深夜、コンビニ、ライブチケット
石野二番
第1話
深夜。日付が変わった頃。俺はコンビニにいた。散歩がてら酒でも買って飲みたい気分だった。
会社で任されていた大きなプロジェクトが成功をおさめたのだ。これまでの残業に次ぐ残業が報われた瞬間だった。その祝い酒というわけだ。
缶チューハイとビールを適当にかごに放り込み、レジで支払いを済ませる。コンビニを出ると、目の前の車止めブロックに座り込んでいる男と目が合った。そのまま素通りして帰ろうとしたのだが、
「おにいさん、なにかいいことでもあった?」
不意にその男が声をかけてきた。
「え?あ、いや別に」
「そんな邪険に扱うなよぉ。同じギタリストのよしみだろぉ?」
その言葉に俺は咄嗟に手元を隠した。
「ギターをやってたのは、ずいぶん昔のことなので……」
そう言って立ち去ろうとするが、
「おにいさん、嘘ついちゃいけねぇよ。ギターに未練バリバリって顔してるぜ」
男はなおも絡んでくる。その見透かしたような言動に俺はムッとして、
「絡むんじゃないよ、この酔っ払い」
と吐き捨てた。
「おっと、これは悪かった。気を悪くしないでくれ。お詫びにこれやるからさ」
そう言って男は一枚の紙きれをポケットから取り出した。よく見るとそれはライブチケットだった。
「俺バンドやっててさ。インディーズなんだけど、そこそこの知名度なんだぜ。ここで会ったのも何かの縁。一度でいいから聴きに来てよ。俺らの音をさ」
言うが早いか俺の空いてる方の手にチケットを無理やり握らせる。
「いや、こんなのもらっても……」
「何、タダでもらうのは申し訳ないだって?そう言われちゃしょうがないな」
男は俺の提げていたビニール袋に手を突っ込みビールを一本抜き出した。
「じゃあこれと交換で」
プシッと缶ビールを開けて中身をあおる男に俺はもう何も言えなくなっていた。
「あれ?その人誰?」
背後、コンビニの入り口から若い女性の声がした。
「お、買い物終わったか?」
「うん。で、この人は?」
「俺のファンだって」
男がまた一口ビールに口をつけながら答えた。もういちいち訂正するのも面倒になってきた。
「そのビールは?」
「このファンにもらった」
聞いていながら、女性は興味なさげに「ふーん」とだけ返して、俺の方に向き直り、
「今度あたしらライブやるからさ。こいつのファンなら見に来るといいよ」
と気だるげに言って男と一緒に去っていった。
「なんだったんだ、今の」
俺は手に握らされたチケットに目を落とす。
「ライブか」
学生時代に組んでいたバンドを思い出す。
「行ってみてもいいかもな」
呟いて、俺は帰路に就いた。
深夜、コンビニ、ライブチケット 石野二番 @ishino2nd
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