第二章 死体を盗んで来なければ(5)

 門神は何も言わなかった。

 陸子涼は眉を少し上げた。「あなたは……」突然目の端で何かをちらりと見た。「ああ!」と言って視線を移した。「俺のバックパックだ!」

 彼が持っていた黒いバックパックは浴槽横の隅にあった。

 先言いかけようとした話を置いて、早速そのバックパックを掴んできて、開けてみた。

「携帯もお財布もあった。クレジットカードや身分証明書も!よかった!もう二度取り戻せないと思っていた。何も落としていない、本当に良かった。もう乞食をしないといけないと思っていた。先ほどバスに乗ろうとしてもできなかった。その時……え?これ何?」隅の方に何かがあったと思ったら、手にして確認したら、それは小さな三脚が付いたカメラであった。

 三脚の足一本が壊れた。このカメラは明らかに浴槽の上に置かれていて、ぶつかれてからこの隅の方に落ちたのだ。

 陸子涼がぞくりとした。

 ――その殺人者はもしかしたら、殺人の過程をすべて録画していたのか?

 心の底から上がってきた恐怖感が喜びの気持ちを少しずつ飲んできた。指先が震えながら、カメラの電源を入れて、録画の内容を見るかどうかを迷っているところ、突然、浴室の外から変な音がした!

 陸子涼と門神がそろってその方向を向いて見た。

 玄関扉がシンとした。

 そして、カタっと微かな音が立った。今度、その音が明確に耳に入った。その動きは視線の盲点であるリビングルームの右側にあった。その音から考えると、多分誰かがゆっくり窓を押し開けただろう。

 陸子涼の全身が硬直になった。彼の視線がわずかに下がった。突然、リビングルームの床に射しこんだ日光が細長い人影に遮られた。

 誰かが窓から入ってきた!

 陸子涼が総毛立った。殺人者が戻ってきたのか?どうして正門から入ってこないのか?それに、ここは四階だろう?!

 門神がいきなり彼の手を掴んだ。

 陸子涼が我に返って、カメラをバックパックに入れた。その次の瞬間、目の前に白く光った。門神の方からある力が寄ってきて、瞬時に彼をこの空間から別の場所に移した。

 古い浴室にいた人たちがあっという間に姿を消した。

 リビングルームの窓の横に、黒いパーカー姿の男が静かに降りてきた。

 彼は再び視線を正門に向けて確認した。

 昨夜ここを出た時に、正門をしっかり閉じていなかったが、今はしっかりと閉めている。

 誰かがここに入ってきたのは確かなことだ。

 男はゆっくりと入ってきて、まず気づいたのは床に折れた棒があることだ。

「……」

 その棒を跨いで、ものが散らかっている浴室に入って、ずっと懸念していた浴槽に視線を投げると――中には冷たい水だけが残り、他に何もなかった。

 あの素敵な死体はいつの間にかなくなった。

「お?」


 ◇


 下がり坂の山道に、陸子涼はバックパックを背負って、門神と肩を並べて歩いた。

 少し歩くと、陸子涼が振り返って確認していた。すると、彼は我慢できずに聞いてしまった。「誰もその暗渠の近くに行かないのは確かなことか?」

「夏の場合、釣りに行く人がいるけど、冬場なら一般的に言えば誰もいかないのだ。寒いし、滝の水量も大幅に減ったから、あまり見どころがないだろう。不安であれば、毎日ご自分の死体を確認しに行ってもいいよ」門神がゆっくりと言った。「でもそうすると、誰かがあなたの不審な行動に気づいて、尾行するかも。死体が発覚してしまったりすると、警察に通報してしまい……」

「もういいよ。この話をやめよう」陸子涼が言った。「信じてあげるわ。あそこの石壁に氷柱もできているし、冷蔵庫のような環境だよね。死体がすぐには腐らないと思う。死亡した時点の傷以外に、新たな損傷を起こしてはいけないと月下老人が言ったな。腐ることは別だろう?」

「自然な変化がもたらす影響はそれほど大きくない。ずっと死体を守るよりも、その時間を使って月下老人が説明した任務を実行したほうがいいと思う。誰かと恋をして、法器のバランスを図り、命を取り戻すこと。紙人形の消耗が速く、生きている時と同じく自由に行動できる時間はあと一か月くらいしかないと思う。それから病気になって、時間が立つとともに悪化して、薬さえ治せない状態になってしまうのだ。その期間が長くなるほど、あなたが受ける苦痛も増えてしまうのだ」

 門神は足を止め、青面獠牙の仮面が彼の方を向いた。

「普通のペースで恋を実現することを考えては駄目だよ。非常に積極的なやり方で、人を騙すまで辞さずに詐欺をしても、自分の命を取り戻そうとしないといけないよ」

 陸子涼はもちろんそれを知っている。彼が暫く待ってから笑い出した。「下劣だよね。あなたは本当に神様なのか?このような浅ましいアドバイスをさえ言えてしまって、チッ、それはよくないわ」

「恋と命、どちらが大切なのか?」門神が真剣に言った。「あなたは一か月だけの時間で、本当の愛を手に入れると思うナイーブな人じゃないだろう?天秤法器のバランスを取らせるにはどれぐらい大きな愛が必要だと知ってる?命を取り戻すための恋をするには、意図的にデザインした部分がないと、任務を完遂するには無理だと思う」

「じゃ、あなたを選んでもいい?」陸子涼は突然言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る