月の夜

虫十無

1

 ここ最近満月の夜には散歩をする。もうそろそろ半年になるだろうか。

 最初はたまたまだった。たまたま満月の夜に帰りが遅くなって、それで夕飯すら食べられていなかったからコンビニに寄るためにいつもは通らない空き地の横の道を通った。そこで彼女を見た。白いワンピースとサラサラの髪が月明かりに映えて綺麗だった。彼女は踊っていた。ふわふわと、まるで蝶のように動いていた。あれがなんて踊りなのか僕は知らない。ただ、綺麗だと思った。

 その日は気づいたら家にいた。コンビニにはちゃんと寄ったようで夕飯として買ったらしいお弁当が目の前にあった。月明かりと彼女だけを記憶に残してそれ以外はわからない。

 それから数日は毎日同じような時間にあの空き地に行ってみたけれど、彼女はいなかった。その数日で少しずつ細くなっていこうとする月に、もしかしてと思った。彼女は誰かに見せるために、満月の夜にだけあの空き地で踊っているんじゃないだろうか。気づいてから僕は次の満月はいつなのかを調べてその日を楽しみにするようになった。

 次の月の満月に、散歩してあの空き地まで行って、そしてまた彼女を見た。彼女はその前のときと同じように踊っていた。月明かりが似合う。僕はただ彼女に見とれていた。

 その日は帰ってきたような記憶がぼんやりある。ただもう半年近く前のことだから記憶が薄くなっているだけだろう。

 そうやって彼女の踊りを満月の日に毎回見に行っている。彼女は誰なのだろう、どうしてあの時間にあの場所で踊っているのだろう。疑問はいくつも浮かぶけれど彼女に聞いてみたことはない。そもそも話しかけたこともないのだ。ただ僕は彼女の観客で、彼女は観客の事なんて認識していないかもしれない演者だ。


 新月の晩、あの満月の日のように帰りが遅くなった。今日は新月だから彼女はいないだろう、そう思いながらあの空き地の横の道へ入る。街灯の下、動くものがある。ぽつりぽつりとある街灯全ての下で彼女が踊っている。全く同じタイミングで全く同じ動きをする。地面の凹凸も全部の場所で同じであるかのように彼女……いや、彼女たちは動く。どういうことだろう。全部が全部彼女に見える。同じ人間など存在するはずがないのに。

 スゥと街灯が消える。違う、僕が目を閉じたんだ。音は何も聞こえない。けれど多分まだ彼女は踊っている。僕が見ていなくても彼女は踊っている。だってそれがいつも通りだから。

 ブロロロと後ろから音が聞こえる。車が来ているのだろう。閉じた視界でも少し明るさを感じる。ああ、僕は道の真ん中で突っ立っている。いくら細い道とはいえ車が通らないわけではないんだからこんなところで立ち止まっていては迷惑だ。意を決して目を開く。車のヘッドライトに照らされた道には僕以外誰もいなかった。

 そこからどう帰ったのかは記憶にない。今度はコンビニに寄り損ねたようで食べるものは何も持っていない。

 次からの僕の深夜の散歩がどうなるかはわからない。僕の中に今あるのは美しいと怖いの二つだから。

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