わたしのための朝
根ヶ地部 皆人
わたしのための朝
あの
勇者の血を引くというだけで村のみんなからちやほやされる、イヤな奴。
誰にでも笑って見せて、誰とでも友達みたいな顔をする。
ケンカがあれば割って入って、たちの悪いイタズラっ子が出れば一緒に謝って、それだけでみんなが仲直りする、許してしまう、そんなあの娘が嫌いだった。
世界のすべてが自分のモノかのよう。
今日という日が自分のためかのよう。
嫌い。
大嫌い。
そんなあの娘が好きになれないわたしも
こんなわたしにすら優しくするあの娘も
嫌い。きらい。だいっきらい!
それはある年の秋祭り。
岬の祠に突き立った古ぼけた剣を、村人みんなが一人ずつ引いてみるくだらない儀式。
どうせ抜けやしないのに。
錆びて朽ちかけた骨董品なのに。
老人たちが口うるさく守るしきたりのために、無駄だと知ってるのにみんなが溜め息をついて続けてる、どうしよもうなくくだらない儀式。
そのはずだったのに。
剣は抜けた。
わたしの手に吸い付くように、去年まではびくともしなかったのに、するりと抜けた。
わたしが抜いた!
それから、わたしの日々が始まった。
勇者の血を引くというだけの、なんの取り柄もない
みんなが私に笑って見せて、みんながわたしの友達になる。
ケンカがあれば両成敗。たちの悪いイタズラっ子が出ればゲンコツ1発。それだけでみんなが仲良くする。お行儀がよくなる。そんなわたしになっていた。
世界のすべてが自分のモノかのよう。
今日という日が自分のためかのよう。
素敵。
とっても素敵。
わたしに優しいこの村も
あの娘を無視する村人も
好きすき素敵。大好きよ!
やめたほうがいいよってあの娘は言ったけど
ヤキモチ妬いてるだけだもの。
言うこと聞いてってあの娘は叫んだけど
癇癪おこしてるだけだもの。
世界はわたしのもの
この日々はわたしのもの
あの娘のものじゃあないんだから!
だから、その日もわたしのための朝が来た。
見なさい。
わたしは村人達に囲まれて、胸を張って立っている。
見てごらんなさい。
あの
「さあ勇者さま」
「勇者さま!」
村人たちが叫ぶ。あの娘に無理強いする。
「あの邪悪な魔王を倒してください!」
いい気持ちだわ。
あの娘は脇役なんだもの。
わたしのための朝だもの!
わたしのための朝 根ヶ地部 皆人 @Kikyo_Futaba
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