さよなら、ロリポップキャンディ
楠 悠未
第1話
キラキラの星空を閉じ込めたみたいなロリポップキャンディが、私の手から離れて落下していく。まだ、いちペロしかしてないのに。
パパとママが熟睡しているのを確認し、こっそりお家を抜け出してきた私への罰だろうか。
でも私はバイクを暴走させるわけでもないし、チャリを盗んだりもしない。コンビニで屯って、「お姉さん可愛いね」とか迷惑なナンパもしない。そもそも友達いないし。近所をひとりでテクテク散歩するくらいしか夜の遊び方を知らない憐れな私へのこの仕打ち。罰が重すぎる!
だってこのロリポップキャンディは、私が受験勉強とダイエットのご褒美に用意していたもの。なのに、いちペロしか味わえないなんて、ひどすぎる。せめてふたペロくらいしたかったよ。
ぽちゃんと水溜まりに落ち、ぬらぬら光っているロリポップキャンディを見つめる。いちペロしかできなかった可哀想な私。いちペロしかしてもらえなかった可哀想なロリ(ロリポップキャンディって長くて言いづらいから省略)。どっちも可哀想。あぁ、可哀想。
しゃがみこんで手を合わせる。固く目を閉じ、ごめんねと呟く。持ち帰って、庭に埋めよう。ロリのお墓をつくってあげよう。この悲しみは一生忘れない。私は涙を拭いて(正しくは拭くフリをして)、目を開けた。
「え?」
ロリが、なくなっている。さっきまでそこで、ぬらぬらしていたのに。
「え? ロリ? どこ行ったの、ロリ?」
水溜まりに向かって叫ぶ。どこかで鳥が「ギャー!」とヒステリックに鳴いている。こわ。
私は、ロリを埋葬することさえ許してもらえないのか。
と、そのとき、水溜まりが急にスプラッシュ。わーお。なんだこれ。私、びしょびしょになったんですけど? 今日ツイてなさすぎじゃない?
吹き上がる水の向こうには影。誰かがいるのはわかった。こわ。
「あのさ、ロリポップキャンディのこと、ロリって呼ぶとやめてくれん? ロリポップでよかやん」
水の勢いが落ち着き、そこに姿を現したのは河童だった。
「……ロリの方が短い」
「確かに」
河童は、私が落としたロリをペロペロしている。私のお金で買った、正確には私のパパが頑張って稼いだお金で買ったロリ。私はいちペロしか出来なかったロリ。を、河童はペロペロしている。もう既によんペロはしている。ムカつく。
「それ、私がいちペロしたやつですよ。それを食べるとかキモイですよ」
「
気にしろ。
あー最悪だ。ロリを落とした上に、河童に盗られるなんて最悪でしかない。ロリは庭に埋める予定だったのに。でも河童がペロペロしたロリを今更返してもらいたくもない。
「お嬢ちゃん、ゴミはポイ捨てしたらいかんよ」
「したことないですよ」
「これ、捨てたやろうもん」
河童は、ペロペロしていたロリをふりふり振った。
「それ、捨てたんじゃなくて落としたんです」
「ほー、そいぎ
それはそうだけど、納得いかない。
「ていうか、若い娘さんがこがん時間になんばしよっと? 危なかけん、はよ帰らんぎ」
「……息抜きの散歩です」
「真夜中にするもんやなか」
私のロリをペロペロしながら河童が言う。これみよがしにペロペロしてて腹立つ。私はいちペロしか……(以下略)。
そうだよね。こんな変態に出くわすとわかっていたら、私だって外には出ませんでしたよ。
「じゃ、私帰るんで、あなたも河童のお国にお帰りください。じゃ」
「あー待ちんしゃい。送るけんが」
こいつ……人が落としたものを構わずペロペロしてるくせに……ちょっと紳士! でも送ってもらうのはヤダね。
「大丈夫です。家、すぐそこなんで」
「ふぉふぉで、お嬢はんを送はんぎ、かっふぁの名が廃ふ」
ロリくわえながら、ふごふご喋んな。
「頭のお皿、乾いちゃうと申し訳ないし」
「あ〜これ? これね、ただの飾りけん大丈夫」
「飾りなんですか? あ、じゃあやめたほうがいいですよ。なんかハゲて見えるんで」
「河童の世界じゃこれが、かっこよかとよ」
「ほぇ〜」
どうでもいいやと思いながら頷いていると、近くでバサァと大きな羽音がした。アオサギだ。ギャーギャー言いながら飛んでくる。あのヒステリックな鳴き声の正体はコイツだったのか。
河童はその声に驚いたらしく、くわえていたロリをぽろっと落とした。
その瞬間、アオサギの大きなくちばしが開き、ロリをパクっと口の中におさめて悠々と飛び去っていった。一瞬の出来事すぎて声も出なかった。アオサギって、飴も食べるんだ……。
隣で河童はしょげた顔をしている。わかるよ、その気持ち。でも私よりペロペロしてたし、私より可哀想じゃない。でも仕方ないからドンマイって声をかけようとしたとき、河童がぽつりと言った。
「……俺の、ロリ」
「違います。私のロリです」
了
さよなら、ロリポップキャンディ 楠 悠未 @hanamochi_ifu
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