死が二人を別つまで
密(ひそか)
死が二人を別つまで
私たちは生まれたときから一緒だった。私たちはこう呼ばれていた。伊邪那岐神と伊邪那美神。私たちは二人で一つのものとして生まれた。
この世界を創りし、天つ神。彼らに望まれて私たちは生まれてきた。だから、私と彼とは生まれてから死ぬまで、ずっと一緒だと思っていた。
生まれたばかりの私たちに、天つ神たちは国造りを命じられた。
「この漂っている国を修めまとめ固めよ」
それは、のちに修理固成と呼ばれた。私たちは、天の沼矛で海水をコヲロコヲロと掻き回したら、沼矛から滴り落ちた塩が重なり積もりに積もって島ができた。島の名前は淤能碁呂島。初めての二人の共同作業だった。
それから、私たちは淤能碁呂島に降りて、天まで高くそびえる天の御柱を立て、八尋殿を建てた。八尋殿は広い大きな家のことで、新婚夫婦のための婚舎だった。
天の御柱を伊邪那岐命は左より、私は右より巡る。巡り逢ったところで声をかける。ただ、少しの間、彼と分かれて柱を回るだけのことなのに、伊邪那岐命に出逢えた喜びをつい口に出してしまった。
「あなにやし、えをとこを。」
女性から先に誘いをかけたのはよくないことだった。私たちは子どもを産んだ。けれど、私たちの初めての子どもは悲しい結末になってしまった。それほどまでに私が伊耶那岐命を求めすぎてしまっていた。
私たちは儀式をやり直し、たくさんの子供たちを産んだ。淡道の穗の狹別島、伊豫の二名島、隠伎の三子島、筑紫島、伊岐島、津島、佐度島、大倭豊秋津島。子どもたちは大八島國と呼ばれた。
私たちは大倭豊秋津島に移動して、さらに神々を生んだ。屋根の神、家の神、海の神、風の神、木の神、山の神、野の神…。最後に火の神の火之迦具土神を産んだ時、私は火傷を負い、それが元で病み倒れた。それでも、私は伊邪那岐命との子どもを産み続け、三十五神の子どもたちが誕生した。
弱っている体で子どもを産むなんて、と思うかもしれない。そんな状態でも子どもを生み続けたのは、私が母親というものだからだろう、天つ神に命じられたからだろうと後世の学者は言うかもしれない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。死にゆく私にできることは、愛しい伊邪那岐命との子どもをこの世にできる限り残していくことだけなのだから。
私は死んで黄泉の国に行くことになった。驚いたことに伊邪那岐命は穢れた国まで私を迎えに来てくれた。
久しぶりに扉越しに彼と会話をした。一緒に元の世界に帰ろうと彼は言った。しかし、すでに私は黄泉の国の食べ物を口にしてしまっていた。もう元の世界には戻れない。でも、彼と一緒にいたいから黄泉神にお願いすることにした。
待ってて下さい。そう彼に告げたのに、長い間待たせたから待ちきれなくなったのだろう。彼は私の姿を見て逃げてしまった。
「吾に辱見せつ。」
一番見せたくない人に本当の姿を見られて、私は逆上した。私の本当の姿を見たときの彼の表情や態度、それを見て崩壊していく私の精神、それこそが恥なのだ。私の醜い手下たちをけしかけても、彼は捕まらず逃げていく。
とうとう、黄泉比良坂まで来てしまった。ここは、あの世とこの世の境界である。ここで彼は私に離別を言い渡した。悔しくて、私が彼の子どもを産んだ世界を呪った時、彼はその世界の繁栄を宣言した。
私たちは生まれた時から一緒だった。死が二人を別つまで、永遠に一緒にいると思っていた。
しかし、別れた後は別々の道を進んでいくしかない。それが彼の望みなのだから。
死が二人を別つまで 密(ひそか) @hisoka_m
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