元S級冒険者が竜族幼女を育てていたら、最強美少女がやってきて家に居座ろうとしてきます

ちくでん

第1話 物語の始まり

 冒険者ギルドの中、俺ソルダム・コニスンはできるだけ軽い調子で言った。


「悪いな、俺はここまでだ。パーティーから降りるよ」


 パーティーは沈痛な面持ちでテーブルを囲んでいる。

 なるべくさりげなく言ったつもりだったが、パーティーの皆は息を呑んで黙りこくってしまった。

 しばしの沈黙が続いたあと、重そうに口を開ける皆。


「……ダメだよ、ソルダムが抜けるなんて。あんたの盾は俺たちの要じゃないか!」

「そうよ、マナを失ったとしても、私たちにはまだ貴方が必要だわ」


 二人の言葉に感謝しつつも、俺は落ちついて首を振った。


「ありがとう。だが二人ともわかってるはずだ。C級パーティーならともかく、S級ともなればマナのない冒険者は役に立たないと」

「じゃ、じゃあ! 俺たちのパーティーランクを下げて……!」

「エヴァン、わかってるだろう?」


 俺は、俺のために必死になってくれているエヴァンに微笑んでみせた。


「俺はあの赤子を助ける為に魔力を失ってしまった。『魔力喰いマナイーター』にマナを吸われたら、もう魔力は戻らない。それは皆も知ってるだろ? 俺はもう、皆の役には立てない」


 黙ってしまうエヴァン。

 俺の言ってることが正しいと理解しているからだ。悔しそうな顔で拳を握る。

 そうして悔しがってくれるエヴァンの心が、俺には嬉しい。


「ソルダム」


 腕を組んで静観していたリーダーが、目を開けて俺の名を呼んだ。


「これまでありがとう。おまえの盾は幾度も俺たちの命を救ってくれた。感謝してもしきれない。おまえはいつだって、自分以外の誰かの盾だった」

「リーダー……」


 俺もリーダーの顔を見た。

 リーダーの隻眼が緩む。


「今回もまた、おまえは……あの赤子のことを庇って」

「言わないでくれリーダー、俺は責務を全うしただけだ。それにあの子はあの村唯一の生き残り、あそこで死なせるわけにはいかない。俺の立場なら皆もそうしたはずだろ?」

「そうだな……、ああ、そうだ」


 俺の言葉を噛みしめるようにリーダーは頷いた。

 そして俺の顔を見る。


「……俺たち『夜明けの陽光』は仲間だ。パーティーを抜けたとしてもそれは変わらない。なにか問題が起こったら、遠慮なく頼ってくれ。国外からでも飛んできて、おまえの力になる」


 拳を突き出してくるリーダーに、コツン、と拳を合わせた。

 リーダーの笑みが優しい。


「代わりの盾役はスカウトしておいたよ。覚えてないか? 昔田舎の村を救っただろ、その村の青年が今冒険者をやっててさ。俺が教え込んだ弟子でもある、鍛えてやってくれないかなリーダー」

「わかった。おまえの弟子か、楽しみだ」


 そういうとリーダーは酒の入ったカップを掲げた。掲げて、一気に飲み干して、再び俺の顔を見る。


「それでソルダム、おまえこれからどうするつもりなんだ?」

「これもなにかの縁だと思うからさ、あの子を引き取って育てようかと思ってる」

「妙におまえに懐いていたからな。なるほど」


 俺は頷いた。


「村の人の分まで、あの子には幸せになって欲しい」

「おまえらしいよ、ソルダム」


 軽い調子で笑うリーダーに、パーティーの二人も笑いだした。


「そうだなソルダムっぽい」

「ほんと、お人よしなんだから」


 ギルド内もドッと笑いに包まれた。「いよっ! このお人よし!」「さすがソルダム、自ら損に向かっていく!」「おまえこそ、せいぜい幸せにな!」

 いつの間にか、俺たちの会話はギルド内で酒を飲む者たちの注目を受けていたらしい。

 飛び交う祝福の言葉がこそばゆい。

 ああ。この『夜明けの陽光』で盾役をやってきてよかった。


「よーし、世界最高峰の盾役 盾聖ソルダムの引退式だーっ! 酒代は全部俺が持つ、みな好きに飲んで食らえー!」


 太っ腹なリーダーが腕を上げて鼓舞すると、ギルドの盛り上がりは一層大きなものとなった。ドンドンドン、と床を踏み鳴らす音は冒険者を称える栄誉のリズム。

 皆が俺に手を振った。

 楽師がリズムに合わせて曲を奏でだす。


 こうして夜が更けていく。

 この日、俺は盾を置き――冒険者を引退したのであった。


 ◇◆◇◆


 と、いったことがあったのも今は昔。

 あれからもう六年が経ち、俺も三十代中盤になった。


 冒険者時代の蓄えでこの街『アルドニア』に家を持った俺は、引き取った娘と一緒に毎日を暮らしている。

 

「とーさま! タオルが風に!」

「っと!」


 洗濯日和の午後、ロープに引っ掛けて干していたタオルが突然の強風に煽られた。

 空へ舞い上がりそうになったタオルを軽くジャンプして掴む。


「ナイスキャッチ! ナイスキャッチです!」


 パチパチパチ、と足元で拍手。

 若草色のワンピースを着た女の子、娘のチルディがこちらを見上げて声を上げた。


「さすが元S級冒険者ですね、ちーちゃんは誇らしい!」

「こんなの冒険者とはなにも関係ないじゃないか」


 自分のことをちーちゃんと呼ぶチルディだ。

 翠色のぱっちりおめめをこちらに向けて、金髪のツインテを揺らしながら胸を張っている。

 俺は肩をすくめてみせた。


「そんなことありません、とーさま。見事なジャンプでした」

「チルディは俺に関する評価だけはいつも甘いよなぁ」

「腰から上半身へのひねりが! 見事で!」

「はいはい」


 俺は苦笑しながらタオルを干しなおす。

 あの日の赤子は女の子で、俺はチルディと名付けた。


 チルディは俺の手元でスクスク育ち、今や家事手伝いがこなせる歳にまで育った。本当の年齢はわからないが、たぶん七歳くらいではなかろうか。誕生日は、俺と出会ったあの日として彼女には伝えていた。


 チルディはとても賢い、自分が俺の養女ということも理解してしまっている。

 俺から伝えたわけではないのだが、人の口には戸が立てられないのだ。どこからか耳にしたらしい。


 親子の危機は、だが一日で過ぎ去った。

 それこそチルディは賢かったのだ、俺がどれだけ彼女を大切にしているかを、そのときの俺の言葉からすぐに悟ったのである。「ちーちゃんが居てくれたから、今の俺があるんだよ。ありがとうね」。そのときはチルディの笑いが屋根を吹き飛ばしたものだった。


 まあそんなこんな。

『色々な』ことはあったものの、俺たちは平和にこの街で暮らしていた。


「あ! またカラスさんが!」


 チルディが追っ払うのも空しく、あとで食べようと敷物の上に置いておいた俺たちのハムサンドがカラスに持っていかれた。最近カラスによく持っていかれてしまう。


「これはナメられています!」

「いつもと同じヤツだな、あれは」


 俺は笑いながら、残っていたハムサンドを半分に千切る。

 こんな平和な日々には、悪戯なカラスの存在さえ刺激的だ。そういうのも悪くないと、ハムサンドの片割れをチルディに渡しながら思う。


「えへへ、半分こです」

「そうだな、半分こだ」


 食事にしよう、と敷物の上に置いた水筒から、樫のカップにお茶を注ぐ。

 さわさわと風が頬を撫でて去っていく天気の良い午後、俺たちはロープに干され並ぶ洗濯物を眺めながら食事と会話を楽しんだ。

 と、そのとき。


 再びの強風。巻き上がる風にタオルが二本、空中へと舞い上がった。

 一本は俺がジャンプをして手に取るが、もう一本はさらに舞い上がり、屋根を越えて拭き上がる。


「もー風さんは悪戯っ子です!」


 チルディが飛び上がった。

 ジャンプ、ではない。飛び上がった。文字通り、飛ぶ。宙を舞う。屋根を越えたタオルを目指して空中を飛び進む。

 そして舞い上がったタオルを手に取ると、不意に彼女は屋根の上を見たようだった。


「あ! にっくきカラスさん!」


 チルディは大きく息を吸い込んで、


「かえしなさーい!!」


 声と共に、口から光線を出したのだった。

 光が直撃した家の屋根が一部吹き飛ぶ。わざと外したのだろう、ハムサンドを落としたカラスが慌てて逃げ去った。俺は慌てた。


「こらぁー、チルディ! 口からドーンしちゃダメって言っただろーぅ!?」


 親子の危機が過ぎ去ったあの日、「チルディの笑いが屋根を吹き飛ばした」というのは、なんら比喩的な表現ではない。文字通りの出来事だったのだ。

 あの日に判明したのだが、チルディはドラゴンの血を引く子供だった。

 最強種、ドラゴンの子。


「とーさま、カラスさん追い払った! ほめてー!」


 そして俺の大事な娘だ。



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