第2話 パブロフのドッキリ

「……さん、七瀬さん? あれ、いないのかしら? 次、七瀬楓さんの番ですが、いらっしゃいませんか⁉」

 

 ん、んん-。なんか名前、呼ばれてるな。あー、ちょっと寝ちゃってた。


「あ、はい、七瀬です。ここにいま~す」


 目をこすりながら右手を上げる。


「七瀬さん!早くこちらへ。次はあなたの番ですよ。すぐにスタンバイしてください!」


 ダークグレーのスーツをパリッと着こなした秘書風お姉さんが、ピリピリした雰囲気を出しながら、ボクに向かって手招きをしている。


「あ、はい、すみません」


 言われるがままに小走りで近寄る。


「そこ!そこでスタンバイしてください。はい、始めますよ」


 始めるって何を? スタンバイ?


 ボクの正面には、長机に座った大人たちが3人。何かプリントのようなものを見ながら小声で話し合っている。

 

 なんだこれ?

 と、その時、部屋全体を包み込むように大音量の音楽が流れだす。


 

 ああ、何億回も聞いた彼女たちのデビュー曲だ。


 The Beginning of Summer


 音楽に合わせて自然と体が動き出す――。



 メイメイ……。

 


* * *


「はい、そこまででけっこうです。七瀬さん、ありがとうございました」


「あ、はい。ありがとうございました?」


 踊り切ってしまった。条件反射で完コピしたメイメイパートを踊りきってしまった。

 でも仕方ないよね。

 ≪初夏≫の曲がかかったら盛り上げないとかありえないし。

 これがパブロフの犬ってやつか。あー、はずかしい。

 


 ちょっと顔でも洗ってこよう。

 ってここどこなの⁉ 


 改めてあたりを見渡してみても、まったく見覚えがない場所。

 会議室かなにかなのかもしれない。

 正方形の部屋に存在しているのは、長机。そしてそこに座った3人と、秘書のお姉さんだけ。



「あのー、すみません。お手洗いはどこですか?」


 小声でお姉さんに助けを求める。


「お手洗いね。そこの扉を出て、右に曲がってすぐのところにありますよ。この後すぐ歌なので早めに戻ってきてくださいね」


 先ほどのピリピリした雰囲気とは違い、柔らかな表情だ。


「あ、はい。ありがとうございます?」


 とりあえず急ぐか。

 早く戻ってこいということなので、急いで顔を洗って……歌?




 トイレの洗面台の蛇口をひねりながら、ふと目の前の鏡を見る。

 鏡面に映っているのは、自分ではない誰かの顔。ショートカットの女の子?


「え? なにこれ? だれ?」


ボクがペタペタと頬を触ると、鏡の中の女の子も真似て頬を触ってくる。


「だれ? ドッキリ?」


ちょっとかわいいけれど、だれよ? ドッキリ?


あごに手をやったり、耳を引っ張ってみたりしても、しぶとく真似てくる。


むむ。やるじゃないか。

それならこうしてこうだ!

右手を上げて! 左手上げて! 右手下げないで、左手下げる!



ふむ……認めなくてはならないようだな。

鏡に映っているのは……ボクなのか。


「いや、だれだよ‼」

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