第二章 死体を盗んで来なければ(3)

 陸子涼の指先が抑えきれずに震えた。

 名状しがたい恐怖が心の底から湧き上がり、一瞬にして全身が冷え込んだ!彼は二歩前に出て、浴槽の前で立ち止まり、そしてビクともしなかった。

 彼は自分が殺されたことを知っており、昨夜自分の死体にも触れた。しかし、再びそれに直面したとき、自分と全く同じだが真っ白の顔を見ていると、依然として言葉では言い表せない恐怖を覚えていた。

 彼は突然、どうしたらいいか迷った。

 果樹園からここまで小走りしている間、彼は空気を吸い、汗をかき、運動の快感を楽しんで、自分が死んだという事実を一時的に忘れた。自分が非常に生き生きとして活力に満ちていると感じ、昨夜の真っ白さとこわばり、そして不思議な経験は悪夢に過ぎないと思わせた。

 しかし、この古くて汚い浴室は、彼を一瞬で現実に呼び戻した。

 陸子涼は重く呼吸して、自身を圧倒しそうになった突然の恐怖の高まりを必死に抑えた。

 しばらくしてから、自分の体を浴槽から引っ張り出すために彼は身をかがめた。

 冷たい水に浸かっている死体はすでに冷えて、硬直していたので、彼は両手で死体の脇の下を掴んで強く引っ張ったが、上半身しか死体を水から出せず、次の瞬間また水の中に落ちてしまった。――重すぎる!

 死体は元の体重より遥かに重くなっているようだ。まるで水をいっぱい吸っていたように、濡れて滑りやすく、掴みにくかった。

 陸子涼の全身が飛び出た水でぐっしょりと濡れたが、あきらめなかった。彼は再びかがみ込み、死体の脇下に手を突っ込んで、服の生地をつかみ、歯を食いしばって強く引っ張った。

 どさっ!

 死体の上半身が再び引き上げられて、彼は後ずさりして死体を浴槽から思い切って引きずり出そうと考えているところ──

 ドン。彼の背中が何かにぶつかったような感じがした。

 陸子涼が急に手を止めると、誰かが彼の耳に近づき、そっと尋ねてきた。

「手伝いましょうか?」

「──!」

 陸子涼が衝撃を受けたように驚きすぎて頭がクラクラした!

 彼はすぐに死体を手放し、ふと振り返り、非常に乱暴に後ろの人を押した!

 カラン─

 後ろの人は不意を突かれて棚にぶつかって、瓶や缶でびっしりとたたきつけられた。

 その男は小さい声で『痛い!』と叫び、顔を上げると、陸子涼が横にあるモップを振っているのをすぐに目に入った。陸子涼が兇悪な目つきをしていて、殴り殺したいような姿勢を見せた!

「おい!やめて!」その男は驚いて叫んだ。

 しかし、モップが勢いよく止められず、力強く男の額に当たった!

 パッ!

 なんと、モップのスティックが二つに折れてしまった。

 陸子涼は目の前のことを不思議に思った。

 スティックが折れた鋭い先端を速やかに確認して、陸子涼はスティックの持つ方向を変えて、両手でしっかり握った。男の体に穴を開けるつもりで力強く一気に刺していく。


 その男はびっくり仰天して、すぐに手を挙げて言った。「やめてってば!」

 その時、目に見えない力は陸子涼が握っているスティックを止めて、そして強く引っ張った。すると、スティックが陸子涼の手のひらから抜け出し、そのまま浴室の外に投げされた。

「何……!」武器を失った陸子涼は、毛が逆立つ猫のように、神経を張り詰めて敵を見つめていたが、突然、その人が青面獠牙の顔をしていることに気づいた。それは人間の顔ではない!

 陸子涼は驚倒して、後ろ向きに浴槽に倒れそうになった。「えっ!?うわぁああ――お化けだ!」

「……」

 地面に倒れていた男は呆れて何も言えなく、狼狽えて、多くの瓶や缶の中からゆっくりと立ち上がった。「お化けを見たのはこちらだ。手伝いましょうかと言っただけなのに、なんで私を攻撃してきたのか?……痛っ!紙で作られた人形なのに、なんであんなに力が出るの? ! 痛かった!」

 陸子涼はまだ落ち着きを取り戻していないが、その恐ろしい顔にじっと見て、手でむやみやたらに探しまわった。その時、ある短いブラシをつかみ、相手を脅かした。「近寄るな!くそー、この悪鬼あっき、俺は二度と殺されないぞ!」

「悪……ハッ!マジか。よく見てくれ、これは仮面だ!」彼が話しながら、指で自分の顔を軽くたたき、カチッという硬いものの音を立たせた。「私に指を差して、悪鬼と呼んだのはあなたが初めてだ」

 陸子涼はその青面獠牙の顔を怪訝に見つめていた。しばらくすると、顔に見覚えがあると思い、「あなたはその門神か?月下老人廟の?」と言った。

「え……、はい、そう考えればいい」門神が笑顔で言った。「あなたは本当に剽悍だ。知らなかった人なら、あなたは剣道を習っていると思ちゃうよね。水泳の強化指定選手はモップでこのような――おい、おい、危ない!」

 門神は突然乱暴に陸子涼を横に押した。

 陸子涼が床に転び、慌てて振り向いた。その際、彼が手を放したせいで浴槽の縁にかかっていた死体が間もなく真っ逆さまに床にぶつかりそうになっていた。

 陸子涼は目を大きく見開いた。死体が床に落ちたら、必ず損傷が発生するだろう!

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