厨二病世界

おゆ

プロローグ

───────俺、浅倉良あさくらりょうは無能者だった。呪文を唱えようが、念を込めようが、陣を描こうが、何も起きなかった。魑魅魍魎の姿どころか影さえ捉えられず、声を聞くこともなかった。しかし俺は諦めなかったし、知っていた。今は目に捉える事は叶わないが、不可思議なモノが存在する事を。そして俺自身の中にも不可思議で、そして大きな力が眠っていることを。今は無能者であろうと、いつか修行の果てに必ずや、内なる秘められし力を手にすることができると。だが現状、俺は未だ俺の中に眠りし力を掌中に収めることが出来ていない。そして覚醒していなくとも、何らかの事由で力を垂れ流し、失う事があるかも知れない。それを防ぐために俺は毎日、術を放つ際に使う腕に封印術式を組み込んだ特殊な包帯を巻き、力の源がある丹田には力が意図せず暴走しないよう抑制の刻印を施した。しかし、これは俺が世界を改変せんとする力をものに出来ていれば必要のない措置であり、この措置をしている間は全く宝の持ち腐れ・・・・・ただ力を溜め込んでいるだけ。


「───、──────。」


そのような状態でもし、悪の使者に見つかってしまったら?今の俺では太刀打ちができない。いや、もしかするとこの溜め続けた大いなる力を手にして悪をなさんとする、悪辣なる者の格好の餌食となるかもしれない。いや、きっとそうだ。俺は敵の餌食とならぬよう、そして悪しき者どもからこの神聖なる力が悪用されぬように戦わねばならない。


「───?──ら!」


そのためには一刻も早く覚醒し、魔力を己がものにして、さらなる高みへと至らねば!そして神術を振るって戦う術を身につける!まずはこれまでの修行を見直し──────。


「浅倉ァ!!!」

「はいィッ!!」


突然の大声で名前を呼ばれ、ガタガタと慌てて立ち上がる。キョロキョロと周囲を見渡せば教室中の視線が俺に集まっていた。


「何ニヤニヤしてんだ、授業に集中しろ!」

「す、すみません・・・」

「全く、ずいぶんと余裕があるようだな。授業に集中してなくとも簡単だから問題ないってか?」

「い、いえ、そういうわけじゃ」

「だったらちゃんと聞け!ほら教科書の87ページの問5!あとはお前だけだぞ!さっさと答える!」

「はいっ」


はぁ、そんなに怒鳴らなくても。この数学教師はすぐに怒鳴るから好きになれないんだ。

早足で机の合間を縫って黒板へと向かう。幸い、当てられると分かっていたから、昨日の夜のうちに問題を解いておいたのだ。狼狽える事なく解答をノートから黒板に書き写し、席へと戻る。


「・・・・・・正解だ、解けているのならさっさと来い。次からはちゃんと授業を聞いているように」


まだ少し不機嫌そうな声でそう言い、教師は授業を再開した。授業を聞けと言われても、俺はこれから修行の見直しをして、より効率的な方法を模索しないといけないんだ。出てるだけマシだと思って欲しい。修行は授業なんかよりもずっと大事なんだぞ。何せ世界の命運すらも左右しかねないのだからな!本当ならこんな事してる暇なんてないんだから。ホント学生って面倒だ。せめて世界の神秘とか神術とか魔力とか内なる力についてとか戦いとかの授業があれば良かったのに・・・いや、やっぱり一般人には難しいか。そも、修行の道は険しいし、敵は強敵が多いだろうし。一般人を戦いに巻き込むのはいけない。一般人は何も知らず、その平穏な暮らしを陰ながら護るのが、きっと俺に課せられた使命なんだろう。


────────────────────


「つっかれたぁ〜」


終業のチャイムが鳴り響いてようやく最後の授業が終わった。

全く何故学校は朝から夕方までびっしりと授業を詰め込むのか。√とかπとか絶対に将来こんなの使わないだろ。そんなこと学ぶ暇があるなら、戦闘術とかもっと有意義なことを教えて欲しいものだ。古典とか必要か?和歌や古文の現代語訳って何の意味があるんだよ。そんな事よりも呪術とか占星術とか八卦とかの方が断然使えると思うんだが?まぁそんな事、一般人向けの学校に対してウダウダ言ってても無駄か。早く帰って修行せねば。パパッと荷物をまとめ、教室を出て一直線に玄関口へと向かっていると、後ろから声をかけられた。


「待って浅倉君!今日は部活動の日だよ!」


パタパタと追いかけてきたのは同じクラスで同じ美術部の・・・・・・ナントカさんだ。

顔は覚えているものの正直興味がなかったので名前を覚えていない。というか、クラスメイトとはほとんど話さないので大半の奴の名前を覚えていない。その中でもこのナントカさんは定期的に部活動に参加するように言ってきて、正直ちょっと鬱陶しい。


「あー用事あって・・・今日はパスで」

「えぇ?浅倉君いつもそれじゃない。本当は用事なんてないんでしょ?今日作品展についての大事な話があるって顧問の先生が」

「あーいいよいいよどうせ出さないし。本当ちょっと早く帰りたいんだよね、それじゃ」


言い募る彼女の言葉を遮り、話を切り上げて足早に立ち去る。俺は一応美術部に属してはいるものの、2、3回参加しただけでそれ以降は一度も行っていない。ところ幽霊部員というやつだ。そもそも部活に入っているのだって、必ずいずれかの部活動に所属しなければならないからにすぎない。美術部を選んだのは単に、運動部と違って比較的楽そうな文化部の中で、俺がやりたい事が出来そうな部活が美術部だったというだけでしか無い。しかしやりたかった陣の練習も、作品の作成や発表をしなければならない、魔術陣や呪術陣はダメ、と結局満足に出来ない事がわかったので、僅かにあった行く気がゼロになってしまった。それ以来、なんだかんだ全てサボっている。一体陣のどこがダメなんだ。全く。


────────────────────


玄関口で靴を履き替え外に出る。学校から家までは徒歩15分と言ったところ。そこそこの距離だが、考え事をしながら歩くには丁度いい距離だ。道のりも簡単で、校門を出て真っ直ぐ進み、少しばかり見通しの悪い一つ目の信号を越えたら、右へと曲がり、また真っ直ぐ進むと家に着く。慣れれば無意識下でも帰ることが出来るので、登下校時にはいつも修行の事などを考えている。


「本当は修行も師匠とか教えてくれる人がいてくれたらいいんだろうけど・・・せめて仲間とか」


だがいないものは仕方がない。自力で魔法力をものにするしかないのだ。それに仲間だって敵と対峙していくうちにきっと出来るだろうし!

そう例えば、身に秘めし力を敵に狙われて、攫われる寸前の少女を俺が颯爽と助け出し、『神聖なる力を持つ者同士、共に悪に立ち向かおう!』『ええ、私貴方についていくわ!』そして戸惑いながらも決意を固める少女と力を合わせ、少女を攫いに来た悪の組織を退ける!・・・なんて。

あとは街中でちょっと揉めてしまった相手、モヤモヤしつつもその場は収めてそいつと別れる。しかし敵が悪事を働いているところに偶然一緒に居合わせ、実はそいつは俺の同類で、なんだかんだ即席バディを組んで敵を倒すことになる。その過程で「お前意外とやるじゃないか」「お前もな」とお互いを認め合い仲間として協力する事に!・・・とか。

他にも敵対していたが改心して仲間に───


「ふふふふふふ・・・・・・」


いずれ来るであろう未来に思いを馳せ、さらなる考えに耽っている最中、ドンっと強い衝撃が身体を襲った。次いでわずかな浮遊感。え?と疑問に思う隙もなく俺の身体は地面に叩きつけられた。


────なんだ?敵が攻撃して来たのか?!



衝撃と痛みに混乱する頭の中で、そう思ったのも束の間、視界は暗く染まり、俺の意識は途絶えた。

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厨二病世界 おゆ @O-Yuyuka

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