窓辺の月

トン之助

月明かりの貴方

 彼は毎日わたしの隣に居る。


 教室の片隅で、日直の仕事で、お昼ご飯で、放課後の図書室で――いつの間にか彼が隣に居る事が当たり前になりつつある日常にわたしは少し鼓動が高鳴る。


 わたしが本を読んでいる時は彼も黙って本を読む。

 わたしが一息つきたい時は彼は黙っていちごオレをくれる。


(……甘くておいしい)


 恐らく彼もいちごオレが好きなのだろう。

 お昼ご飯のパンと一緒に飲んでいるのを良く見かける。

 彼の好きを分けて貰えたみたいでわたしの顔は自然と綻ぶ。


「ふふっ」


 今度はわたしの好きを何かプレゼントとしたい。


 そう思っていた矢先、彼が放課後の図書室に現れなかった。入口に居る気配はしていたけど勢いよく出ていったように思う。


「なんでだろう?」

「……」


 わたしの呟きは目の前の制服に吸い込まれた。


 その日は帰ってからも悶々とした時間を過ごしていた。


 いつもわたしより早く来ていたのに。

 いつもわたしが来るとはにかんだように笑うのに。

 いつもわたしの仕事を「暇だったから」とやってくれるのに。

 いつもわたしの話に合わせてくれるのに。

 いつも――


 降り止んだ雨雲の隙間から月明かりが見える。その月明かりに導かれるようにわたしは真夜中の散歩へ出かける。


 散歩と言ってもどこに行こう?

 近所の公園かコンビニか……けれどわたしの頭の中は彼の事を考える。


「そうだ。隣町に二十四時間開いてる本屋がある」


 深夜に出歩くのはイケナイ事だと分かっていても、この衝動を止められなかった。彼が何故来なかったのかは分からないけど、彼が元気になれる本をプレゼントしよう。


「んっ!」



 ――そして隣町へ行く途中わたしはバカな事をしたと自覚した。


「はぁ、はぁ、はぁ――」


「待てぇっ!」

「止まれぇっ!」

「逃げるなぁっ!」


 どれくらい走っただろうか。

 慣れない土地のせいか時間をかけて隣町まで行ってみれば、路地裏でたむろしてそうな風貌の男の人に追い回された。


「なんで、こんな、事にっ……はぁ」


 先生や親も深夜に出歩くなと言っていた。話半分で聞いていたそれが現実味を帯びた時、わたしは泣き出しそうになりながら道に迷ってしまう。


 あぁ……こんな事なら出掛けなければ良かった。


 大通りを目指していたけど、結局細い路地に追い詰められてしまう。


「げへ、げへへへ」

「やっと逃げなくなったな」

「手間かけさせやがって」


 わたしを見るなりそんな事を言って近付いて来る男の人。暗くてよく分からないけどわたしは震えながらしゃがみこんでしまう。


 わたしはこれからどうなるのだろう。


 そんな絶望を抱いたまま体が固まって動けない。そして男の人の手がわたしの――




「なぁ、この写真アンタで間違いないか?」




 わたしの目の前にスマホが差し出された。


「――えっ?」


 聞き間違いかと思ってわたしは素っ頓狂な声を上げてしまう。


 電柱の逆光で見えないけど、三人の男の人はなんだか困ったような顔をする。


「あの、この写真の人であってるよね?」


 頭をポリポリ掻きながらわたしの目の前に再度スマホを近付ける。わたしはよく分からないままそのスマホを見ると。


「――あっ」


 図書委員の集まりで撮った時の写真がズームしてあった。


「どう……して?」


 わたしの絞り出したような問に三人は少し言い淀んだような声を出す。


「あぁ……えっと、アンタが家出したって連絡が来て」

「親御さんが心配してたって」


 わたしが家出?

 そんな事はしてないけど……と考えて今の時間を確認する。


「…………」


 黙り込んだわたしを三人はホッとしたように息を吐く。


「とりあえず、もう少しでアニキが来るそうですから」

「あと、親御さんに連絡しておいた方がいいですよ」


 最初の威圧したような雰囲気はどこへやら、三人はわたしの事を心配してそんな言葉をくれる。そんな所が誰かに似ているようで場違いなのにクスリと笑う。


「あの……アニキってどなたですか?」


 ふと疑問に思ったその響きにわたしは小首を傾げていたけれど。


「アニキは……って噂をすれば来たみたいッス」


 路地の奥から全力疾走で来たらしい人影は肩で息をしながらやって来た。



「はぁ……はぁ……良かった」


「――っ!」


 月明かりに照らされたその姿は、わたしのよく知る貴方でした。


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窓辺の月 トン之助 @Tonnosuke

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