7. 事件の真相と仲直り

 誰もいないはずの教室には先客がいた。ロイヴァートがドアを開けると、中にいた男子生徒がびくりと肩を震わした。


「君は何をしている?」


 詰問のような響きに、おどおどしたクラスメイトは視線を右往左往させる。


「こ、皇太子殿下。なぜこちらに……」

「実況見分だ」

「そ、そうですか」

「……背中に何を隠している?」


 男子生徒は何かをかばうように不自然な動きをしていた。ディアナも前に進み出ると、今気づいたとばかりに目が合う。それが隙になった。


「そ、それは……あっ」


 彼の手をすり抜け、白い猫足がするりと抜け出てくる。ほっそりした白い猫だ。ディアナたちを一瞥すると、手をペロペロと舐め始める。

 沈黙が落ち、誰も一言も発さない。否、発せない。三人の視線は机の上にいる猫に釘付けになっていた。

 長く続いた無言に終止符を打ったのはロイヴァートだった。


「首輪をしていないな。君が世話をしているのか」

「す、すみません……。餌をあげちゃいけないとわかってはいたのですが、僕の後ろについてきてしまって。ほっとけなくて……」


 男子生徒の声が尻すぼみになる。怒られると思っているのだろう。

 雰囲気を払拭させるためか、ロイヴァートが空咳をする。


「この猫はいつもどこにいる?」

「授業中はわかりませんが、放課後になったら教室にやってくるようになって……。ただ昨日は特別補習で先生がいたからか、姿を現さなくて……」


 探していたんです、と小さな声が返ってくる。しゅんとうなだれるクラスメイトに、ディアナは同情した。


(たぶん、こっそりお世話をしていたのよね。さすがに、お咎めなしとはいかないだろうし)


 学生議会長に見つかってしまったのが運の尽き。しかし、いつかはバレる日が来ただろう。それが予定より早かったか、遅かったかの違いで。

 ロイヴァートは眉を寄せ、額に手を当てた。


「刺客は身近にいたということか……」

「えっ、あの……?」

「君。名前は」

「ル、ルーカスです。ルーカス・ジェットといいます」


 ルーカスがたどたどしく答えると、ロイヴァートは頷き、ディアナに目配せした。


「おそらく、カーテンは猫が引き裂いたんだろう。餌がもらえるはずなのにもらえなくて。苛立ったのか、遊んでいたのかはわからないが」


 その言葉でルーカスも事の真相に合点がいったらしく、一気に顔が青ざめる。ディアナは言葉を失ったルーカスの代わりに結論を促した。


「つまり……」

「ああ。真犯人はこの猫だ」


 猫は素知らぬ顔で伸びをして、しっぽを抱えるようにして丸くなる。

 窓からは柔らかな日差しが降り注ぐ。猫は気持ちよく目を閉じ、どうやらここがお昼寝の特等席らしい。

 ロイヴァートはくつろぐ猫を見下ろし、口を開く。


「君に懐いているようだから、ルーカスが責任持って世話すればいい」

「だ、だけど、寮では飼えない決まりで」

「ならば、俺が寮長にかけ合おう。我が物顔で闊歩されるよりは、ちゃんとしつけておいた方がいいだろう」


 ルーカスはホッとしたような顔で、ありがとうございます、と頭を下げた。


         *


 事の真相はすぐに寮の中で広まっていたらしく、夕食時に食堂に入ると、ケイトが真っ先に謝りに来た。


「……ディアナさん。会長から話は聞いたわ。疑ってごめんなさい」


 しおらしく謝罪され、ディアナは戸惑った。


「い、いいのよ。誤解が解けたんなら」

「よくないわ。私、あなたが満月の王国から来たからって決めつけていたもの。先入観にとらわれて、視野が狭かった。生まれがどこでも、あなたはクラスの一員なのに」


 クラスの一員という単語に目を見開く。


(認めて……もらえた……?)


 じわじわと喜びが胸に広がり、喉が詰まって声が出てこない。

 その反応をどう思ったのか、ケイトは自分の服の裾をぎゅっと握りしめる。


「私、よくない態度だった。どうせわかり合えないと思って、はじめから理解することを放棄していたわ。でも、歩み寄る努力はするべきよね。……もう遅いかもしれないけど、あなたのこと、もっと知りたいと思ってる」

「……わ、私も……ケイトのこと、誤解していたわ。だから、ごめんなさい」


 自分も同じだ。ちゃんと話をして、理解される努力をしなかった。


(私たちの関係は終わりじゃない。今からでも、まだ間に合う……?)


 ケイトは自信なさそうに、自分の髪をしきりに撫でている。言い出しにくそうな雰囲気を察して、ディアナは先に言葉を発する。


「その……これから、仲良くしてもらえる?」


 声が震えてしまったが、ケイトはその言葉を待っていたというように破顔する。


「も、もちろん。よろしくね!」

「うん。よろしく」


 話し合えば、わかり合えることもある。一歩勇気を出すことで、すれ違ったままになっていた関係性も変わる。


(ケイトはすごい。私なら、きっと諦めていた……)


 二人並んで夕飯を取りに行きながら、彼女の勇気に感謝した。

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