消防車

甲斐 林介

消防車

ぼくが「うえーんうえーん」と泣くのを、人は「サイレン」だなんて名前をつけた。「サイレント」みたいな名前のくせに、ぼくの泣き声を皆こぞって「うるさい」と言うんだ。「ト」が消えると、うるさくなるんだ。「ト」には、皆を静かにする力があるみたい。ぼくが人間を乗せて走ると、そこには人集りがある。そこを取り仕切る奴が、「離れてください!」って叫ぶんだ。それに従って遠く離れる人もいる、従わずに呆然とする人もいる。ぼくはその人集りがいつもうるさいから「ト」って叫んでみようかな。一文字で済むおまじないだなんて、画期的だね。「うえーん」と泣きながら、夜や昼を、ぼくは駆けるんだ。赤い人がぼくから降りて火を消したり人を助けたりする。ぼくは遠くからそれを見るんだけれど、赤い人と火は見分けがつかないんだ。その赤い火の中から赤い人は出てきてようやく見分けがつくんだけど、そんな事を思ってたらぼくの脇腹のホースをとって、ぶしゃっと、ぼくの中身を出すの。本当は痛いんだ。すごく痛い。ぼくがいつも「うえーん」と泣くのは、その痛いのを覚悟するためなんだ。ぼくはそうしながらも優秀だからさ、遅くも早くも火が消えて、人が助かって、皆が嬉しそうにしてるの。その中で、皆ぼくに一つも感謝をしないで、泣いてるんだ。ぼくはなんだかいつも、そういう時にひとりぼっちな気がするの。ただ眺めるだけ。痛いのを我慢して、泣いて、何も無いの。本当はね、本当は、ぼく、働きたくない。こんなに惨めな思いをするのなら、最初っから働きたくないの。でもね、仕方が無いからさ。火で燃えても、いいじゃないかって。たまに、思うんだ。ダメなのは分かってるよ。だからぼくが我慢してるからさ…。

なんだか、ザワザワするね。ぼくが働く時間みたい。夏の昼間にボヤ騒ぎを起こすだなんて、生き急いでる奴もいるもんだね。また、ぼく泣いちゃうみたい。うるさいって言われちゃうみたい。悲しくなってきたよ。なんだか、悲しいよ。涙が出そうだ…。

「うえーん、うえーん。」

「隊長!消防車のサイレンが勝手に鳴っています!」

「バカ。たまにゃこうしてやらないといけないんだよ。」

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消防車 甲斐 林介 @rinkaisuisan

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