第十四話 多機能ソリ
高度を上げて時間が経つと、みんなも大分落ち着いてきた。鈴は正気を取り戻し、祐子も目を覚ました。しかしその目線は、ずっと三太に注がれている。
「ちょっと何!? そんなに見ないでもらえる? まさか、シミでも出来てる!? シミ出来てるんじゃない!?」
「大丈夫だ。シミは出来てない。みんなお前の豹変ぶりに落ち着くことが出来ないだけだ」
「やだ! 貴史ちゃんったら、上手いこと言っちゃって! 運転姿かっこいいわよ」
「はは、ありがとう」
貴史は無表情のまま、感謝を述べた。
周りを見渡すと、自分たちの他にも、多くのサンタが飛んでいた。四方八方、地上を走る車のような秩序は、空にはないようだった。もしかすると、墜落したサンタの中には、ただ単に交通事故ったソリもあるのかもしれない。
貴史は周りに注意しながら、助手席に座る祐子に言った。
「なあ、この方向であってるのか? タブレットで確認してみてくれ」
祐子はタブレットを手に取る。
「うん。合ってるわよ。でもまだ先は長そうね。あと一時間はかかるみたい」
「ねえ、私にも見せてよ」
後ろで三太と戯れていた鈴が手を伸ばした。祐子は「いいわよ」と言って、後ろを振り返る。タブレットを受け取った鈴は、熱心にスワイプし始めた。その横で、三太も興味深そうにそれを覗き込んでいる。
「おいおい、あんまりいじくるなよ。変になったらどうするんだ」
貴史が注意すると、それまでじっとタブレットを覗いていた目が上がった。
「ねえ、ちょっと違う画面見てたんだけどさ、『リモコン』っていうのがあるんだよね」
「なんだそれ」
「もしかしたら、ソリの奴かも」
鈴が祐子にタブレットを渡し、貴史はそれを覗き込んだ。
画面に、いくつかのボタンが表示されている。ホーム画面に秩序良く並ぶアプリアイコンのようだ。ボタンには、色々な果物が書いてある。りんご、みかん、ぶどうなどなど。
「ねえ、なんか押してみてくれないかしら? 私ってば、ワクワクしちゃってるわ」
三太が胸の前で手をわちゃわちゃさせながら言った。貴史は反対する。
「いや、駄目だ。取り返しのつかないことになったらどうするんだ?」
「まあいいじゃない。元々今日は旅行だったんだし、色んな事やってみましょうよ」
祐子が口を挟んで、ボタンに手を近づけた。
「駄目だ! 鈴の命が掛かってるんだぞ? 下手なことができるか」
「大丈夫だよ。早く押してお母さん。絶対大丈夫だから」
鈴の強い語気に、貴史は渋々頷いた。
「分かった。一個だけな」
貴史の一言に、鈴と三太は歓喜した。祐子が言う。
「じゃあこのみかんを押してみるわね」
ポチッという音と共に、ボンネットの部分、トナカイの尻の真後ろがパカッと開いた。
「うおッ! なんだ!」
興味深く開いた部分を見つめる四人。じりじりと、何かがせり上がってくる。それは、扇風機だった。
「なんだ、扇風機か」
「期待外れね~。イケメンが出てくるのかと思ったわ」
三太が残念がる。
その時、扇風機が回り始めた。
「寒い! 止めてくれ」「そうだよ、早く消して!」
貴史と鈴が喚く。その瞬間、トナカイの方から爆音が聞こえた。屁だ。
貴史の顔が青ざめた。まずい、このままでは……。
「いやん! 臭い、臭いわ!」:
三太に続き、全員が喚き散らしながら鼻をつまむ。
「消せ! 扇風機を消せ!」
「どうやって消すのよ!?」
祐子がパニックに陥っている。
「もう一回押してみれば?」
鈴の一言に、祐子はもう一度ボタンを押した。結果から言うと、強になった。
「寒いし臭いぞ! もう一回押したら消えるだろ!」
貴史が叫ぶ。祐子がもう一度押すと、遂に扇風機は止まった。
ソリの中に、溜め息が渦巻く。そんな空気をものともせず、トナカイは機嫌がよさそうだ。
「このトナカイ、すっきりしてやがる」
この時赤木家は、トナカイに殺意を抱いた。
「でも、結構楽しかったわよね~」
三太が笑いながら言った。
「確かに。もう一個押してみましょ」「賛成! 次はぶどう押してよ」
祐子と鈴は乗り気だ。
「おい、一個だけって言っただろ?」
貴史の言葉を無視して、祐子はぶどうのボタンを押した。
すると、四人それぞれの前が少しだけ開き、そこから酸素マスクが垂れ出てきた。
「これってそんなに高いとこに行けるのか?」
「そうみたいね。でも、これはあんまり役に立たなそうね」
祐子が残念がる。もう一度ボタンを押して、酸素マスクを引っ込めた。祐子はみんなに何の許可も取らず、リンゴのボタンを押した。
「おい、押しすぎだぞ!」
「いいじゃない」
貴史の注意も、軽くあしらう。
今度は、備え付けのナビが震えだした。使えるようになるのか、と貴史が思った瞬間、バコっと反転し、ラジカセが出てきた。
「ラジカセ? 音楽でも聴けるのか?」
「ちょっと鳴らしてみてよ。アリアナグランデなんかが聞こえてきたら、思わず踊っちゃかもしれないわ」
三太が楽しそうに言う。
祐子がスイッチを入れた瞬間、爆音が鳴り響いた。壊れかけなのか、雑音がひどい、どうやら流れているのは、スラッシュメタルのようだった。
「きゃあ! うるさい! 踊るどころじゃないわ! 切ってよ!」
三太が耳を塞ぐ。祐子も耳を肩で懸命に塞ぎながら、ボタンをもう一度押した。
その瞬間、爆音から解放された。耳に膜が張ったような感触だった。
「アリアナグランデじゃなくて、徳永英明だったってことか」
「あ、何それ、壊れかけのレディオってこと!? また上手いこと言っちゃって! 貴史かっこいいわよ」
こればっかりは、貴史も満足げな表情を浮かべる。
「一旦落ち着こう」
貴史の提案に、他の三人は頷く。しかし、クリスマスイブは、四人を落ち着かせてはくれなかった。
後ろから、サイレンの音が聞こえる。パトカーが逃走車を追うときの、あの音だ。
「そこの四人乗っているソリ! 止まりなさい!」
メガホン独特の反響する声が、背後で上がった。
……最悪だ。警察に捕まった。
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