第陸話 師匠との出会い
「……ぁ」
目が覚めると私は赤ん坊になっていた。
まぁそれは知っていたので、別に問題はない。
問題は、雨に当たりながら一人ぼっちなことだ。
首が動かせず、上の景色しか見ることができないが、推察するに整理された林の中だろうか。等間隔に木の幹が並んでいる。
あのギザギザした葉がつく樹は柊だろう。白い小花が咲いている。
まさかこの世界に地球で見た植物が存在しているとは……考察しがいがありそうだ。
柊という樹は寒い時期の冬に花を咲かす。ということは今は冬か。
地球では桜が散る時期の春だというのに。
しかし、このままでは死んでしまう。
空のこの暗さは雨雲により太陽が遮られたのか、それとも夜だからか。
にしてもこの身体に転生するまで、頭がうまく働かなかった。
あの空間の為す技か、はたまた考察されると困る出来事があるのか。
思い出してもぼんやりとしているからな。
おっと。考えすぎて痛覚が鈍くなってきたようだ。
これは転生早々、死ぬかもな。
「誰だ」
誰か来たようだ。
こんな辺鄙なところに来る人だ。悪人か?
「儂の敷地内に子供を置いたのは」
違った。
この人の私有地だったようだ。
辺鄙なところと言って悪かった。
茶色の長髪にモノクルをかけた赤目の男。
「お主、その瞳……」
なにか変か?
この世界に鏡があるのかは知らないが、早急に身だしなみを確認しなければ。
「利用価値がある。弟子にしてやろう」
そう言って連れ去るあんたは何者だ?
まぁいいか。便宜上『師匠』と呼ぼう。
弟子と言うくらいだ。何かしらの研究者だろう。
……師匠、赤ん坊を運ぶのに慣れてるな。
「魔法の鍵、解除」
ふわん。とした風が流れた。
どうやら師匠は魔法を使えるようだ。
「結界術発動」
先程の風よりも少し勢いのある風が流れる。
しかし、魔法にも種類があるのか、はたまた……。
「……帰ったぞ」
呟くように小さな声で言う師匠。
なにかしらの暗号か? 空気が変わった気がする。
「お主、腹は減っているか?」
師匠の家らしき場所に連れて行かれる。
沈黙が嫌いなのか、話題作りか、話しかけてくれるようだ。
「ぅう」
減っていると答えようにも、この身体はまだ口が回らない。
頷こうにも首は動かない。
「大丈夫だ。伝わる」
目線を合わせてくれた。
師匠は心が読めるのか?
「お主が思いそうなことを予測して喋っているだけだ」
「ぅおぃ」
「そうか。ほら、ここが今からお前の家だ」
その家は、整理された林の奥、花びらが舞う草原の中にぽつんと建っていた。
丸太を使い建てられたであろうそれは、自然と凄く調和していた。
たとえ周りの植物が皆、師匠に植えられ管理されていたものだとしても。
「腹一杯で寝たか」
儂の腕の中でぐっすり眠っているようだ。
子供用のベッドは無いから、布で包んで床に置いておこう。
「……子供を拾うことはないと思ってたんだが」
子供は嫌いだ。
何を考えているかわからないし、純粋かと思いきや不純な奴もいる。
ただ、『女神の愛し子』に限っては魂が清純な者から選ばれ、良い子に育つと聞いている。
それにこの子供からは知性を感じた。
瞳の奥に、長考する様子が見て取れた。
「爺ちゃんが子供拾うなんて初めてじゃ〜ん」
「木の精霊か」
「うん。今は私の番だよ〜。ん? あれれ? ……女神様の愛し子!?」
「どうした?」
普段はのほほんとしている木の精霊が焦っているようだ。
「どこで拾ってきたの!?」
「急に目の前に近づかないでくれ。目がチカチカする」
「そんな場合じゃないよ! 精霊にとって一大事!」
「……近くの林だ。君が管理している」
「えぇ!? そんな気配は……いや、女神様が隠された? 確かに瞳を見るまで分からなかったし……ちょっと他の精霊に相談してくる!」
バビューンと飛び去っていった。
「あらあら。あの子ったら」
「花の精霊か」
「えぇ。まさか貴方が魔術を使うとは思わなくてね。様子を見に」
おとなしやかな性格の花の精霊。
その中でも知識のある精霊が来てくれたようだ。
「女神の愛し子に魔法程度では、護れないからな」
「そうね。ここ一帯の精霊は、その子に無条件で惹かれてしまう。そのせいで他のハイエルフたちに、愛し子の存在がバレてしまうでしょう。そうすれば貴方が嫌いな『精霊師』にその子が奪われてしまうわ」
「あぁ。だから私有地全体に結界を張った。聖霊様が許可をしたということは、女神にとっても望まれない結末になりうるということだろう」
「あら、ちゃんと拾った意味をわかっているのね」
「そりゃ、儂は『研究師』だからな」
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