第7話 カリム間道 王都へ
帰り支度をしていると、女騎士団の隊長さんも矢傷を受けたと言うので治療に向かう。軽症なので大事は無いそうだが、念のために見て欲しいとの事だ。
ちなみに、彼女達は白百合騎士団と言うらしい。どこかで聞いたような気がするが思い出せない。雰囲気的に貴族のお嬢様の集団だろう。白が基調の軍服は珍しいので不思議に思ったが、花が名の由来ならまあそんな物だな。
「体に力が入らない。私は死ぬのか……」
「気分を出している所を申し訳ないですが、貴女はかすり傷ですよ。しばらくすれば体も動く様になります」
隊長は見た目は二十歳ぐらい。ショートカットで地味目のルックスだが、女子に人気が出そうな中性的な雰囲気をしている。木にもたれたまま座っているが、これはこれでちょっと絵になる光景だ。
「ちょっと傷口を拝見しますね」
彼女は肩口に毒矢がかすったらしく、その影響で動けなくなったらしい。頭に近い所に毒矢を受けると、これがあるから怖いのだ。俺も経験があるが、糸の切れた操り人形みたいに崩れ落ちる。
「そんなにジロジロ見られると、さすがに恥ずかしいな。一応これでも女なんだよ」
「本当に死にかけてる人はそんな事を気にしませんよ。さっさと治療しましょう」
どうでも良いけど、俺の後ろに立って、剣に手をかけ殺気を撒き散らすのは止めて欲しい。それも三人も。俺は隊長さんとディープキスしたり、足の付け根に吸い付いてデカいキスマークを付けようとしている訳ではないのだ。
「跡が残るといけないので、念の為にほんの少しだけ傷口を切除します。ハイエルフの秘薬を使いますから、傷口は二週間もすれば完全に消えるでしょう」
「別に、跡が残っても構わないさ。どうせ私の様なガサツな女を貰ってくれる物好きな男はいない。それとも少年、将来君が貰ってくれるか?」
「私は今年十六ですよ。もう成人してます」
「そうか、それは失礼した」
ナイフを消毒して施術を開始する。長さは二センチ弱、表皮を三ミリ程度切除するだけなので、話をしながら気楽に出来る。隣に座ると隊長から良い匂いがした。
「そうですねぇ、同性の配下が命がけで守ろうとする人なら十分にアリですね。ただ、私は一介の平民ですから、貴族のご令嬢とは身分が釣り合いませんよ」
「そうか、そうだな。なかなか上手く行かない物だな」
隊長はちょっと悲しそうに笑った。
「ですが、もし万が一、私が貴族になる事があったらデートしましょう」
「そうだな。うん、期待して待ってるよ」
隊長の肩口に貼り薬を貼り付けて施術は終了。当人の言葉とは裏腹に、貴族の令嬢らしい、きめ細かく柔らかな白い肌だった。
~~~
本格的に撤収作業に入る。怪我人は山盛り、多くの馬も失う。これで死者が出なかったのが奇跡だな。重傷者をロリーナ様の箱馬車に乗せて、軽傷者はウチの荷馬車に乗ってもらった。
ただ、ボロい荷馬車で大量の負傷兵を乗せて走るのは色々と目立ち過ぎるので、荷台にシートをかけてそこに隠れてもらう事にした。
いざ出発しようとすると、俺の馬車の御者席にロリーナ様が一人で座っていた。
「あらレオ様。では
そう言うと、御者席の隣をぺしぺしと叩き、そのまま前を見つめたまま動かなくなった。彼女の顔には『ここからは絶対に動きませんわよ』と書いてある。
「あのー、ロリーナ様……」
「姉の容体が心配です。急いで王都に戻りましょう」
そう言うと、また前を見つめたまま動かなくなった。
あー、ダメだこりゃ。
「……分りました。ですがその格好だと目立ち過ぎます。すみませんが、私のローブを羽織って下さい」
荷台からグレーのローブを取り出して彼女に着せる。ドレスの裾が少しはみ出しているが、フードを被ると貴族の令嬢には見えなくなった。
「あら、いい匂い。これはレオ様の匂いですね」
「すみません。王都で洗濯するつもりだったのですが、しばらくの間だけ我慢して下さい」
「それと……」
御者席へ乗り込んでロリーナ様の隣へ座る。そのまま彼女の腰を掴んで膝の上に乗せ、落ちない様に片腕を回して彼女の腰を抱いた。
「きゃ!」
「すみません。この馬車は御者席に板バネが仕込んであるのですよ。慣れない人が乗ると飛ばされて落っこちます。申し訳ありませんが、王都まではこのまま我慢して下さい」
「あの……」
「何ですか?」
「いえ、何でもありません」
そう言うと、ロリーナ様はそっと背中をあずけて来た。
ミルクの様な甘い匂いがした。
~~~
街道に出るまでの悪路では彼女は何度も舌を噛みそうになった。それでも彼女は話すのを止めなかった。彼女は三姉妹の末っ子で、十四歳の仮成人だそうだ。
他にも趣味の事、姉妹の事、友人の事、使用人の事。驚いた事に彼女と二人の姉は全員自分の屋敷を持っていた。多分、上級貴族のご令嬢なんだろう。
俺の話もした。六年前、馬車の事故から一人だけ助かった事。アーサーの事、兄弟の事、イーブ達の事、キャラバンの事、その他色々。
彼女はとても聞き上手で、人から話を引き出すのが上手かった。あれが大貴族の社交術って奴なんだろうな。
街道に入ってすぐに、この一帯を治める公爵軍の騎兵が護衛に付いた。伝令が仕事をしたのだろう。しばらくすると完全武装の近衛軍と公爵軍の騎兵が逆方向にすっ飛んで行った。賊は逃げた後だろうが、これでもう安心だ。
「あの、レオ様。重くないですか?」
「レディを乗せているのに重いなんて言えませんよ」
「あら、それはどう言う意味でしょうか。ふふっ」
そう言うと、彼女は俺にもたれたまま両足をパタパタと動かした。密着した薄いローブから彼女の体温が伝わって来る。甘い熱、甘い香り、甘い時。
「暑くないですか?」
「少し。でも、このままで」
急に彼女は体を押し付けて来てポツリと言った。
「帰りたくない……」
王都が見えて来た。
魔法の様な時間は終わった。
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新都オゼロ、東西約二十キロ、南北約十八キロ。不定形八角形の城壁を持つ人口約三十万人の巨大城塞都市である。市内北部の高台には、さらに城壁で囲まれた区画があり、その内部には王宮や貴族院、宰相府、迎賓館等の施設と貴族の屋敷が立ち並んでいる。
https://kakuyomu.jp/users/fuuchiang/news/16818093090209108562
新都オゼロ概略図(近況ノート)
俺達が向かっているのはロリーナ様の指示に従い彼女の屋敷だ。王族や貴族しか使えない北門が開かれていた。
俺達の車列は門の両側で整列する近衛兵の間を抜け、近衛の駐屯地を抜け、内城の城壁を抜け、王宮の裏から貴族の邸宅街へ入った。彼女の屋敷にはすぐに着いた。
先触れが届いたのだろう、大きな屋敷の中庭には医者や使用人が準備万端で整列していた。車列が停まると一斉に怪我人が運び出された。
「レオ様、ここまでありがとうございました。報酬のお話は後程いたします。それよりも、どうかお姉さまの事、よろしくお願いいたします」
「承知しました」
「それと。あの、もしよろしければこのローブを譲って頂けませんか?」
ロリーナ様はフードから頭を出したまま、大事そうにローブを羽織っている。
「それは構いませんが、お気に召したのなら新しい物を御用意しますが」
「いえ、このローブが良いのです……」
「分りました。では、それは差し上げますよ」
「本当ですか、ありがとうございます!」
ロリーナ様は満面の笑みを浮かならら、自分の体にギュッとローブを巻き付けた。
「セバス、この方をお部屋にご案内して。レオ様はわたくしとお姉さまの命の恩人です。丁重におもてなしを」
「畏まりました。お嬢様」
どこからともなく執事がやって来て、大量にある客間の一つに案内された。
~~~
部屋に入って着替えを済ませると、メイドさんがやって来て洗濯物を持って行った。一流ホテル並みのサービスだが、一流ホテルでもこれだけ豪華な客室を大量に用意出来る所は少ない。ギダのキャラバン商人が全員泊まってもまだ余裕があるだろう。大貴族は凄いな。
しばらくすると呼び出しがかかった。アリス団長の治療の件で話があるとの事だ。従僕に案内されて病室へ向かう。中には医者以外に先客がいた。
「レオ様、お休みの所をお呼び立てしてすみません。お父様、お母様、この方がわたくしとお姉様の命を救って下さったレオニード・クライン様です」
父親の方は堂々とした威厳のある体躯、精悍な顔立ち、一目見て只者ではないと分かる風貌、それでいて人好きのする独特の雰囲気。思わず土下座しそうになった。
母親はとても気の強そうな美人で、エロフィギアみたいな物凄いボディーをゴージャスなドレスに包み込んでこちらを睨んでいた。
「レオ様、申し遅れました。わたくし、ロリーナ・ドラゴウン・ベルレブース・デヴォーニア・メジェロ・ノーザンと申します。ノーザン王国の第三王女です。これまで本名を名乗らなかった事をお許し下さい」
「えっ!?」
えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
一瞬、目の前が暗くなった。
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