第十話 幹部は教育者


 貴史はふと目を覚ました。視界が滲み、身体が上手く動かない。どうやら、椅子に縄でくくりつけられているようだ。長時間貼り付けだったからか、はたまた貧弱なパイプ椅子だからか、腰が尋常じゃなく痛い。


 ふと隣を見ると、三太がいた。自分と同じような格好だ。逆方向には、祐子。これまた自分と同じ格好だ。しかし、鈴がいない。どこだ? どこにいる?


 周りを見渡すと、ここが倉庫であることが分かった。かなり広い。自分たちはその丁度真ん中で、ぽつんと放置されているようだった。


「おい、三太、祐子、大丈夫か?」


 貴史の呼びかけに、三太と祐子は唸りながら目を開いた。


「ああ……頭痛い……」

「あなた……ここどこよ?」

「さあ、分からない。拉致されたみたいだな」


 祐子は、力なく首を振った。


「そんなことよりも、鈴がいないんだ」

「嘘でしょ!?」


 祐子がカッと目を開いて、周りを一心不乱に見渡す。


「鈴! どこよ!」

「ここ」


 突然、鈴の声が聞こえた。声がした方角を見やると、何かを首に付けられ、手錠を施された鈴と、ピエロの仮面を被った男が立っていた。鈴たちが立っている場所の近くに、開いているドアがある。おそらくその部屋にいたのだろう。


「鈴! 大丈夫か!」


 貴史が声を上げる。鈴は肩をすくめる。


「一応大丈夫だけど、変なの付けられた。気持ち悪い」

「娘を放して! このクソピエロ!」


 祐子が歯をむき出して吠える。野性味を感じた。


「まあ、お前ら落ち着け」


 ピエロの男が祐子を制した。声質からして、五十代か六十代だろう。


「落ち着けるか! 家に帰せ!」


 そう言った三太の顔に、何故か笑みがこぼれた。


「拘束を解け! クソが!」


 三太はまだ続ける。


「バーカ! チービ! 気持ち悪いんだよクソピエロ!」


 分かった。こいつ、人を罵倒するのが楽しくなってるな? 今まで他人を貶さない良い子だったのに。ここで反動が来たか。


「いいか三太、今ここで騒いでも何も進まないだろ? いいから、落ち着いてくれ。ほら見ろ、あのピエロ、傷ついてる」


 ピエロのお面を少し浮かして、男はハンカチを中に潜り込ませていた。少しすすり泣く声も聞こえてくる。しかしそのハンカチは、赤く染まっていた。怖え。


「あ……ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」


 三太は必死に謝る。


「何でそんなこと言うの……?」


 ピエロはなおも泣いている。


「本当にごめんなさい。あの、勢いって言うか、本当はそんなこと全く思ってないんだけど、お母さんに便乗しちゃったっていうか……」

「は? 私が悪いわけ? というかあんた、こんなクソピエロに謝らなくていいわよ。あの赤い鼻をちぎり取ってやりなさい!」


 荒ぶる祐子を、貴史が止める。


「まあまあ、祐子も落ち着いてくれ。そこの人も、もう泣くのは止めて、話を続けてくれないか」


 貴史が男に話を振ると、ようやくハンカチをポケットに押し込んで、訥々と話し始めた。


「今のは傷ついたぜ……さすが、ボスの敵だ……凶悪な家族だな」


 どうやら、ボスがいるらしい。ということは、こいつは幹部というところだろうか。


「それじゃあ、今から説明でもしようか。お前も、家族と仲良く説明聞け」


 ピエロはそう言うと、鈴を貴史達のところまで投げ飛ばした。


「鈴!」


 貴史は叫ぶ。顔を歪める鈴が、足元まで転がってきた。


「鈴、大丈夫か? 変なことされなかったか?」

「大丈夫。首輪付けられただけ」


 確かに、首に変な輪っかがつけられている。くそ、ピエロの趣味か?


「おいピエロ、鈴の首に何付けたんだ!」


 ピエロがとぼけた顔をする。マスクで分からないけど、多分そんな表情をしているはずだ。


「あ、それ最初に聞いちゃう? 一応説明の順番とか決めてきたんだけど……」


 ピエロはポケットをまさぐり、カンペっぽい紙を取り出した。「見にくいなあ」とか言いながら、その紙を熱心に眺めている。そのマスク取ればいいのに。


「分かった。一旦それの説明をしよう」


 ピエロは鈴を指さして言った。「早くして!」という祐子に促されて、ピエロは続ける。


「いいか? それは爆弾だ!」


 爆弾だと!? それは大変だ。鈴の可愛い顔が吹っ飛んでしまうじゃないか。


「外せよ!」


 意外にも、三太が口を開いた。勇気あるじゃないか。

 三太の方を睨んだピエロが言い返す。


「は? そんなこと言われてすんなり外すとでも? あんたバカなのか? 冗談はその顔だけにしろよ」


 三太は泣き出した。


「ほらな、悪口言われたら傷つくだろ? だからもう止めろよ」


 三太は何度も深く頷いている。

 素晴らしい教育じゃないか。きっとこのピエロは、いい父親になる──はっ! ピエロに感心している場合じゃないぞ!

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