サマープロジェクト

Irene309/KadoKado 角角者

Season 1

#0 目覚め

 光が開いたカーテンの隙間から研究室に入り込むと、空気中の埃すらはっきり見えるようになった。夏は蒸し暑く、コンセントを差し込まなくても回っている古い扇風機からうるさい音が響き、狭い空間にこだました。噪音は少し耳障りだったが、ソファーで横になっている女はあまり気にしていなかった。


 女は開きっぱなしの文庫本で顔を覆い、骨っぽい手を交差して腹の上に乗せた。彼女は夢の中にいるようで、周りに置かれた年代物の家具に溶け込んでいた。


 重量感のあるドアが誰かに慎重に押されて開いた。静寂を破る微かな声に、既に疲れ切っている彼女は少しも反応しなかった。


 セーラー服を着た女の子が研究室の中に入った。最初は困惑したが、さっそくソファーで熟睡している女を発見した。女の子は思わず笑い出したが、慌てて自分の口を押えた。


 本当は机に山積みになった書類を整理しようと思ったが、考え直して最後は音を立てないように椅子を引っ張って、彼女のそばに座ることにした。


シー、おめでとう」女の子が軽い声で言った。


又夏ヨーシャ


 文庫本の下から聞こえる声に、林又夏リンヨーシャの表情は驚きに変わった。謝罪の言葉を待たず、女は顔の上にあった本を取り上げた。


「もう来ないでって言ったよね?」と言って本を閉じた。


「でも、せっかくあなたの研究が発表されたのに……」


 チェンシーはまっすぐ座って、我慢できずに自分の前髪を掻きむしった。ゆったりした黒いパーカーをぶかぶかのまま身体に掛けると、痩せた体型が更に目立った。


 突然起きたからか、それとも他の原因かはわからなかったが、又夏の顏が陳晞の視線ではまだはっきりと見えなかった。彼女は至近距離にある又夏の顔の、まるで子犬のように残念そうな表情をあまり見えなかった。


 陳晞は眉をしかめて自分の両目で焦点に当てたが、だめだった。どれだけ目に力を入れても、子供みたいな顔は依然として浮かび上がらなかった。彼女が林又夏であることはわかる。それはわかる。一生忘れることはない。もしかしたら来世でも覚えているかもしれない。


「ここにいないじゃない」


 顔を抑えている指の隙間から聞こえる陳晞の声は苦しそうに聞こえた。


「ここにいるわけないじゃない」


 なぜなら、数年前、彼女が自ら林又夏を送り出したからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る