親の仇の娘に復讐するため詐欺師になった俺だけど、その娘が病んでいる件

明石龍之介

第1話

「蓮夜くーん、こっちむいてー」

「キャーッ! 今私目が合ったわ!」

「いいえ私よ! 蓮夜様は私を見ていたわ!」


 大学生になって初めての、五月の大型連休が明けた日のこと。


 俺は黄色い声援に包まれながら私立阪西大学しりつはんさいだいがくの大きな正門前を優雅に歩く。


 薬師寺蓮夜やくしじれんや

 この大学に入学してすぐより大勢の女子から注目を浴びていた俺は、それでも自分の立場に甘んじることなく自分磨きを続け、また、他者との交流も積極的に行っていって、その積み重ねの結果、四月の終わり頃には不動の人気者になった。


 自分で自分のことをこう語るとナルシストだと思われるかもしれないが、見た目は超がつくイケメンである。

 高身長、そして八頭身のスタイルに加えて切れ長の二重がキリッと決まった、今すぐトップ俳優にでもなれると評判の見た目である。


 まあ、実際にあちこちでスカウトされるし、すれ違う女性は皆俺の方を振り返るわけで、自分の容姿が優れているという自覚はいやでもある。


 でも、イケメンでモテるというだけでは真の人気者にはなれない。

 むしろ自分の容姿を武器に女遊びにかまけるやつなんて敵しか作らない。


 それではダメだ。

 俺にはある野望があるから。

 今ここで敵を作るわけにはいかない。

 むしろ多くの味方を得ておく必要があった。

 だから、いくら可愛い女子からデートに誘われても全て丁重にお断りし、特定の相手を作ることを拒んできた。


 まあ、断るだけでも嫌味なやつと思われるので、グループで遊ぶなどの工夫を凝らし、そんな付き合いを重ねながら多くの人間と友人関係を濃くしていった。


 謙虚に、そして狡猾に。

 ある時は男らしく、ある時は頼りない一面も。


 人の心理、いや、真理をつくことを心掛けて立ち回り、その結果俺のことを知る人間は皆、俺のファンになっていった。


 誰も俺のことを悪く言わない。

 誰も俺のすることを否定しない。

 誰も俺を疑わない。


 そんな環境が整ったところで俺は、次の目標を見据えて、大学の中央にある食堂へと向かった。


「……いた」


 そこで俺は目当ての人物を見つけた。


 関西屈指のマンモス大学と呼ばれるこの大学の、総勢数万人とも聞く生徒の大勢が一斉に群がるこのお昼時でもそいつを見つけることは容易い。

 

 だだっ広い食堂の一番奥の日差しが差し込む窓側の席。


 そこで決まって、一人優雅に食事をとる女子。


「やあ、一条さんおはよう」

「あ、おはよう薬師寺君」


 一条深雪いちじょうさゆき

 腰までまっすぐ伸びた黒髪はそれだけで彼女に品格を纏わせ、切長の大きな目と高く通った鼻筋を見るだけで彼女に吸い込まれそうになり、座っていてもわかるすらりとしたスタイルの良さは男女問わず誰をも魅了する。


 キリッとした顔立ちながら、可愛らしさと幼さもどこかに残る、不思議な美人。


 ただ、とにかく容姿端麗であることに違いはなく、浮世離れしたとも言える整った容姿の彼女はこの大学では俺と並ぶ有名人。

 

 いや、知名度だけで見れば俺以上かもしれない。

 なにせ彼女は、この日本を裏で支配しているとさえ噂される、かの一条財閥の一人娘だから。


 入学式の時に、会場の前までリムジンで送迎され、多くのSPに囲まれて入場したこともあって彼女の存在はすぐに皆に知れ渡ることとなり、更にそんな金持ちのお嬢様が超弩級の美人とあればあっという間に大学中の人間が注目することとなった。


 ある男は「あんな子と同じ大学なんてラッキーだぜ」と嬉しがり、また別の男は「勉強してこの大学入ってよかったー」と涙していた。


 しかしだ。

 俺は知っていた。

 彼女がこの大学に入学することを。

 だから何も驚きはなかった。

 

 なんて、ここだけ聞けば俺が彼女のストーカーのように思われるかもしれないがそうではない。

 俺は、ターゲットとして彼女のことを調べたに過ぎない。


 復讐のために。

 俺は、一条深雪を狙っている。


「今日も一人かい? 隣、空いてるけど」

「うん、一人の方が落ち着くの。薬師寺君こそ、今日は一人?」

「ああ、皆いいやつばっかだけど騒がしくてね。俺は静かにランチタイムを過ごしたいんだ」

「そうなんだ。ふふっ、意外だね」

「そう? 一条さんこそ、人気者なのに」

「薬師寺君にそんなこと言われたら嫌味にしか聞こえないよ」

 

 箸を止めて、俺の方を見ながら微笑する彼女とここまで自然に会話できるようになるまでには色々とあった。


 初めて声をかけた時はスルーされたし、なんとか情報を集めて同じ講義を受講して無理やり近くの席に座って声をかけても反応なんて全くなく、それどころか教室を出る時に「しつこく構わないで」なんて言われて睨まれたりもしたっけ。


 ほんと、あんなマイナススタートからよくここまで……とっ、今はしみじみ懐かしむ時じゃなかったっけな。


 とにかく、今はこうして挨拶も普通に交わし、なんなら向こうから話題を振ってくれるまでの関係になったわけで。

 

 やっとここからが本番だ。

 一条深雪に近づくためだけに費やした四月。

 そして、この五月は一条深雪を俺の女にする。


「よかったら隣、いいかい?」

「え? いいけど、私の隣なんかでいいの?」

「もちろん。一条さんこそ、迷惑じゃなかったかい?」

「全然。私も、一度ゆっくり薬師寺君とお話してみたかったの」


 そう言って頬を赤らめる彼女の反応を見る限り、手応えは充分だ。

 彼女は俺に好意を抱いている。

 今はまだ異性としてか友人としてか定かではないが、嫌いな人間を前にこんな顔をするはずがない。


 俺は人間観察に長けている。

 自信を持ってそう言い切れるのは、俺がそれを磨くために必死に努力をしてきたからに他ならない。

 

 ある野望のため。

 中学、高校と必死に勉強をする傍らで、人とは何ぞや、人間とは何を考え何をすれば喜び、何をされたら嫌がるのかについて必死に学んだ。


 そのために貴重な青春の日々を消耗したが、それでいい。

 その甲斐あって今では相手の考えることが読めるようになり、仲良くなるにはどうアプローチすればいいかが手に取るようにわかり、そして狙っていた一条にもちゃんと近づけている。


 もう少しだ。

 俺の目的完遂まで、あと少し。


「見て、一条さんと薬師寺君がご飯食べてる」

「やだっ、超お似合い! 尊いー!」

「薬師寺君が誰かのものになるなんて辛いけど、相手が一条さんなら私も納得ね。ニヤニヤしちゃう」


 俺のファンである女子たちが、一条と並ぶ俺を見てすかさず反応している。

 これも作戦のうちだ。

 彼女たちにはすでに、俺が一条に気があるということを仄めかしている。

 その上で応援してほしいとも。

 だから敢えて一条に聞こえるように彼女たちは俺たちのことを話題にしてくれている。

 

「薬師寺君、なんか私たち目立っちゃってるかな?」

「ははっ、一条さんの隣に男が座ってたらみんな反応するって」

「薬師寺君の隣に私なんかがいるから、じゃない?」

「謙遜しなくていいって。でも、迷惑じゃない?」

「ううん、全然。薬師寺君こそ大丈夫?」

「なにも。むしろ一条さんと噂されるなんて光栄だよ」

「もう、そういうお上手言わなくていいから」


 再び照れる一条を見て、ここだと確信した。

 決めるなら今日だ。


 まず、こういうお嬢様はガードが硬いだろうからデートのお誘いから。

 それも明るい時間帯にお茶でもどうか、なんて自然に紳士的に誘えばさすがに向こうも断りはしないはず。


 そして二人っきりで会って仲を深めて、そのまま……一気に交際まで発展だ。

 うん、完璧だ。

 あとはこいつが俺に惚れて、俺なしでは生きられないようになったところで……。


 捨ててやる。

 ボロボロになって、これからのキャンパスライフが全部トラウマになるくらいこっぴどくフッてやる。

 

 だからまずは惚れさせる。

 復讐なんて、そんな不毛なことをして何になるのかって考えたりもしたし、実際に俺が恨んでいるのは一条の親だから彼女には何の罪もないってこともわかっちゃいるけど。


 もう、そんなことに躊躇う俺じゃない。

 あいつらに、大切な家族を傷つけられる悲しみをわからせてやる。


「……」

「薬師寺君、どうしたの?」

「あ、ああなんでもないよ。それより、この後の授業は?」

「今日はお昼で終わり。薬師寺君も?」

「ああ。心理学なんて俺は興味ないからさ」

「わかるわかる。わかったからってだから何? って思っちゃうよね」

「そうそう。じゃあさ、一緒に帰らない? 今日も迎えなら車まで送らせてよ」

「いいの? 私も、ちょうど二人っきりで話したいことがあったの」


 嬉しそうにそう話す一条はさっさと手元の食器をお盆に乗せて立ち上がると、「じゃあ、行こっか」と微笑みかけてくる。


 あまりに反則級な可愛さだ。

 普通の男子なら卒倒レベル、人間不信な男ですら簡単に惚れさせるような力が彼女の美貌にはある。


 まあ、俺には関係ないけど。

 たしかに可愛いのは認めるし、こんな可愛い子と二人で並んで飯食って一緒に帰るなんて超ベタなラブコメ展開が全く嬉しくないと言えば嘘になるけど、それはそれだ。


 俺は復讐のためにこいつに近づいてるわけなんだから。

 邪念なんて沸くはずもなかろう。


「ふう。食堂は人が多くて疲れるよ」

「だね。でも、薬師寺君と二人で帰るなんて、ほかの子に怒られそう」

「俺こそ、一条さんとの関係について明日は友達から囲み取材される覚悟だよ」


 二人で広いキャンパス内をそぞろ歩く。

 大きな街路樹や学生がくつろぐ天然芝の中庭の鮮やかな緑を見つめながら、とても広い敷地のど真ん中を二人で歩いているとすれ違う人たちが俺たちを注目する。


 まあ、今はそんなことはどうでもいい。

 俺に好感を抱く連中を利用するのはもう少し先の話だ。


 まずは。


「一条さん、実は俺も二人っきりで話したいことがあったんだ」

「え、なになに?」

「……言われて困らないでくれよ」

「えー、言いにくいこと?」

「まあ。一条さんこそ、俺に話って?」

「うん……私も、ちょっと言いにくくて」


 もじもじと、手を前でこまねく彼女の様子を見るからにおそらく、俺と同じようなことを言おうとしているのだろう。


 いきなり付き合ってくださいなんて話はないにせよ、デートの誘いかもしくは好きな人がいるかと探ってくるとか。

 なんにせよ、いい流れだ。

 よし、ここはうぶな学生らしく振る舞うか。


「一条さん、それだったらせーので一緒に言わないかい? お互いの言いたいこと」

「ふふっ、なにそれ。でも、なんか楽しそう」

「なら、せーのでいくよ。せーの」


 俺は慎重な人間だから、彼女をデートに誘うまでに随分な根回しと周到な準備を整えてきた。

 そしてやっと。

 俺の復讐劇が幕を開ける。

 一条深雪を口説き落として、こっぴどく捨てる。

 俺の家族をめちゃくちゃにした一条家への復讐。

 悪いが一条深雪、君の父上がいけないのだよ。

 生まれの不幸を呪うがいい。


「一条さん、今度の休日デートしないか?」

「薬師寺君、今度の休日入籍しない?」

「ああ、いい……は?」

「デート? 嬉しい、じゃあついでに区役所にも行く?」

「……」

「どうしたの?」

「……ん?」


 今、とんでもないことを言われた気がしたのだけど気のせいだろうか?


 入籍がどうのって……いや、ニューセキっていう店でもあるのか?


「ねえ一条さん、今なんて言った?」

「もう、同時に喋るからだよ。結婚しましょって言ったの」

「……は?」

「だって、こうして男の人と二人で話すのなんて初めてだし、初めてを捧げた人とはね、ちゃんとしたいもの。それに、殿方とデートするなんて、つまりそれは結婚を前提にお付き合いするからだよね? 私、一条君ならいいかなって。それとも、一条君にとって私はただのお試し女の一人なの?」

「え、いや、そんなことは……」

「そんなことは?」

「……」


 いきなり思惑が外れた。

 なんだこの浮世離れしたお嬢様は?

 初デートで入籍? しかもまだ付き合ってもいないただの同級生と?

 いや、何考えてんだこいつは?


「薬師寺君、私をデートに誘ってくれたのは遊びだから?」

「ち、違うよ。俺は……ちゃんと一条さんのことをもっと知って、仲良くなりたいなって思ってるから」

「うん。じゃあ、問題ないね」

「い、いや待って待って! 問題ないというかちょっと話が飛躍しすぎというか」

「そんなに私と結婚することに問題があるの? じゃあなんでデート誘ったの?」

「……」


 言い寄ったつもりが、なぜか詰められていた。

 これは一体どういう状況だ? 

 いや、しかしもしここで彼女の機嫌を損ねてしまったらここまでの努力が水の泡だ。

 背に腹はかえられない。

 それに結婚なんて勝手に一方的にできるもんじゃないし、俺の本気度を試すために言ってるだけに違いない。 

 うん、そうに違いない。

 ……よし。


「わかった。俺、ちゃんと一条さんと……ええと、け、結婚、す、するよ。だからちゃんとデートしてくれ」

「うん、わかった。じゃあ、今度の週末は空けておくね。バイバイ薬師寺君」


 彼女は正門を出たところで駆け足で去っていくと、正門前に止まっていた大きな黒塗りの高級車に乗り込んでいった。



 


 

 


 

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