3 上司になることって素晴らしい
「はい、はい、Rodneyは経験豊富ですから……大丈夫です。必ずやってくれます……」
黄佑恩は謝旻娜が電話で話している声を聞いて、追加の仕事から逃げられないと思っただけだった。
案の定、他部門から忘年会会場のレイアウトと小道具のデザイン、動画制作を「熱意を持って」引き受けた。
黄佑恩は三回も白目をむいた。
昼食休憩時間に黄佑恩は蘇小卉と近くの店までランチに行ったとき、謝旻娜に文句を言わずにいられなかった。
「信じられるか?先週、忘年会の話をしたとき、部長は俺たちに対して不服そうに『あれは人事部の仕事なのに毎回宣伝部に振ってくる』とか、『自分達はいつも自由に使われる駒だ』とか言ってたんだぞ。結果は?振り向いて笑いながら雑務を押し付けてくるんだ。部長のそういう態度のせいで、他部門から、俺たちは楽しく仕事をしていると思われているんだ」
「ひどい、裏表のある人なんですね」蘇小卉も同意せざるを得なかった。
「それと、部長がさっき動画の録音の仕事を振ってきたとき──職場のグループで不満そうに社長の頭が固いとか、動画の録音は簡単で、少しの時間で済ませると思ってると言ったけど、実際私たちが何本も作って、その中から一本だけは選ばれた。作業のほとんどが時間の無駄だったんだ。結局、社長は三本しかの動画制作を要求してなかったのに、自分勝手で『積極的』に俺たちに七本作るように言ったんだ!ただ社長の前でいい恰好したいだけだ。あいつは社長の陰で文句を言ったが、結局社長と同じ、部下の時間や仕事で負担をかけることをなんとも思っていないんだ」
愚痴を言い出すと止まらなかった。蘇小卉は優秀な聞き手になって、頻繁にうなずき、適切なタイミングで憤慨した。
「つまり、部長は部下の負担を減らさない。上からの無理な要求も断らない。部下に迷惑ばっかりかけてる上司ってことさ」黄佑恩は最後にそのように話をまとめた。
「本当に大変だったんですね」目に涙をためながら黄佑恩を見る彼女に、彼は一瞬ビビビッときた。
「聴いてくれてありがとうな。全部言ってスッキリしたよ」黄佑恩は満足げにそう言った。
「そんなこと言わないでください。楽しかったですよ」蘇小卉は白い歯を見せて笑った。曲線を描いた目がとても可愛らしかった。「すみません、ちょっと質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「Rodneyはなぜレンタル部下を頼もうと思ったんですか?」
「それは……」その話をするとき、黄佑恩は少し憂鬱そうになった。「社会人になったばかりの頃は俺も夢があって、いつか自分も管理職になることを夢見て一生懸命仕事をしたよ。でも、だんだんわかってきた。部長はずっとあのポジションにいるんだろうし、俺の番は永遠に来ないんだ。転職してもここより給料が良い仕事は見つからないだろう。結局、金が全てさ」
「だから、上司になることはどういうことなのか、体験したかったんですね?」
黄佑恩は申し訳なさそうに言った。「えっと、自分の仕事を分担したかった」
「そうですよね、仕事量が多すぎますもの」
「そういうことさ」黄佑恩は力強くうなずいた。
三日が過ぎ、平社員のうち黄佑恩だけは『アシスタント』がいることを不思議に思う者が会社からいなくなったようだ。皆それを当たり前のことだと思い、蘇小卉をじろじろ見ることもなく、まるで元からこの場所で働いているようだった。ただ一人――通称Leoの宣伝部の
彼は会社で唯一蘇小卉に関心を持っていた人だった。蘇小卉がどこか行くと、李亞駿もそちらに目を向けた。常に興味津々だ。黄佑恩は早くもそのことに気が付き、強烈な不安に襲われた。自分の直感が言っている――李亞駿は蘇小卉の存在を疑っているのではないが、他に何か意味が隠されているはずだと。
「小卉、これあげます」昼食を終えた後、スタバのコーヒーを蘇小卉の机に置いた。「今日一つ頼むともう一つ無料でもらいましたので。コーヒーはお好きですか?」
「あっ、ありがとうございます。すみません」蘇小卉は少しびっくりした。
「いえいえ」李亞駿は笑顔でそう返した。
その後、蘇小卉が黄佑恩から頼まれた忘年会のレイアウトの壁のデザインの制作に急いでいるとき、李亞駿は突然自分の椅子をこちらへ移動しながら、「うちの会社のブランドビジュアルの規定によって、この楕円のデザインは間違えていますよ。弧を調整する必要があります……」それから二十分近くにわたって彼女へ熱心に説明した。
その様子を見て、黄佑恩はちらちら見ずにはいられなかった。心の中では『彼女の上司は誰だと思っている?俺だよ!』と叫んでいた。蘇小卉が仕事で疲れてあくびやストレッチをしていたときも、李亞駿が突然彼女の後ろに現れ、肩もみを始めた。「そんなに気を張り詰めないで。たまには立って歩きましょう」
蘇小卉は彼の突然の行動に驚いたが、抵抗することなく、少し慌てて恥ずかしそうな表情を見せるだけだった。
李亞駿は色々彼女に話しかけていた。だが彼は黄佑恩がすごく怒ったことをまったく気付かなかった。
「仕事は順調かい?」四日目午前、黄佑恩は蘇小卉のそばに来て状況を確認した。「何か困ったことある?」
「大丈夫です」と言った蘇小卉は少し遅れて「問題は部長に少し困っているくらいです」と答えた。
「どんなことで困ってる?」
「部長が言ってきたんです。この色は絶対社長がOKしないって。デザインはどれもとても良かったのですが、社長に選んでもらうために、もう何本か作らなければなりませんでした。もう七、八本も出しましたのに……それから忘年会の動画制作を始めたんですが、部長がいつ出来上がるのかと聞いてきましたので、少なくとも三日はかかると答えました。そしたら部長が、社長は今日の午後にチェックするんですって!……さすがにできないですよ」
「社長、社長、何でもかんでも社長だよ!」黄佑恩は鼻で笑った。「社長はこんなこと言ってないかもしれないとうけど、それは全部、社長が『必要かもしれない』と部長が推測することしかない。あるいは、社長の名前を借りただけで、実際は部長の考えなんだ」
「あと、後ろの壁のデザインを社長が選択しているとき、そのうちに二種類はブランドのコンセプトからかけ離れているって、今後このようなデザインを制作しないようにと指摘されました。戻ってきてから部長に叱られましたが……二つのデザインはなかなかいい感じだと言ってましたよ」蘇小卉の頭には疑問符がぐるぐる回っていた。
「それはもう日常茶飯事だよ」黄佑恩は肩をすくめながら言った。「動画は急いで提出することはないよ。この二日間で完成すれば社長だって何も言ってこないよ。社長に聞かれたら、何パーセント完了したか報告するだけでいい」
「本当ですか?」
「ああ、社長も君が一生懸命作ったことを知れば難癖つけたりしない。部長も君が社長の了承を得たのなら、とやかく言ってこないさ」
「すごい!やっぱり職場のベテランですね」と蘇小卉はほっと一息ついて、「そうだ。Rodney、Illustratorの使い方がよくわからないんです。教えてもらっていいですか?」と言いながらソフトを立ち上げた。
「もちろん。ちょっと見せてみ……」黄佑恩はマウスを手に取って操作方法を教えた。しばらくレクチャーしてから、「これでOK」と説明を終えた。
「ああ、そうなんですね。ありがとうございます。Rodney!」と蘇小卉は嬉しそうに感謝の言葉を口にした。
黄佑恩はにっこり笑いながら、心の中では何とも言えない優越感に浸った。『部下』が素直に言うことを聞いて、自分の「指導」で成長して尊敬のまなざしを向けて、しかも、愚痴をこぼしたときは自分の苦労のように聞いてくれる姿を見ると、形容しがたい達成感がそこにはあった。
上司になるって、こんなに素晴らしいことだったのか。
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