第5話 カリム間道 激突!
「始めまして。わたくし、名はロリーナと申します。姓はこの場では申し上げられないのお許し下さい。わたくしの配下が何かご無礼を働きましたか?」
恐らく上級貴族のご令嬢だろう。緩くウェーブのかかった明るい金髪、澄んだ緑の瞳、先ほどとは別人みたいなコロコロと鈴が鳴る様な心地良い声。十代前半だろうか、上品で高級なピンクのドレスに身を包んだ彼女は、小柄で華奢だが愛くるしく理知的な笑みを浮かべて佇んでいた。
俺は不覚にも、剣を振り抜いた間抜けな姿勢のまま彼女に見とれてしまった。
「え? あ。た、大変申し遅れました。私クライン商会の会長を務めております、レオニード・クラインと申します。ぼ、貿易商人をやっています。ここにおりますのはは私の兄弟と配下です」
俺は慌てて剣を収め、馬車から飛び降りて、片膝をついて頭を下げた。
「大変申し訳ありませんが、わたくし達は賊に追われています。配下のご無礼は改めて謝罪いたしますので、道を開けては頂けませんか?」
少女はそう言いながら俺の前まで歩いて来た。
「その件に関してですが、この先の森に賊の仲間が待ち伏せをしています。それをお知らせする為に敢えて馬車を止めさせて頂きました。ご無礼をお許し下さい」
「それは本当ですか?」
「間違いありません。賊の数は二十五人。我々は先ほどその森を抜けて来ました」
「ロリーナ様、嘘かもしれません。簡単にこの者をお信じになってはいけません!」
さっき俺に剣を飛ばされた兵士が声を荒らげた。お前、
少女は小首をかしげてしばらく考えると、何かを思いついた様に話し始めた。
「では、クライン様。先ほど賊の仲間とおっしゃいましたが、なせ仲間とお分かりになるのですか?」
「理由は二つあります。一つはその兵士の鎧に付いている矢傷、そこから漂って来る毒の臭いですね。その毒は砂漠のサハ族が使う毒です。私達はキャラバンでサハ砂漠を縦断して貿易をしている関係でサハ族の盗賊団には詳しいです。森に潜んでいた連中も同じ毒の臭いがしていました」
「もう一つの理由とは?」
「簡単ですよ。お嬢様の護衛は数が少ない上に指揮官が見当たりませんがどうされましたか?」
「全員馬を射られて落馬した様です。今は戦闘中だと思います」
「賊の狙いはお嬢様でしょう。なら、なぜ御者や馬車馬を狙わないのですか? 馬車を止めないと貴女は手に入りませんよ」
「え? あっ!」
「これは私達がキツネ狩りと呼んでいる賊の手口です。本隊以外に少人数の別動隊を用意して先に襲わせ、指揮官を潰して護衛隊から判断力を奪います。その上で可能な限り護衛の兵を剝がして行きます」
「最後に、獲物を本隊の方へ追い込みます。皆さんは賊から逃げているのでなく、賊の本隊の元へ誘導されていたのですよ」
俺はさっきまで真っ赤だった顔が真っ青になってる兵士に聞いた。
「賊の人数はどれくらいだった?」
「に、二十人くらいはいたと思う……」
「ルキア、林の中に何人いる?」
「道の上に二人、おそらく倒れていると思います。右に四人、樹上に二人。左に四、いや三人、樹上に一人。林の向こうに十人程度が固まってますが正確な数は分かりません」
「では、賊は七人だな」
さっきまで真っ赤だった顔が真っ青になり、また顔が真っ赤になった兵士がプルプルと震えていた。いきなり切りつけて来る奴が悪いのだ。反省しろ。
「人数が分かるのですか?」
「ええ、妹は人の気配にちょっと敏感なんですよ」
お人形の様な美少女はちょっと感心した様にルキアを見つめ、こちらに向き直すとと口を開いた。
「それで、わたくし達はどうすればよろしいのでしょうか?」
「賊が七人程度なら連中は私達で抑えます。お嬢様はその間に王都へお逃げ下さい」
俺がそう言うと、彼女は少し考えて、やがて毅然とした態度でこう言った。
「申し訳ありませんが、それは承服しかねます。あそこにはまだ姉が残っています。姉はわたくしを
美しいが意志の強そうな瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。困ったな。気持ちは分かるが、毒矢で負傷したのなら助かる可能性は低いし、それを話しても納得しないだろう。うーん、困った、どうしよう。
「ところでクライン様、貿易商人が運ぶのは物だけでしょうか?」
「えっ、いえ、亡命貴族の方とかをお運びする事もありますよ」
「では、こう言うのはどうでしょう。わたくしとお姉さまを王都まで運んでは頂けませんか?」
「それは仕事の依頼ですか?」
「はい、依頼です。報酬はお払いします」
まいったな、本当に子供なのかこの人。この手の交渉事でここまで食らい付いて来る相手は珍しい。まあ、報酬が出ると言うのならリスクとリターンの天秤は釣り合うが。
「分りました、お嬢さんの勝ちです。但し、依頼をお引き受けするには一つ条件があります。この場の指揮権を私に一任して下さい。貴女の配下が勝手な動きをされては成功は望めません」
「承知しました。では皆さん、以後はこの方の指示に従って下さい」
「はっ……」
「……はい」
「聞こえなかったのですか! この方の指示に従いなさい!」
「はっ! 只今よりクライン氏の指揮下に入ります!」
彼女の一喝で場の空気が変わり、全ての兵士が俺に向けて敬礼をする。
彼女はゆっくりと近づいて来て、天使の様な微笑みを浮かべながら手を差し出した。
「クライン様、これで契約成立ですね」
「お嬢さんには勝てないですね。お受けしましょう」
「でも、お嬢さんは止めて下さいな。ロリーナとお呼びになって下さい」
「それではロリーナ様、私もレオとお呼び下さい」
「ではレオ様、わたくしと姉を王都にお連れ下さい」
「微力を尽くします」
俺はロリーナ様とがっちり握手をした。
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「と言う訳で、みんな仕事の時間だ。ローズは林の入り口に馬車を移動してピケを張れ。ルキアはローズの支援。イーブとドラは左の三人を、俺とアレクは右の四人をやる。ローズの準備が出来次第、左右同時に突入して圧迫をかける。これによって敵左右の連携を阻害して各個撃破で殲滅する」
「女騎士は全周警戒でロリーナ様の馬車を守れ。馬車は方向転換して林に向けろ。騎士二名はこの位置から森方向を監視。それと、あんた耳を貸せ」
俺は信号機の様に顔色を変えていた兵士を呼んだ。
「もし森方向から馬に乗った奴が向かって来たら、俺達に構わずにロリーナ様の馬車を護衛して全速で王都に向かえ。彼女が何を言っても俺の命令だと言って無視しろ。指揮権は俺にある」
「し、しかし……」
「たとえ俺達が全滅したとしても彼女が無事なら俺達の勝ちだ。それが護衛の仕事だよ。お前は命に代えてもロリーナ様をお守りして無事に王都にお送りしろ。それが俺からの命令だ」
兵士はさっきまでの不貞腐れていた態度が一変し、背筋をピンと伸ばして俺に向かって敬礼した。
「確かに承りましたっ!」
そう言うと持ち場に向かって行った。まあ、短慮だが悪い奴ではなさそうだ。でも反省はしろ。
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ローズ達が荷台のあおりを立てて戦闘モードに変形させている。俺達の馬車は一見すると只の荷馬車だが、盗賊対策で色々な改造を施してある。折り畳み式のあおりもその一つだ。
フス派のウォーワゴン程ではないが、あおりを立てると荷台の全周が胸ぐらいの高さの盾になる。ちょっとした監視塔だ。これを道の真ん中に置いてローズの強弓で後方から支援させるのだ。
「あの、レオ様」
ロリーナ様が話しかけて来た。
「依頼の報酬の件なんですが、金額はいかほどご用意すれば良いのでしょうか?」
「金額の交渉は王都へ着いてからにしましょう。今は時間が惜しいです」
「あ、お忙しいところを失礼しました……」
「えっと、あ」
「あの、本当に大丈夫でしょうか?」
どうやら不安なんだろう。仕方ないか。
「連中は襲撃する事には慣れてますが、襲撃される事にはあまり慣れていません。その隙を突きます。それに彼らは荒事専門の連中みたいですから私達の事を知りません。その点でも私達の方が有利ですよ」
「あ。そろそろ準備が出来たみたいです。ロリーナ様は馬車の中で待機して下さい」
「では、ご武運をお祈りしています」
さて。では、闘争を始めようか。
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俺達を乗せた馬車がゆっくりと林の入り口に向かう。が、林の入り口で突然Uターン。その瞬間、二手に分かれて林の中にダッシュで突入した。
いた。木の上から様子を見に下りて来た弓兵だ。俺を見て慌てて獲物を弓から剣に持ち替えようとしたのが運の尽きだ。全力疾走で一気に間合いを詰め、
「兄さん、上!」
アレクの声に釣られて上を見る。弓兵が身を乗り出して俺に向けて弓を絞ってる。が、次の瞬間、その左目にローズの矢が刺さった。何が起きたか分からないまま、男の人生は終わった。地面に落ちる鈍い音だけを残して。これで二人。さらに駆ける。
いた。二人。木の向こうに隠れている。
「アレクは右! 俺は左をやる!」
アレクの駆ける音が右に開いて行く。俺の獲物は正面。相手は息を潜めて待ち構えている。右から切り込むか左から行くか一瞬考える。木にぶつかる直前、右から回り込む振りをして、地面を蹴って左から飛び込む。両手に剣を持って。
ガキン! 剣と剣がぶつかる激しい音が響いた。
男の読みは正しかった。奴は俺が飛び込む瞬間に合わせて両手剣を真横に振り抜いた。が、その剣はTの字に構えた俺の右の剣の腹を打っただけだった。そして、奴の頭上には俺の左の剣が残っていた。
すれ違いざま、俺はそれを真下に振り下ろした。
「ギャー!」
男の悲鳴が林の中に響いた。男の両腕は手首から先が無くなっていた。
『さて、そのままだとお前は死ぬ』
『だが、今止血をすれば命は助かる。誰に頼まれた? 素直に白状するなら助けてやるぞ』
俺は連中が使うヘルム語で話しかけた。
男は俺の声に気付くと反射的に懐に手を入れた。だが、男は懐に隠したナイフを掴む事は出来ない。ゆっくりと引き出された腕の断面からはピューピューと赤い血が噴き出していた。マスクに覆われた顔からは男の表情が伺えないが、その眼には絶望しかなかった。
急に男の眼が笑った。次の瞬間、男は大量の血を吐いた。恐らく口に毒袋を含んでいたのだろう。予想はしていたが助ける義理も無かった。男は死んだ。
俺達は賊を制圧した。
https://kakuyomu.jp/users/fuuchiang/news/16818093089993589668
カリム間道周辺略図(近況ノート)
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