第6話 魔王との謁見
結論から言うと、傭兵は俺の手足のように働くようになった。
おかげで、計画は想定より早く進んでいる。
金を出せば魔王城への護衛以外にも仕事をしてくれる。
新たに傭兵たちへ頼んだ仕事は二つだ。
『金に糸目はつけないから、とにかく武具を買い占める』こと。
それと『新しい武具を作る鍛冶屋も買収する』こと。
この二つだ。
国王がケチって難航していた武具の買い占めも、俺が湯水の如く払えば簡単に転んでくれた。
鍛冶屋の方は、そもそも鉄さえ打てればいいような連中ばかりなので、依頼主が騎士団から傭兵に変わっただけだ。
その間、俺はこの街の奴隷商たちから子供を買って、孤児院を建設中の安全な街へ傭兵を使って送っている。
全ては順調。そろそろ、魔王城へ行くときだろう。
「最新の武具は行き渡ったか?」
準備をしながら長に聞くと、万全とのことだ。
「ライアのおかげで、俺たちの装備はアインヘルムの騎士団より精巧な物ばかりだ。今ならアインヘルムに攻め込むことだって夢じゃない」
「んな事したら、テロリストだろうが」
「これだけの金を盗んでおいてよく言うな――さて、俺は長として最後の確認をしてくる」
去っていくと、ようやく長い間秘めてきた計画が大きく動く時が来たのだと胸が躍る。
とはいえ魔王へ俺の言葉は通じるか。話術で引き込めるか。
流石にこればかりは未知数だ。
だがやってみせよう。真の目的のために。『夢』のために。
「ライア、行けるぞ。騎馬隊、荷馬車隊、歩兵隊、全て準備はできた」
長が告げると、俺は一気に笑い顔を作ると、馬車の上に飛び乗った。
「ディメンションスペース! ほーら金貨だ!」
街中からかき集めた約百名の傭兵へ、意気揚々と金貨をばら撒いて、声高に告げた。
「行くぜ野郎ども! 俺を守り切れたら大金持ちだ!」
歓声と雄叫びを浴びながら、俺たちは街を出た。
~~~
行軍は最初だけ困難を極めた。いくら手練れの傭兵でも、魔王城へ近づけば近づくほど魔物は強くなっていく。
しかし、言葉が通じる魔物がいることを俺は知っている。
魔物の指揮官らしき人間とよく似た奴を見つけると、合図を出して白旗を掲げた。
そこからは、俺の出番だ。
「魔王に話がある。それと貢物も用意した」
貢物に関しては詳しいことは伏せたが、無駄な争いを望んでいないこと。
それから俺がアインヘルムを弱体化させたことを話せば、魔物の指揮官は次第に敵意を失っていく。
「だが一介の人間が魔王様と謁見するだと?」
「立場はわきまえてるつもりだ。それに、俺は勇者に詳しい。アンタらの慕う魔王様に話せば、戦いが有利になるぜ?」
時には嘘を、時には真実を。
巧妙に織り交ぜた上で傭兵の武力をみせれば、指揮官を務める魔物たちは道を開けていった。
そうして大した被害もなく、魔王城へたどり着くことができた。
もちろん、ここまで来たら百人の傭兵も千の魔物に囲まれている。
だが話は通してある。ここにいる限り、手出しはさせないと。
代わりに、魔王との謁見は俺一人だ。誰一人として護衛はつけられない。
つまり、そこで俺が魔王の怒りを買いでもして殺されたら全てが終わる。
傭兵たちもただでは済まないだろう。
しかし俺が生きて戻れば、無事に帰ることができる。
余った金で豪遊できるだろう。最新の武具で、今まで以上の活躍ができる。
リスクにはリターンを。長もそれは承知だ。
だから、一人魔王城へと連れて行かれる俺へ、一言だけ声をかけた。
「上手くやれ」
言われなくてもそうする。
あの洞窟で感じた闇の魔力が漂う魔王城へ魔物に囲まれて連れて行かれると、黒を基調としただだっ広い部屋に通される。
そこには、真っ黒い肌をして、漆黒の翼と捻じれた角の生える魔王が背中を向けて佇んでいる。
さて、ここからだ。俺の計画が成功するか否か。
この勝負、一歩も退けない。
周りの魔物たちから一歩前に出て、片膝をつく。
「……魔王様と、お見受けしますが?」
言うと、魔王は驚くほど低い声で少し笑うと、「様をつけるのだな」と言って振り返った。
「我は人間の敵だというのに、そんな呼び方をするのは本心か?」
振り返った魔王は、真っ赤な瞳に俺を映してそう言った。
流石に、威圧感が他の魔物とは大違いだ。
俺は深呼吸すると、「呼び捨てにするにはなにもかもが違い過ぎる」と返した。
「単純な力、率いている部下の数、認知度――俺からしたら、天と地の差なんです」
「カカカ……我を上だと認める姿勢は良し。だがなんだその敬語は。部下からの話によれば、不遜な物言いをすると聞いているがのう」
「……そちらの方がいいでしょうか」
「人間と話すことなどほとんどないのでな。ましてや、こんな形で話に来る人間など初めてだ」
「好きなように話せ、と?」
「それも面白い。我を侮辱でもしない限りは、好きに話すことを許してやろう」
さぁて、さてさてさて、面白くなってきた。
「そいじゃ、いつもの口調に戻させてもらうぜ? 魔王様?」
「迷うことなくいきなりとはな! 面白いぞ人間! 名はたしか……」
「ライアで通ってる。聞いてるとは思うが、元勇者パーティーだ」
勇者。その名を聞いてか、魔王は目を細めた。
それから遠くを見るように、魔王城の窓へ目をやる。
「小賢しい人間如きが、我に匹敵する力を持った。軍を率いて攻めてくると思えば、たった数人で我の部下たちを殺しておる。人間とはつくづく小癪な奴よ。兵一人の力が我らに勝てぬから、抜き出て強い勇者とその仲間に数を減らさせておる。アインヘルムの王は、勇者たちにより我らの戦力が減ったのを機に攻めてくるのだろう? とことん器の小さき男よ」
アインヘルムの内情はある程度知られているようだ。
しかし、まだ知らないこともあるだろう。
それがこっちの、所謂手札だ。俺はまず一枚カードを出す。
「俺のジョブは盗人でね、それから自慢じゃないが悪知恵は誰よりも働くと思ってる。そこで、アインヘルムの騎士団が有する装備を新調できないように買い占めた。今の騎士団は使い古しの剣しか持っていない。鍛冶屋も味方につけたから、もちろん整備する奴もいない」
魔王は意外そうな瞳を俺に向けた。不敵に笑ってやると、魔王の方が困惑しだす。
「なぜだ。そんなことをすれば、我らに滅ぼされるぞ。わからんでもあるまい」
「こう言っちゃなんだが、人間を舐めない方がいい。追い詰められた鼠が猫を噛むように、人間も追い詰められると牙を剥く。そう簡単には滅びないさ。それに、勇者がいる。あの一人だけ馬鹿みたいに強い化け物が、追い込まれた人間と一緒に突っこんでくる。土石流みたいにな」
「我らはそれに負けるとでも言うつもりか?」
ここだ。ここで言葉を間違えると、侮辱に当たる。
そうなれば殺されても文句が言えない。
フゥーと息を吐き出して、首を振った。
「ここに来るまで、魔王様の軍勢をよく見させてもらった。人間が突っこんでくる時、こっちも魔王様が前線に出て正面からぶつかれば、五分かと」
「我らの勝利が五分だと!? コインにでも例えているつもりか! それではまるで運任せではないか!」
魔王が闇の魔力を纏う剣を抜いた。
「我らが実力でねじ伏せられないというか!!」
「だから俺には策がある!! ……頼むから、その剣をしまってくれ」
斬りつけられる寸前だった。
俺と魔王は瞳を交わすと、向こうが「フン!」と吐き捨てて剣を収めた。
「聞かせてもらおうではないか。その策とやらを」
なんとか死なずに済んだ。荒れた呼吸を整えると、闇の魔力について話した。
「俺は一度、あれに侵されたことがある。意識を失うギリギリのところで浄化されたが、お陰で魔力はとんでもなく増えた。それからこれは推測の域を出てないが、闇の魔力に侵された人間は操れるよな? そんな感じの敵は今まで見てきた」
外れていないことを祈ると、魔王は頷いた。
「左様だ。貴様の言う闇の魔力とはすなわち、魔ではないものを魔とする力。意識を奪い、力を与え傀儡とする。だが闇の魔力を操り与えられる者は我を含め、そう多くない。これが、貴様の言う策に意味をもたらすのか?」
「ああ、大当たりだ。いいか? 俺の策はこうだ。まず俺に闇の魔力を与えて強くする。あくまで人間としてのままな。で、そこから俺がやることは二つだ。一つは、外の傭兵連中にも闇の魔力を与えてこっちの軍を増員する。与える闇の魔力の量は任せるが、少し俺の指揮下に置かせてくれ」
「貴様、仲間を売るというのか?」
「アイツらは貢物だ。なにせ金を積まれたら人殺しだって厭わないクズだしな。もし魔物が勝って金を払う奴がいなくなったら、いつか我慢できなくなって、仲間内で二束三文で殺し合いを始める。そんなのはウンザリだ」
「……で、もう一つやることというのはなんなのだ?」
「そいつは――」
俺は手札を切った。とっておきのやつだ。
すると、魔王は不敵に笑いだす。やがて高笑いを上げた。
「気に入ったぞライア! いいだろう、貴様の策に乗ってやるとしよう!」
取り入れた。俺も笑ってやる。真の計画は順調に進んでいるのだから。
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