彷徨える俺

はるノ

彷徨える俺

 浮いてる。

 いや、浮いてるというより上昇してる感じ?

 真っ暗な中をただただ昇っていく。

 ああ思い出した。これはアレだ、中学生の頃、眠れない時によくやったアレ。

 仰向けに寝て目を瞑る。

 両の手のひら、両の足先、肘、膝、肩、腿、お腹と、身体全体に意識を通す。そのまま天井まで浮くイメージで屋根を抜ける。家が町が日本が小さくなってく。成層圏を抜ける。丸い地球が遠ざかる。ああ、あんなちっこい星にいたんだなあと思ったところで眠りに落ちるんだ。

 いや違うな。なんか違う。

 真夜中には間違いない。こんなに暗いし静かだし。

 夢?

 思ううちに足先が地面に着いた。冷たい。なんだ俺、裸足だ。

 腹が減った。

 ん?

 口の中に温かくてほんのり甘い味が広がる。

 なんだろう、何かに似てる。たしか……。

「うわっ」

 足元の地面がふいに消えて、まともに落ちた。

 咄嗟に出した左手が痛い。ヤバ、折れてるかもしれない。

 たまらず叫んだ。

 ……あれ?

 痛くない。痛みが消えた。

 前方からバスが来る。

 懐かしいな、昔通ってた幼稚園のバスだ。

 窓から友達の顔が覗いてる。けどはっきり見えない。

 開いたドアからステップを駆け上がる。

「シュート、シュート!」

 蹴り出した足がボールに届いた。ゴールネットが揺れる。やったやった、逆転!

 集まってきた仲間にもみくちゃにされ、仰向けに引き倒される。

 雲一つない青空。

 ……いや、夜だったよね今は。

 ぐるりと辺りを見回す。墨を塗ったように真っ暗だ。

 自分の足音だけが響く。

 どこに向かって歩いているんだろう。

 あんまり考えたくなかったけど……もしかしてもしかしなくてもさっきのアレ。

 走馬灯、ってやつ?

 女の子が手を振ってる。見た顔だ。可愛い。えーと誰だっけ?俺は手を振り返しつつ近づく。

 女の子はニッコリして手を差し出した。俺はその手を握った。白くて柔らかくて、少し冷たい。するとその手はみるみる大きくなって、俺の身体をすっぽり包み込んだ。やめろ、苦しい、くる

「目を開けた!先生、せんせーい!」

 あれ。

 まっしろ。

 病院?

「よかった、本当によかった。もうダメかと」

 カーチャンが泣き崩れてる。

 ああそっか、俺……どうしたんだっけ。

「散歩中に後ろから車にぶつけられて10mくらい吹っ飛んだのよ」

 ははあ。俺、空飛んだんだ。

 左腕が包帯ぐるぐる。

 待てよ。あの女の子誰?

「は?」

 え。

 あ。

 あれ、あの子カーチャンじゃん。小さい時の写真そのまんま。やば、可愛いとか思っちゃったよ。はは。

 窓から日が射して、かすかに雀の声が聞こえる。

 そっか、俺は夜の中にいたんだな。

 今は朝だ朝。圧倒的に朝。

 俺、生きてる。

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彷徨える俺 はるノ @osk_23

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