第7話

 フェリシアとシオンは応接セットで向かい合って食事をしていた。

やましいことは何一つないが、一応扉は開放している。


シオンは細身の割に大食漢のようで、山盛りに盛り付けられた料理が吸い込まれるように腹の中に納められていく。

食事の作法は美しいのに、一口が大きいのか、それとも咀嚼の回数が少ないのか、はたまたその両方か。

シオンは五分とかからず食事を平らげると、フェリシアの淹れた紅茶を口に含んだ。


「うまい…」


食後の口の中をさっぱりと洗い流して紅茶の爽やかな香りが鼻を抜ける。

ティータイムに飲む高級なものとは違った味わいでほっと一息つく。


「ありがとうございます。食後に飲むお茶なのでさっぱりと飲めるようにしました」


シオンの口元が僅かにほころび、不機嫌そうな眉間の皺が消えた。

フェリシアはそんなシオンの様子を眺めながら、前世の夫を見ているようで懐かしくも切ない思いに駆られた。


「そうか、マークウェルド君は茶を淹れるのが上手いのだな。

ところでどうだ、仕事には慣れたか」


慣れたかと聞かれてもまだ入省して二日目だ。初めてのことばかりで右往左往するばかりだった。


「はい、ロイド先輩にお世話になりながら頑張ってます」


としか言い様がなかった。


「そうか。統計課は常に人員不足で困っていた。君が入って楽になるだろう」


楽になるのだろうか。学園の成績も上位と中位をうろうろしていた、決して優秀とはいえないフェリシアに。


「ベラルド室長、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」


「なんだ」


「なぜ、エリートが配属されるといわれる統計課に私が配属されたのでしょうか。私は自分がそこまで優秀ではないことくらい理解しているつもりです。勤め始めてまだ二日目ですけど統計課の皆さんの優秀さを目の当たりにして、私は場違いではないだろうかと…」


フェリシアは胸につかえていたものを吐き出した。何ならすぐにでも配置換えをしてもらっても構わないという思いだった。


「ふむ、場違いか…先ず、認識を改めて貰わねばならないが統計課のメンバーはエリートを選りすぐって決められたものではない。

文官の登用試験でもやったと思うが、職能適正検査で、地道な数字の計算に耐えられる者を採用している。

しかも政策室統計課という所は重要機密にあたるデータを取り扱っているためそのデータを欲しがる馬鹿な者たちに機密を漏らさない口の固さ、それと買収されたりしない家に経済力を持ち合わせている者が選ばれることになっている。

確かに結果を見ればエリートばかりが揃う課となってしまったが、君は望まれてそこにいるのは間違いない」


「そ、そうなんですね。ありがとうございます…」


望まれてそこにいる……思いがけないことを言われ、フェリシアは僅かに頬を染め嬉しいような照れ臭いような顔をした。


その顔を見てシオンは「頑張りたまえ」と言ってトレイを手に立ち上がった。


「私はこれから会議に行かねばならないから先に出るが、君はゆっくりしていくといい。

今日はたまたま私もここで食事をとったが滅多に来ないだろう。明日からは誰か誘うといい。

では先に失礼する」


「は、はい。ありがとうございます。ご配慮に感謝致します」


退室していくシオンから「ああ」と言う返事がかろうじて聞こえ、執務室の扉を閉めて去って行った。


誰か誘うといいと言われても誘う相手などいない。しばらくはひとりでここを使わせて貰うしかないと、絡まれる心配はないが静かで少しばかり寂しい部屋でひとり、フェリシアは食事を続けた。


 食事も終わり、席に戻るとロイドに話しかけられた。


「昼は室長と二人で?」


ロイドはなぜか面白くなさそうに言った。


「え、ええ、まあ。

中庭のベンチで食べようかと思っていたんですけど、そこに居ても絡まれるだろうとベラルド室長がおっしゃって。

それで誰にも絡まれないように昼の休憩の時間だけは執務室で食べるようにと配慮していただいたんです」


「ああ、あの人も異性に絡まれる苦悩を知ってるからなあ…」


「室長も?」


「ほら、あの人あの見た目だからね。

その上仕事もできて家柄も良くて…。

異常なくらいモテんだよね。

女性に取り囲まれてるところよく見かけるよ」


「親切にしてくださったのも私に同情してくださってのことなんですね」


「普段は独身女性は近づけさせないお人なんだけどなぁ…。君は…シオン室長には興味はあるの?」


フェリシアの心臓がドキリと跳ねた。

正直に言えば興味はあるしなんだか気になってしょうがない存在だった。

しかし自分は親の選んだ男性と結婚しなければならない貴族の生まれ。その感情は不必要であり無意味なものだった。


「興味は…。素敵な上司だというくらいには興味あります」


「素敵な先輩には?」


「もちろん興味あります」


と笑ってフェリシアが答えれば、「同列かー」と笑いながらロイドは頬杖をついた。



 午後からの業務はレオナルドに頼まれていた集計をする。

自分は望まれてここにいる。

そう言って貰えただけでやる気が違った。


───頑張ろう。


フェリシアは気合いを入れて黙々と書類の数字を拾い集めていった。

そして三時を過ぎた頃、少しのどが渇いたので紅茶でも淹れようと、給湯室へと向かった。

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