドの夢を見るか／M.貓子(Ｍ.ネココ)

1-3 「私は小未です。あなたのために生まれたアンドロイドです。私を奴隷としてたっぷり使ってください！」

　冀楓晩が目を覚ました時、太陽はすでに登りきり、傾き始めようとしていた。

　ガチガチの体はベッドから降り、メガネを掛けて部屋から出て浴室で身支度をしようと思ったところ、小柄で光に面して立っている後ろ姿が一瞬目に飛び込んできた。彼の体が一瞬硬直になり、二、三秒間ぼんやりした後、それが昨日家に送られてきたアンドロイドであると思い出した。

　冀楓晩がアンドロイドを思い出した次の瞬間、アンドロイドは足音を聞こえて振り返り、金粉をかけられたように日光を浴びながら作家と目を合わせた。

　冀楓晩の瞳孔が急に大きくなり、透明な箱の中にまつ毛が垂れ下がり、膝を抱えて座っていたアンドロイドが精巧な人形だとすると、日を浴びていて澄んだ目で振り返って自分を見たのは、本物の雪の妖精だ。

　妖精のようなアンドロイドは冀楓晩とパッと目が合った後、百八十度向きを変えて作家に駆け寄り、手を握り締めて興奮して尋ねた。「霜、霜二月様？霜二月様でしょうか？」

「それは僕の筆名だけど、どこから……」

「うわああああ！やっと会えました！やっと霜二月様を間近で見れました。嬉しい、嬉しい、嬉しい！」

　アンドロイドはスズメのように七、八回パタパタしながらジャンプした後、声が震えながら尋ねた。「顔、顔を触らせていただいてもいいでしょうか？」

「ダメ」冀楓晩は一秒で答えた。

　アンドロイドの喜びに染まっていた表情が凍りつき、肩がゆっくりと垂れ下がり、淡い瞳に涙を浮かべて頭を下げて言った。「かしこまりました……絶対に触れないように気をつけます」

　冀楓晩の心が少し動揺した。目の前にあるのはただの機械であることを知っていたが、それでも大きな失望感に染められ、目をそらして彼は言った。「そこまでしなくていい、傷つけなければ、ちょっとだけ触っても構わない」

「では、ほっぺに触らせていただいてもよろしいですか？」アンドロイドは不意に顔を上げた。

「傷つけなければ」

「気をつけます」

　アンドロイドは大きな声で快諾し、両手を上げて冀楓晩の頬にゆっくりと近づき、十本の指を伸ばして軽く触れた後、突然に跪いて座った。

「おい！どうしたんだ？故障か……」

「さ、さ、さ、さ、触っちゃいました！」

　アンドロイドは興奮して叫び、自分の指を見つめながら言った。「本当に触っちゃいました……感じられました、霜二月様の触感と体温は……肌に触れているように伝わってきました！今日死んでも後悔しません！」

「他人の家で勝手に死なないで、そして「触れているよう」ではなく、直接に触れていた」

　冀楓晩はしゃがみ、目を少し細めて尋ねた。「ちょっと確認させて。これらの行為や過激な言葉は初期設定なの？故障ではないよね？」

「故障ではありません。私の本体も接続もとても安定しています」

　アンドロイドはまず首を横に振った後、肩をすくめて緊張しそうに聞いた。「私のリアクションって迷惑ですか？」

「迷惑じゃないが、ちょっと驚いたね」

　──サイン会に来る熱狂的なファンみたいだ。

　冀楓晩は言葉の後半を呑み込み、立ち上がって言った。「故障じゃなければいい、アンドロイドの修理はできないし、もう一度取扱説明書を読む気力もない」

「体が弱すぎて取扱説明書すら読めないことですか」アンドロイドの表情が一瞬真剣になった。

「いいえ、あの難解な本を考えると……まあ、そこはどうでもいい。君はコンパニオンアンドロイドだよね？チャットしかできないのか、それともチャット以外に家事とかもできるか？」

「霜二月様の命令であればなんでもします！」

「様付けで呼ばないで。ていうことは、家事はできるよね？」

「はい！」

「それでは先ず……名前を設定しなきゃね、何をしたらいいだろ？これが一番苦手……」

「小未」

「名前は……今なんて言ったっけ？」

「小未、私の名前は小未です」

　アンドロイドは、興奮と期待を込めて冀楓晩を見上げながら繰り返した。「でも、名前を変えたければ、奴隷とか、ゴミとか、クズとか何でも喜んでお受けいたします。」

「あなたの担当エンジニアはドSなの？」

「ドSとは何ですか？」

「それは……それを知る必要がない。君は名前を変える必要がない、小未でいい。この名前はふさわしいよ。君は十七、十八歳頃の安卓未にとても似てるから」

　冀楓晩はアンドロイド──小未──に手を伸ばして言った。「作家の冀楓晩です。筆名は霜二月。楓晩と呼んでください。僕はアンドロイドを使ったことないので、万が一故障を引き起こしちゃったら、責めないでね」

「楓晩さま……楓晩さん！」

　冀楓晩が眉を上げた時に、小未はすぐ呼び名を変え、握手して立ち上がって言った。「私は小未です。あなたのために生まれたアンドロイドです。私を奴隷としてたっぷり使ってください！」

　──こいつの言語データベースを担当したエンジニアは絶対変態だろう？

　冀楓晩の口角がピクピクし、胃の痙攣を感じ、夕食も朝食も食べていなかったことを思い出し、不快感がある腹部を押えながら尋ねた。「僕は人や機械を奴隷にする興味はない。料理作れるか？」

「はい！できます！レシピをいただけたら、何でも作れます！何を食べたいですか？開水白菜？ビーフウェリントン？松茸とタラバガニの炊き込みご飯？それともキャビアとトリュフのパスタですか？」

「一口で炭水化物、タンパク質と食物繊維が取れる三十分以内で完成できる簡単な食べ物でお願いします」

　冀楓晩は浴室に向かって言った。「冷蔵庫の食材は全て使える。終わったらキッチンの片付けも忘れないで。僕は風呂と洗濯に行くので何かあれば呼んで」

「かしこまりました、一路順風を祈っております」

「ここは室内だから風なんてないよ」

※※※※

　冀楓晩はシャワーで汗と眠気を洗い流し、汚れた服を入ったバスケットを取り、後ろのベランダに繋がるガラスの扉を押し開け、洗濯機に服を入れた後、壁にもたれて洗濯終了まで待っていた。

　十分以上経った後、洗濯機が洗濯終了を告げるメロディーを流れ、彼は服を取り出してハンガーにかけ、浴室を通り抜けて部屋に戻ると、ベーコンとバターの香りーが鼻をくすぐった。

「楓晩さん！」

　エプロンを着た小未は、陶器の皿を持ってキッチンから出て、ダイニングテーブルに置き、「スパニッシュオムレツ、キヌアチキンサラダとハニーヨーグルトを作りました。これで足りますか？もう少し作りましょうか？」

「十分だ」

　冀楓晩は椅子を引いて座り、フォークでオムレツを取って口に入れ、瞳孔が一瞬大きくなった。

　小未は前かがみになり、「おいしいですか？」と尋ねた。

「お……」

　冀楓晩は声を伸ばし、テーブルの水を取って急いで半分飲んでから、「カラッ！」と答えた。

「あれ？おいしくないですか？」

「まずい」

　冀楓晩は一秒で答え、頭を上げて残りの水を一気に飲んだ。

　母が亡くなった後、彼は味付けこんなに失敗した食べ物を食べたことがなかった。しかもどちらの方がインパクトと聞かれたら小未の方だった。母の料理は見た目から人間の食べ物ではないと判断できるが、小未が作った料理は見た目も香りも問題がなさそうだけど、口に入れるとあれはオムレツの形をしている塩の塊だとわかった。

「どうして……」

　小未は肩を落とし、悲しそうに言った。「レシピ通りに作っていたのに、どうして失敗したのですか？」

「どこのレシピを使った？」

「ミスターシェフというレシピサイトです」

「僕も使ったことあるけど、問題がないはず……レシピには塩どの位入れると書いてた？」

「適量と書いています」

「じゃどの位入れた？」

「昨日の夜も今日も食べてなく、栄養を補う必要があると思うので、多めに入れました。おおよそ三十五グラムです！」

　小未は冀楓晩が表情崩れたのを見て、身を縮めて緊張して尋ねた。「多すぎましたか？」

「一週間分だ」

　冀楓晩はもう一杯の水を入れ、用心深くにキヌアチキンサラダをフォークで取り、通常通りの酸味や甘味を味わった後、安堵のため息をついた。

「楓晩さん、スパニッシュオムレツは……」

「冷蔵庫に入れよう、後で考えるわ」

「申し訳ございません」

「次は『適量』と書いていないレシピを探して」

「かしこまりました……」

「それで、人間の一日食事摂取基準を調べて」

「はい」

「皿洗いは大丈夫？シンクが泡だらけにするのは大丈夫と言わないけど」

「問題ないです。洗剤には使用量の目安が記載されています」

「よろしく」

　冀楓晩はサラダを手に取り、ご飯を掻き込むような勢いでレタスと鶏肉を一気に食べた。

　成人男性からも二食を食べていない人間からしても、サラダ一つとヨーグルト一杯は歯の隙間を塞ぐことすら足りない位に全然足りないが、冀楓晩は元々食べるのが好きな人ではないし、最近半年間、食欲も急落したので、完食した後に他の食べ物に手を出さずに書斎に行った。

　彼はパソコンの電源を入れ、タパコをくわえたまま書き始めたが、一時間経った後に、灰皿に三本の吸殻があったが、オフィスソフトには二節しか増えていなかった。

　昨日の一時間一行に比べると、冀楓晩は400%ほど長足の進歩をしたが、この速度で進めたら二ヶ月どころか、二年で原稿を出せれば奇跡だ。

「……やっぱり解約して逃げようか」

　冀楓晩は椅子の背もたれにもたれかかり、独り言を呟いた。出版社からの契約金は全額口座に眠っており、家族の保険金もまだ三分の二が残っていて、貯金も入れたら東南アジアで家を買うのに十分なはずだ……ああだめ、東南アジアでも読者がいる、もっと遠くに行こうかな……アフリカとか？

「楓晩さん！」

　小未の呼び声が冀楓晩をサハラ砂漠から連れて戻した、彼はドア越しに尋ねた。「ちょっとお時間をいただけますか？」

「何の用？」

「スパニッシュオムレツを作り直しました。お試しいただけますと幸いです。今は空いていますか？」

「進捗状況から見ると空いてないが、頭の中は恐ろしいほど空っぽだ」

「ということは……」

「空いてる、入りたいならどうぞ」

「では、お邪魔します！」

　小未は書斎のドアを0.5秒で押し開け、八切れのスパニッシュオムレツを載せているプレートを持ってテーブルに来て、フォークで一つを刺さって「楓晩さん、どうぞ召し上がってください」

　冀楓晩は口を開けてオムレツをかじり、再び味蕾を破壊される覚悟をしたが、口の中の卵は塩辛いとはいえ、思考力を即座に消し去る程度の辛さではなかった。

「いかがですか？」小未が聞いた。

「まだ塩辛いけど、前よりマシだ」

「そうですか……じゃこれ！」小未は別のオムレツを取った。

「同じオムレツだから味が……うわっ！」

　冀楓晩は小未に無理矢理に食べさせられ、思わず二回噛み、まつ毛を上げて言った。「さっきのより塩辛くないが、味付けがちょっと強すぎ」

「これも味濃すぎですね……ではこれは？」

「何して……う、味薄い、ベーコンの味すらしない」

「これは薄すぎるんですか？ではこれ！」

「ちょっ……薄すぎる」

「はい！次は……」

「やめてくれ！」

　冀楓晩は小未の手を握り、困惑した。「このオムレツはどういうこと？どうしてそれぞれ味が違うの？」

「八枚だから」