素敵なこんばんわ

光河克実

 

 満月がとてもきれいだ。だから僕は深夜の散歩に出かけたんだ。普段行かない閑静な住宅地の方。深夜も二時を過ぎると誰も歩いていない。灯りも少なく暗いけど、それが却って満月の明かりを際立たせていて良い感じだ。

 すると前方から一人の女性が歩いてきた。とても清楚な雰囲気のお嬢さんだ。こんな深夜に女性が一人で歩いているなんて、痴漢にでもあったらどうするんだって思う。でも、そんな心配はいらないと直ぐに気づく。だって、彼女はとても大きな土佐犬を連れて歩いているんだ。しかもその土佐犬の首には闘犬大会の横綱の化粧まわしが巻かれている。現に僕は今、その犬に押し倒されてマウントを取られている。いつでも僕の喉笛に噛みつきそうだ。すると女性が僕に話しかけた。

「こんばんわ。」

「こんばんわ。」僕も仰向けのまま言った。

「あの、ちょっとお尋ねしたいのですが。」

「その前に、このワンちゃんをどかして頂けませんか。」

「あら、ごめんなさい。気がつかなくて。」

犬がどいたので僕は立ち上がった。

「あの、こんな夜更けにバナナを売っているお店、ご存じありませんか?」

「え?ひょっとして大泉洋に頼まれたんですか?」

「ハァ、誰ですの?」

「あ、いえ。独り言です。」

「可笑しな方。」そう言って彼女が笑った。その笑顔が素敵で僕はドキッとした。

「ちょっと歩くけど、果物や野菜を少し置いているコンビニがありますよ。でも、バナナがあるかどうか?よかった案内しますよ。」

そう言って僕は彼女と一緒に散歩することに成功した。

「バナナがお好きなんですか?」

「ええ。どちらかというと皮の方が。」

「皮ごと食べるんですか?」

「いえ。剝いて別々に。」

かなり変わっている女性だが運命的な出会いだと思うんだ。だってコンビニに着いたら、健さんの映画の「幸福の黄色いハンカチ」みたいにバナナがたくさん小旗のように、たなびいていたんだもの。




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