深夜の散歩で起きた出来事

hibari19

第1話

「確認が取れたから、これから送るわね」

 その人は、涼しげな顔でそう言った。

「あの、」

 私は恐る恐る、その人に聞いた。

「これって補導になるんですか?」

「そうねぇ、深夜にふらふらしてるなら補導するけど、落ちていたスマートフォンを交番に届けに来てくれたんだもの、悪いようにはしないわ」

 その人はそう言って、ウィンクをした。よく見ると、とても整った顔立ちの婦警さんだ、こんな顔に生まれたなら人生が楽しいだろうな、なんて思ってしまう。

 そんな綺麗な婦警さんは、ただしーーと声をひそめて。

 少し話を聞かせてね、と言った。

「はい」

 私は頷くしかなかった。


「こんな時間にお散歩なんて、よくするの?」

「そうですね、割と」

 車の助手席に乗ると、静かに発進した。パトカーではない、白の軽自動車だった。

「一人で?」

「今は、一人です」

「そう」

 私はハンドルを握る手を眺めていた、細い指だなぁと。

 もっといろいろ聞かれるのかと思ったけどその後はしばらく無言で、逆にいたたまれなくなる。

「以前は、おばあちゃんと歩いていたんです」

「そう」

「おばあちゃんは、少し認知機能が低下してて夜になると不安になるみたいだったんです。前からお散歩は好きな人で、だから歩くことで落ち着くみたいで、それでよく一緒に歩いていたんです」

「そう、優しいのね」

「外に出ちゃダメなんて、可愛そうで言えなくて」

「お母さんはお仕事?」

「はい、夜勤の仕事が多いので」

 さっき、婦警さんは母の職場に連絡していたので、だいたいの事情はわかっているはず。母子家庭だということも、母が看護師だということも。

「今は一人でお散歩してるって言ってたけど」

「おばあちゃん、死んじゃって」

「そう」

「熱が出たと思ったら、あっという間に肺炎になって、あっけなく」

「寂しいね」

「あと少しだったのに」

 くやしくて堪らない。

「あと少し?」

「あと半年で私、高校を卒業して就職するつもりで。そうしたらお金も余裕が出来るから、お母さんも夜勤やらなくて済むし、おばあちゃんも寂しい思いしなくて済んだのに」

「そうね、でも。こんなに優しい孫がずっと近くにいてくれたから、きっと幸せだったと思うわよ」

 幸せ? そうだったらいいなぁ。

 いつの間にか、自宅付近まで来ていて車も停まっていた。

「あれ、すみません。私の話ばかりで」

「いいの、話が聞けて良かった。今度、深夜にお散歩行きたくなったら私に連絡してくれる? 一緒にお散歩しよう」

 そう言って、名刺をくれた。

「この番号なら、いつでもいいから」

「あの、仕事じゃない日だってありますよね?」

「うん、どっちかというと、そっちの方が嬉しいかな」

「え? それって、なんかナンパみたいですね」

 婦警さんの優しそうな笑顔を見ていたら、からかってみたくなったのだ。

 そうしたら、意外な返事が来た。

「うん、まぁ、そう取ってもらって構わないよ」

「えっ、まじ?」



 深夜に散歩しスマートフォンを拾って交番に届けた結果、綺麗な婦警さんにナンパされてしまった件。




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