2 私の居場所を教えたい

 授業をサボっても、思わせぶりな同級生に連れ去られても死ぬわけじゃない。

 実は僕は真面目な生徒だが、自分の信念に従うことにした。

「まあ、死ぬことはないな。ショットガン持った強盗でも押し入ってこない限り……って、なんでコンビニ!?」

 白河に連れられ、開いていた裏門から出て、徒歩三分。

 到着したのは、コンビニだった。

 ギャラクシーマート、略してギャラマ。コンビニ大手の一つだ。

 僕もよく行く好きなコンビニなんだが、最高にいい気持ちになれるほどじゃない。

「というか、コンビニ行きたいなら一人で行けばよかったんじゃ?」

「わたし、コンビニ入るの三ヶ月ぶりとかなんだよね」

「は!?」

 そ、そんな中学生がこの世に存在するのか……。

 僕なんて、ほぼ毎日行ってるぞ。場合によっては一日二回。

「真道の生徒って、コンビニにも入らないもんなのか……?」

「普通に入るよ。わたしの家が厳しくて、コンビニでの買い食い、ダメ絶対ってだけ」

「……僕、幻を見てる? カゴに次々と放り込まれてるこれはいったい?」

 白河は嬉しそうにコンビニのカゴを持ち、次々とそこに商品を放り込んでいる。

 シュークリームにタルト、ケーキ、プリン、ほとんどがスイーツだ。

 これを買い食いと言わずして、なんと言う?

「ダメなら買わないなんて良い子ちゃんじゃないから。マリオネットも時々糸を切りたくなるんだよ」

「マリオネットには見えないけどな……」

 あれだけ堂々と遅刻しているんだから、良い子ちゃんじゃないのもわかりきってる。

「でも、僕もこんな時間にコンビニ来るの珍しいかも。ちょっと雰囲気違うな」

「そう? まあ、この辺はけっこう会社とか多いんだよね」

「なるほど。それで、サラリーマンらしい人たちの姿が多いのか」

 コンビニに行くなら放課後が多い僕には、ちょっと新鮮かもしれない。

「おにぎりとかサンドイッチで手早く昼食を済ませて、お仕事に戻るわけだね。社畜の鑑だ」

「あまり立派に聞こえないな……」

 お昼休みは休まないと、それこそ死んじゃうんじゃないか?

 僕的にはオススメできない生き方だ。

「あれ、なんの話だっけ? わたしが一人で来ればいいのに、だっけ?」

「そこに戻らなくてもいいけどな……」

「だって、灰瀬くん、退屈なのかなと思って」

「退屈?」

「屋上で寝てるよりは、コンビニのほうがマシかなって。え、ダメ?」

「ダ、ダメではない……けど」

 白河は、ただ自分がコンビニに行きたいだけではなかったらしい。

 僕が退屈していたかはともかく、教室に行くのに気乗りしなかったのは確かだ。

「コンビニじゃ物足りなかったかな。でも、学校の近くだと他に思いつかなくって」

「い、いや、コンビニでいい。コンビニ、好きだし」

「あ、そうなんだ。よかったー」

 にこっと白河が無邪気な笑みを浮かべる。

 単にわがままに付き合わされたんじゃないなら、文句も言いにくい。

 それに、そんな笑顔を見せられたら……。

「あ、灰瀬くんもほしいの、どんどんカゴに入れていいよ」

「……僕はお昼食べたばかりだし」

 とはいえ、コンビニに特に用はないんだよな。

「なんだ、遠慮しなくていいのに」

 そう言いつつ、白河はさらにスイーツをカゴに放り込んでいく。

「ちょっとびっくりだね。見たことないスイーツがいっぱいだ」

「まあ、コンビニは商品の入れ替え激しいからな」

 スイーツだけじゃなくて、弁当やおにぎりも次々と新商品が出てくる。

 ほぼ毎日コンビニに行ってる僕でも、把握しきれない。

「久しぶりにコンビニ来ると、別のお店みたい。これは長期戦になるね」

「僕ら、学校サボってるんだが?」

 そんなに堂々と長期戦をやらかしていいのか?

「あー、ドリンクも全然違う。コラボ商品とかも多いね」

 さらに、キャラメルラテに抹茶ラテと飲み物も忘れてない。

 そもそも、女子と二人でコンビニ来たのは初めてだ。

 なんだろう、この全然なんでもないような、ちょっと特別なような感じ……。

 コンビニなんて当たり前の場所すぎて、まったく特別感なんてないはずなのに。

 色素の薄い髪、すらりとした長身、短すぎるスカートから伸びる長い脚。

 振り向いて嬉しそうに新スイーツの発見報告をしてくるたびに、長い髪が揺れて、甘酸っぱい香りが漂う。

 さっき会ったばかり──みたいなもの──の女の子と一緒というだけで、僕にとっては見慣れているコンビニが別のお店みたいだ。

 おかしいな、チョロいのは僕のほうか?

「というか、いくらなんでも買いすぎじゃないか……? わっ、スナック菓子までそんなに放り込んだら」

「いいの、いいの。そうだ、アイスも買おう。そろそろアイスも美味しい時季だよね」

 白河は、すたすたとアイスクリームが並ぶボックスの前に立つ。

「あ、ストロベリーチョコクッキーが一個しかない! しまった、この新作アイス気になってたのに」

「コンビニ行ってないのに、新作アイスはチェックしてたのか」

「基本でしょ。仕方ない、トリプルショコラにしとくか……」

 なにが基本なのかさっぱりだし、無理にもう一個買う必要はないのでは。

 コンビニの小さめのカゴから物が溢れ出しそうだ。買い物を楽しんでるな……。

「じゃ、お会計──と、今ならいいかな」

 白河はレジの前に立つと、周りをきょろきょろ見てから店員さんに向き直った。

「すみません、これちょっと写真撮っていいですか?」

「え? え、ええ、どうぞ」

 店員さんが頷くと、白河は僕にスマホを手渡してきた。

 山盛りのカゴと白河をまとめて撮れということらしい。

 今は並んでいるお客さんもいないので、迷惑にもならないだろう。

 僕はカゴと白河をセットで二枚、カゴのみ一枚撮ってから会計を済ませる。

 白河がスマホの電子決済で支払ったが、びっくりするような額だった。

 僕がコンビニでこんな金額を使ったら、母から説教一時間コースは確定だろう。

「けっこうな量だなあ」

 一応、男子として僕がレジ袋を持って店を出た。

 小さめのスイーツばかりでも数が集まれば、意外と馬鹿にならない重さだ。

「白河、わざわざ写真撮ったのはなんだったんだ?」

「〝スレンダーJCがコンビニスイーツ爆買いしてみた〟」

「ネタが弱くないか?」

「なーに、サムネを胸か太もものアップ画像にすれば」

「白河、もしかしてYouTuber?」

「ただの趣味、かな。わたしは世間に顔を出しちゃいけない立場だよ。白河家の令嬢が顔バレしたら、危険だからね」

「冗談でもなさそうだな……よっ、と」

 僕は重たいレジ袋を逆の手に持ち直す。

「あ、やっぱ重い? 半分こしよっか」

「え」

 白河はレジ袋の取っ手を一つ掴んできた。

 僕と白河で、一つのレジ袋を一緒に持った形になってる。

 なんか、これって手を握るより恥ずかしくないか……?

「うん、二人で持てば軽いし、男女平等だし、誰からも文句なしだね」

「…………」

 白河のほうは気にならないらしい。

「どうかしたの、灰瀬くん? 顔、赤くない?」

「べ、別に……そうだ、危険で思い出した。あのチンピラ──じゃない、ホテルで白河に絡んでたお兄さんは大丈夫だった?」

「ああ、あのあと一度も会ってないね」

「それならいいけど……」

 真っ先にこれを確認するべきだったかもしれない。

 謎のお姉さんが制服を着て現れたことに、自分で思ってた以上に動揺してたみたいだ。

「あの男の人って、なにを隠そう、

「い、許嫁?」

「そう、許された嫁。嫁になることを許すなのか、嫁になってあげるって意味なのか」

「さあ……?」

 許すに婚と書くバージョンもあったが、どちらでも合ってるんだろう。

 確か〝当て字〟で、〝嫁〟が入ってるけど男女どちらに使ってもいいんじゃないか。

「文字はともかく……上流階級だと、まだ許嫁なんてものが実在するのか」

「意外とあるみたいよ。特にウチの学校は許嫁いる人、そこそこいるんじゃない?」

「なんて時代錯誤な……って、待った! 許嫁にあんな対応してよかったのか? 僕、余計なことしたんじゃ?」

「あの人には余計だったんじゃない? わたしと本気で結婚したかったみたいだし」

「……僕、消されるんじゃないか?」

 あのスーツの人、身なりはよかったけどチンピラみたいだったからな。

「天条寺に認知されてる灰瀬くんには簡単に手出しできないよ」

「僕のこと、なんでそこまで知ってるんだ……?」

「調べればわかることなんて、重要じゃない。重要なのは灰瀬くんが──灰瀬が見知らぬ女の人を助けてくれるヤツだってこと」

「別に……あのときは消されるとは思わなかっただけだよ」

 死にはしないから、お姉さんを助けたというだけ。

「そういうことにしてもいいけど、灰瀬はどっちみちあの人に恨まれることになってたと思うよ」

「は? なんで……って、わっ!?」

 突然、白河は握っていたレジ袋を引っ張り、僕を引き寄せるようにして。


「わたし、君と結婚することになったから。許嫁になったら逃げられない!」


「……へぇ」

「リアクション薄っ! もしかしなくても信じてないね!」

「許嫁とか言われてもな」

 あまりにも現実離れしすぎていて、我が事と思うのは無理がある。

「あ、灰瀬。教室には戻れないよね」

「うん? なんで?」

 学校の裏門前に着いていて、白河は脈絡もなくそんなことを言った。

 なぜかちょっと困ったような顔をしているが、困らされてるのは僕のほうだが?

「二人で戻ったら、授業サボってなにをしてたんだって噂されちゃう……」

「堂々とサボるくせに、そこが気になるのか? 気にするところ、間違ってないか?」

「あ、でも、大丈夫。うん、白河白亜の恋愛は、いつでも準備は万全だから」

 そう言うと、白河はスカートのポケットからなにかを取り出した。

 プラスチックのタグがついた、古びた鍵だった。

 タグには手書きのペン文字で〝放送室〟と書かれている。



 僕の前の中学にも放送部はあった。

 どんな部活動をしていたのかと訊かれたら──さっぱり思いつかない。

 教師が生徒や他の教師の呼び出しをしていたけど、放送部はなにをしてたっけ?

 まるで思いつかないので、放送部があったという記憶が間違ってるのかも。

「あ、このもちもちクレープ美味しい。最近、猫も杓子ももちもちしてるけど、これは当たりだ。中の甘いクリームとほろ苦いティラミスがマッチしてるね」

「……それはよかった」

 白河は、さっそくレジ袋からスイーツを取り出して食べている。

 僕も好きに食べていいとの仰せだが、まずはこの状況の確認だ。

 ここは、放送部の部室。

 壁際に並んだ放送機材に、ガラス窓の向こうの収録ブース。

 ラジオの収録スタジオと基本的には同じ構造らしい。

 長テーブルが部屋の中央に置かれ、ブースと反対側の壁際に大きなソファもある。

 僕と白河は、そのソファに並んで座っている。

「白河……本当にここ使っていいのか?」

「わたし、放送部員だから大丈夫。部員だから鍵を持ってたんだよ」

「普通、部員だろうと生徒は鍵なんて持てないだろ」

「放送部は特殊な部活だからね。部員が部室を使いやすいようになってるんだよ」

「緊急放送のときに、すぐに部室を使えるようにとか? 嘘くさすぎる……」

 見たところ、高価そうな機材に、PCなどもある。

 こんな部屋を生徒に自由に使わせるわけがないので、白河が不正規な手段で入手したのは間違いない。

「でも、白河が放送部っていうのは意外だな。そもそも部活に入るタイプに見えない」

「真道は部活強制なんだよ。灰瀬も、一ヶ月以内に入部させられるよ」

「へぇ、そうなんだ」

 前の中学は部活は任意だったが、強制の学校も珍しくないのは知ってる。

 ちなみに、前の中学では帰宅部だった。

「灰瀬も放送部、入る? たまに先生に頼まれて放送するくらいだから、死ぬほど暇だよ。サボっても他の部員に文句言われることもないし。そもそも、職員室からも全校放送できるしね」

「放送部の存在意義とは」

 やはり、ここの放送部も前の中学と似たようなものらしい。

「お昼休みに音楽流したりはしないのか?」

「音楽聴きたきゃ、スマホで聴くでしょ?」

「ごもっとも」

 そもそも、音楽に興味のない生徒も多いだろう。

「スマホとかタブレットで動画観てる子も多いしね。わたしはぼーっと音楽聴くだけっていうのも好きだけど」

「ふぅん……」

 白河が放送部に入った理由は、そのあたりか?

「ここの機材使えば、教室の大きいモニターとか、生徒用のタブレットに配信できるんだよね」

「ああ、そういうシステムなのか」

 教室前方の壁には、大型モニターが壁掛けになっていた。

 教材の映像を流すためのものだが、そういう使い方もあるのか。

 タブレット端末を全生徒に配布する学校は珍しくないし、真道では僕も受け取っている。

 教科書や問題集がデータで入っているので、重たい実物を持ち運ばないで済むのはありがたい。

「放送部のことはともかく、そろそろ教えてもらえるかな? 転校したばかりで、堂々と授業をサボったんだから少しは得るものがないと」

「……なんの話だっけ?」

「おい」

 白河、本気で考え込んでる顔だったぞ。

 僕を連れ回したかっただけじゃないだろうな?

「ホテルで会ったこととか、どうして同じ学校なのかとか、どうして僕の名前を知ってるのかとか──どうして僕が白河の許嫁なのかって話だよ」

「ああ、ホテルで会ったのも学校が同じなのも偶然じゃない? ただ──」

 白河は、ちらっと僕を意味ありげに見て。

「灰瀬譲、四月四日生まれ、十四歳」

「え?」

「神奈川県海老名市出身、市立北海老名小学校卒、北海老名中学から真道学院中等部に編入。母親は灰瀬。父親は天条寺家当主の貴晴。十四歳で父親が認知。身長一五九センチ、体重五十一キロ。視力一・五。小学四年生時に交通事故による入院歴アリ。既往歴ナシ、健康状態極めて良好、情緒面にやや難あり」

「待った待った待った! な、なんでそこまで知ってるんだ!?」

 身長体重視力とか、そんな細かいデータ、いったいどこから!?

 情緒面に関してのデータも聞き捨てならない!

「灰瀬、お金さえあれば世の中のたいていのことは知れるんだよ」

「絶対、個人情報ナントカ法に反してるよな……?」

「まさか、今はコンプライアンスが重要な時代だよ? 全部合法的な手段で手に入れたに決まってるじゃん」

「…………」

 合法だと、余計に怖い。

 お金で黒が白に変わるように法がねじ曲げられてるじゃないか。

「もしかして、僕が白河の許嫁ってガチの話なのか……?」

 僕の個人情報が他人に伝わる理由としては、ありえなくない。

 家同士で、許嫁の二人の情報共有がされている。

 共有されているとしても、僕に白河の情報が伝わってないが。

「天条寺家と白河家の縁談なら、バランスは悪くないね」

「そういう問題じゃない! 勝手にバランスを取られても困る!」

「許嫁って、本人の意思なんてガン無視で進むもんだから」

「この縁談、白河の意思が介在してるように見えるが?」

「灰瀬の意思は無視されてるじゃん」

「そのとおりだな!」

 僕も操り人形じゃないんで、勝手に決められても困る。

「そんなに興奮しなくても。わたし、言ったじゃん。〝わたしと結婚しない?〟って」

「……あれを真に受ける人はいないだろ」

 衝撃発言の直後に、すぐに母から電話が来て父が待つレストランに向かわなければならなくなった。

 それをいいことに、僕は謎のお姉さん──白河から逃げたわけなんだけど。

「わたしは、ウソはつかないんだよ」

「有言実行すればいいってわけでは……」

 突然、見知らぬ相手に結婚を申し込んで、許嫁になるっていう事務手続きをこなされても困る。

「上流階級では結婚ってそんな早くに決めることなのか? 僕らはまだ、十四歳だぞ」

「わたしは誕生日まだだから、十三歳」

「なんにしたって、結婚できるのは最短でも五年も先だろ」

「というか、灰瀬はわたしと結婚したくないの?」

「こっちは今日君の名前を知ったばっかりなんで。昨日知ったならともかく、いきなり結婚したいなんて思わない」

「灰瀬はひねくれてるね。でも、なるほど。確かに、

 白河は、例のカップアイスをぱくりと食べる。

「たとえば、わたしの好物。このストロベリーチョコクッキーアイスだよ」

「それ、さっき初めて買ったって言ってなかったか?」

「本日をもって好物になったってこと。どうぞ」

「ん?」

 白河は、カップアイスをスプーンですくって、僕のほうに差し出している。

「…………」

 僕はスプーンに乗ったそれを、ぱくりと一口で食べた。

「わっ、食った!?」

「食べろって意味じゃなかったのか? うん、確かに美味しい。苺が効いてる」

「……ちょっと期待してたのと違うな。もっと間接キスとかなんとか照れるかと」

「白河が毒味してたから、食べても大丈夫かなと」

「毒味言うなや」

 白河が食べても平気なら、食えないほど不味くはないだろう。

「でもこれ、マジ美味いでしょ。もう一口……いや、それはもったいない……うーん」

「こんなにたくさん買っておいて、アイス一つくらい惜しむなよ。あれ、このプリン、同じのが二つあるぞ」

 僕は袋をちらっと見て、同じスフレプリンが二つあることに気づいた。

「あ、それ一番好きなヤツだから、灰瀬にプレゼント。定番スイーツで三ヶ月前も今日もあったね。美味しいよ、どうぞ」

「……ああ、どうも」

 白河がにっこり笑って差し出してきたプリンを受け取る。

 退屈そうな僕を連れ出して、スイーツをくれて、楽しませようとしてる。

 白河はわがままなようで、意外に気遣いができるらしい──

 って、こんなことで感心するとか、僕のほうこそ本当にチョロいヤツみたいだ。

「灰瀬も気に入るといいな。ふわとろでちょっと苦みがあって──あっ、チャイム」

「うわ、今日は午後はこれで終わりじゃなかったっけ。丸々午後をサボったことに……」

 転校してきたばかりで、生意気だとかシメられないだろうか?

 委員長ツインズを頼ることにならなきゃいいが。

「えーと、こうだっけ……」

「ん? 白河、なにを──」

 白河はソファから離れて、壁際の機材のコンソールを操作している。

『どうも、放送部の白河です。放送室にコンビニのスイーツがいっぱいありますので、ほしい人は取りに来てください。あと、、放送室の戸締まりとかよろしくー』

「え? お、おい、なに言ってんの?」

 白河、いきなり校内放送を始めてるぞ。

 この大量のスイーツ、僕らだけで処分できるはずがないけど、みんなに配るつもりだったのか。

『あ、このスイーツは2年A組の転校生、灰瀬譲からの挨拶の品なんで、遠慮なく受け取ってね』

「おおいっ!」

 僕はマイクが入っているのに、つい大声でツッコミを入れてしまう。

 なんで勝手に僕からのプレゼントにしてるんだ?

『ちなみに灰瀬譲は、わたし──白河白亜の許嫁なんで。みんな、クソ生意気なヤツだけど仲良くしてあげてね。以上、状況終了!』

「ああっ!?」

 カチッ、となにやらスイッチを押し込んで放送が切れた──らしい。

「い、許嫁って! なんで全校放送で公表してるんだよ!?」

「白河白亜の恋は猛スピードで、周りも巻き込んでいくんだよ。レースはわたしだけ独走しても盛り上がらないからね」

「……狭い日本、そんなに急いでどこに行くって標語が昔あってな」

「日本、そんな狭くないよ。ドイツ、イタリア、イギリスより広いはず」

「なかなか物知りじゃないか……」

 そんな雑学は、死ぬほどどうでもいいけど。

 それよりも、ただでさえ悪目立ちする庶民の転校生に、余計な属性が盛り込まれてしまったんだが?

「とりあえず逃げよう。余計な騒ぎは勘弁だ」

 財布とスマホさえあれば、家には帰れるからな。あとお土産のプリン。

 クラスのみなさんがスイーツを取りに来る前に姿を消さないと。

 こんな、僕も理解できてないことで詮索されちゃたまらない。

「ちょ、ちょっと待って、灰瀬。一人で逃げる気?」

「ん……?」

 立ち上がった僕の制服の袖を、白河が指でつまむように掴んでいた。

 まるで迷子の子供みたいな、不安そうな顔をしてる。

 自分でクラスの人たちを呼び寄せておいて、そんな顔されても。後先考えなさすぎだろ。

「二人で逃げたら、余計に誤解を招くんじゃないか?」

「誤解じゃないし。許嫁だし」

「……外堀から埋められてる気がする。はっきり言っておくけど、僕は許嫁なんて──」

「あ、ヤバ、緋那から怒りのLINE来てる。灰瀬、わたしを連れて逃げて!」

「許嫁じゃなくて、世間から許されない感じになってるじゃん!」

「連れて、行って……?」

「…………」

 じいっと僕を見上げて、おねだりするような目を向けてくる。

 こんな目には逆らえない……。

 おかしいな、本当に白河の猛スピードに巻き込まれつつあるぞ。

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