掌編小説・『パスワード』

夢美瑠瑠

掌編小説・『パスワード』



(これは『盗難防止の日』にアメブロに投稿されたものです)



 パスワードを解読して、個人の口座やアカウントに侵入して、個人情報を盗む、そういう犯罪は従来から多発していたが、既成のコンピューターの3桁分、計算の速度が速い、スーパーコンピューター『恒河沙』が開発されて、さらに汎用化されて、一般のパソコンでもその最高速度での計算が可能になり、その結果一種の「限界突破」、カリキュレートのインフレ現象が生じて、あらゆるパスワードの読み取りというかシミュレーションが、比較的短時間で可能になった。


 つまり、今までは、例えば「QWERTY」というパスワード、これはキーボードの左上のキーを順番に並べた、典型的な「危険なパスワ-ド」ですが、全くの無知識から、ありがちなアルゴリズムのプログラムを使って、この文字列を見破るのにはこの卑近な例でもざっと3年半を要して、色々な意味で実用不可能だった。

 

 単にアルファベットの並び方をスキャンするだけなら時間はかからないが、

パスワード入力は何度か間違えると実行不能になる。

 それでかかっているプロテクトを外すために、試行錯誤を繰り返して、機械語の翻訳された数字を無数に計算したうえで、1文字ずつアイデンティファイしていくことになる。

 そのプロセスを経て、普通ありふれた6文字のパスワードをやっと盗むことができるのだが、プロテクトを外すことが神業的にうまい、そういう熟練したハッカーでないと、通常の防備されたアカウントだのには侵入不能だったのだ。


 が、「恒河沙」の汎用化によって、ハッキングの「民主化」?が起こって、

かなり稚拙な技術しかなくても、誰でもその気になれば、銀行の大コンピューターに侵入できたりする、そういう新時代が訪れたのだ。

 早急に対策をとる必要が生じてきたので、応急的な措置として、とりあえず銀行のATMだのネットの通販サイトだの、パスワードによるセキュリティの必要な社会のシステムはすべてストップされて、三日間の完全な緊急的な国民の休日が設けられた。この三日間の間に対抗措置を講じなくてはならない・・・

 

 コンピューター社会の存続にかかわる脅威的な問題とも言えた。

 政府には「パスワードに関わる電子頭脳犯罪対策緊急委員会」が設置されて、緊急招集された各省庁のコンピューター部門の専門家たちが猶予期間の短さもあって、切羽詰まった感じに真剣な議論を繰り広げていた。


「パスワードの解読を免れることは不可能です。パスワードに変わるものを

発明して提示するしかないです。」

「「恒河沙」は既に世界中に浸透流布しています。回収するのは不可能で、技術の進歩に逆行するのも愚策です。旧来のパスワードに何とかアレンジを施して急場をしのぐしかないですね。安全な制度への改革はおいおいやっていくとして・・・」


「解読のシミュレーションをすると、安全なパスワードにするには最低445桁必要です。それだけ長いと、解読に必要な時間が従来と同じく2年間を優に超えて、実用的でなくなります。従来のパスワードの後に全てランダムな数字の440桁を付け加えて、それは不可視化して、しかし自動的に保存されている、そういう風にすれば?」


「三日間の間に全ての日本中のパスワードにそういう措置を施すわけか。そんなことできるかな?」


「『パスワード作成サイト』というのを設けて、それぞれの人にそのサイトで安全なパスワードを取得してもらう。サイトの存在を緊急的に周知徹底して、

自分で処置しない場合はハッキングされても責任は負えない。そういう風にすれば?」


「銀行とかは銀行員総出で徹夜で作業してもらうしかしょうがないな」


… …


 こうして優秀な官僚たちの機転によって事態は収束した。

 彼等は「事なきを得る」ための対策にかけては天才的な手腕を発揮するのだ。

 しかし、安心感が広がったのもつかの間に、一週間後に日本銀行のセキュリティが破られて、なんと40億円もの大金が何者かによって詐取されたのだ!

 犯人の手口は簡単だった。

 その天才的ハッカーはその「後からくっつけられた450桁の数字」自体を、全て取り外すという特殊なテクニックを発見したのだ。

 それは応急に作られたプログラムゆえの、一種のバグだった。

 その事件で3人の官僚の首が飛んだが、他山の石としてプログラムは練り直されて、“パスワード騒動”は、やがて本当に収束した。

 

「パスワード」というものを完全に廃止する方向に社会は進んでいって、ひらがな入力されたランダムな文字列を、自動的に漢字に変換して記憶させるという、日本語ならではのそういうシステムにとってかわられた。


「はひふへほなにぬねの」と、打ち込んだ場合、例えば「破費不平帆何ヌ禰埜」こうなって、これは到底解読不能だった。こういうランダム漢字に1時間ごとに自動的にパスワード変更するわけである…

 

 やがて人々は「パスワード」というのをやめて、「カンジスルーワード」と言い始めた。


 そういう風に言うと、何か「イイカンジスルー」気もするのだった。



<終>

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掌編小説・『パスワード』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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